「つーかお前、何様だよ」
脇腹に蹴りが入れられ、くぐもった呻き声が漏れる。
「フラれた腹いせに殴るとかさ、バカなの?」
次は背中。
「どれだけ自分を可愛いと思ってんの? ないから!」
止めと言わんばかりに頭を踏み付けられ、ぐりぐりと踏み躙られる。
歯を食い縛って必死に声を漏らすまいと我慢するのは、最早、意地でしかなかった。
気持ちの悪い告白から半月。
くだらないイジメが始まったのはその翌日から。
理不尽な暴力に耐えて、半月。
兄、エースに攻撃を躱す方法を尋ねはしたが、やはり基本的な運動能力が物を言うのだと言われ。
それならば、と腕立てや腹筋、走り込みを始めたのが半月前。
けれど、だ。そんな簡単に能力が上がるのならば苦労はしない。
元々、運動はそこそこに出来ていたとリサは自己を評価する。
だからこそ、理不尽な暴力を受けるまいと校内中を逃げ回ったり、非常階段の手すりにぶら下がったりなどが出来ていたのだから。
けれど、それがいけなかったのだろう。
なまじ、そうやって逃げ果せることが出来ていたばかりに、追いかける側は躍起になってどんどん人を増やしていった。
最初はクラスメイトの中の数人だけだった。それが半数になり、全員になり。
あちこちで鬼ごっこを繰り広げていたからだろうか。それとも噂を聞き付けたからだろうか。
いつの間にか増えていた『鬼』は、たった半月足らずで学校の半数を占めていた。
口汚く罵りながら追いかける生徒たち。
それを目の当たりにしても何も言わない教師。
授業では明らかに習ってもいない問題を出題する、教師とも呼べない輩。
その存在が生徒たちを更に駆り立てる。
自分たちは正しい。
だって、教師は何も言わないではないか。
それどころか、こちらに加担している。
自分たちは間違っていない。
だって、彼女は間違いを犯したんだ。
そしてそれを謝りもしない。
”告白してません。私がされたんです”
誰が信じるというのか。
学校中の人気者である、彼が。
クラス内でも透明人間のように扱われている、彼女に。
告白?
何を馬鹿なことを。
誰もが嘲笑い、嘘つきだと罵った。
罵声はいつしか暴力を伴い、逃げようとする彼女を執拗に追いかける。
それでも自らの主張を変えようとしない彼女に、憤る者こそあれ、彼女の主張が正しいのではと勘繰る者は誰一人としていなかった。
日に日に増えていく痣が服に隠れる場所であることが救いだ。
痛みを訴える身体を引きずりながら、リサは短く息を吐き出した。
もう何処が痛いのかもよく分からない。
踏み付けられた頭には砂がついているし、地面に蹲っていた所為で制服も砂だらけで白い。
それを叩く元気すらないのだから、もう笑うしかないのかもしれない。
「痛ッ、」
口の中も切ったらしい。あぁ、今日は昨日より酷い。
実際は毎日の暴力で蓄積された痛みなのだが、違いはあるまい。今日が今までで一番痛いのだ。きっと明日は更に痛いのだろう。
謝れ、と彼らは言ったが、リサには謝る理由など無いのだ。
告白されて断ったら壁に押し付けられて迫られた。
だから逃げる為に急所を蹴り上げて逃げようとした。
更に腕を伸ばしてきたので、引っぱたいて逃げた。
正当防衛だ。それなのに何故こちらが謝る必要があるのか。リサには理解出来ない。
しかしながら、おそらく訴えたところで彼らは一笑に付すのだろうが。
人気のない公園のベンチに座り、痛みが薄れるのを待つこと十数分。ポケットの中の携帯が震えた。
『大丈夫か?』
レポート作成に追われてバイトを休んでいた分を取り戻そうと、予めシフトを組んでいたことをエースは悔やんでいた。
おかげで毎日バイトに追われ、大切な妹が辛い目に遭っているというのに会いに行くことも出来ない、と。
だからこそ、空いた少しの時間を使ってこうしてメールを送ってくるのだ。
大丈夫か?
酷い目に遭ってないか?
まさか、暴力なんて受けてないよな?
殴られたらすぐに言えよ、俺がやり返してやる
いつだって、俺は味方だから
何度も送られてくるメールは短く、誤字が混じる時だってある。
エースの多忙さが想像でき、そんな中でこうして何度もメールを送ってくれることをリサは嬉しく思っていた。
嬉しくないはずがない。
兄に心配されて、どうして嬉しくないなどと言えようか。
そして、だからこそ。
『大丈夫だよ、最近は何もされてない』
こうして嘘の返事を認めるのだ。
これ以上、心配させたくないから。ただでさえ忙しいのに、煩わせたくないから。
漸く痛みが薄れ、制服の汚れを叩き落として、髪に混じる砂も払い落とした。
大丈夫。頑張れる。
イジメに遭っているという事実だけで言えば、リサはそこまでショックを受けてはいない。
元々、クラスメイトに対して何の感慨も抱いていないのだから。
誤解して陰口を叩かれたり、机や下駄箱を汚されるだけなら何の問題もないのだ。
問題なのは、こうして暴力に訴えてくることだけだ。
痛いのは勿論嫌だが、怪我をしていることを家族に知られたくはない。
大切に想われていることを知っているからこそ、隠したいのだ。
どうしたって隠せない父には既に話してある。
話した上で、自分でどうにかするから何もしないでくれと頼んだ。
分かった。父は短く頷き、だが。続けた。
”無理だと思ったら、求めろ。お前の周りには、助けてくれる奴らが大勢いるだろうが。”
真っ直ぐ射抜かれたリサは、神妙に頷いた。
大丈夫。まだ、平気。頑張れる。
痛いのくらい、大丈夫。これくらいの痛み、どうってことない。
いつかは飽きるだろうから。いつかは終わるだろうから。
たった半月。されど半月。
終わるどころか、悪化の一途を辿るそれに気付かないフリをして、リサは家路へつく。
そして、言うのだ。
お帰り。笑顔で迎えてくれる家族に。
ただいま、と。