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エースは走っていた。
息を切らしながら、ひたすらに。

”今日のエースのシフトと交代して欲しいって言ってる子がいるんだけど、大丈夫か?”

講義を終え、さぁバイトへ向かおうとしていた矢先に届いた一本の電話。
バイト先の店長からのそれに、エースは顔を綻ばせて大きく頷いた。

「お、何だよ。バイト休みか? んじゃ久々に遊びに行かね?」

駅前のゲーセンに、スゲェ不細工で可愛いぬいぐるみがあってよ。
何だか分からねぇけど無性に欲しいんだよ、あれ。
だから取りに行こうぜ!

声を弾ませる幼馴染みであり兄弟分でもあるサボに「悪ィ!」と片手を挙げて答えたのは十五分ほど前のことだ。

「リサんとこ行ってくる!!」
「リサ? あぁ、オヤジさんとこの――って、おい! お前チャリパンクしたっつってなかったか?」
「あぁ! 走ってく!!」
「走……!?」

ここからあの子の学校までどんだけあると思ってんだ!? おい! エース!! エース!!?

慌てたような兄弟の声を背中に受けながら、エースは教室を飛び出してリサの学校へと急いだ。
階段を一気に飛び降りて、信号を無視して車にクラクションを鳴らされ、歩行者にぶつかりそうになるのをすんでの所で避けながら、エースはひたすら走った。

あれから既に半月が経過している。
リサは最近は何もないと言っていたが、嘘だとエースは確信していた。

だって、聞いてしまったのだ。
今朝、駅で出会したマルコから。

あれ、車通勤止めたのか?
最近ずっと日付越えてばっかだったからよい、リサに怒られちまった
ははっ、そりゃそうだ。――っと、あのよ、リサは元気か?
うん? まぁ、そうだねい。変わりなかったと思うよい

改札をくぐり抜けながら会話を交わし、さりげなく聞き出したリサの状態にホッと安堵の息を漏らした直後だった。

「そういや、昨日転んだっつって足捻挫してたねい」

息を呑んだことに気づかれなかったのは幸いだった。
マルコに問い詰められたら、白状してしまう自信があったから。

「盛大にすっ転んだみたいでよい、制服も汚れちまって……高校生になっても変わんねぇなぁ、アイツは」

くつくつと笑うマルコと別れて電車に乗り込んだ頃には背中が冷たくて、寒気がして。

終わっていなかった。
ちっとも良くなっていなかった。
何で信じた?
何でちゃんと確認しなかった?

『大丈夫、最近は何もないよ』

嘘をつくに決まっているのに。
嘘をついてエースの心を護ろうとすることなんて、少し考えれば分かったはずなのに。
エースが傷つかない為の嘘を、つかないはずがなかったのに。
心配させまいと考えるに決まっていたのに。

「っ……俺は、どうしようもねぇ……っ!!」

走る。
息を切らして、走る。走る。走る。

本当は講義を休んで駆けつけたかった。バイトも休んで駆けつけたかった。
けど、それをリサは望まないから。休ませてしまった自分を責めるから。

一時間はかかるであろう道のりを三十分ほどで走りきって。

漸く見えた校門。
あの向こうに、リサがいる。
時間は確認していなかったが、おそらく間違いない。

残り僅かな距離を、走って。走って。走って。

校門をくぐり抜け、昇降口まで突っ走って。


下駄箱のところに、人集りを見つけた。



風の音に混じって聞こえる罵声。



男子も女子も入り交じったその中に、その、足元に。




蹲る、身体。




小さく小さく、蹲る、身体。




「調子に乗ってんじゃねぇ!!」




叫んだ男子生徒が、



その手に持つ、何かを振り上げて。



大きく、大きく、振り上げて。




ビュンッ!!




どうしてだろうか。
まだ距離があるはずなのに、まだ追いつけない距離があるというのに。



風を切る音が聞こえた。





「っ、リサ………!!!」





小さく蹲る身体の、左腕が砕けた音が聞こえた気がした。