「喧嘩強くなるとしたら、誰に頼めばいいと思う?」
「は?」
ジュージューと音を立て、芳しい香りを放つ肉を今まさに口に入れようとしていたエースは、思わぬ問いかけに目を丸くした。
出不精な妹をあの手この手で口説き落としてやって来た焼肉屋。
当初の予定では弟思いの兄たちの誰かにおねだりしてご馳走してもらうつもりだったが、仕方ない。
悩みを抱えているらしい妹を放っておけるはずがないのだから。
甲斐甲斐しく肉を焼き、皿に乗せてやる。
常ならば兄たちに任せきりで食べる担当を請け負うエースだが、弟や妹の前では兄らしい姿を見せたいと思うもので。
ほれ、焼けたぞ!
お、これもいい感じだな!
あぁ、忘れてた。ほら、玉ねぎ!
お前は誰だ。兄たちが見たら声を揃えてそう言ったかもしれない。
自分が食べることよりも妹に食べさせることを優先させるエースは、リサの皿へどんどん肉を積み上げていく。
「こんなに沢山食べれないよ。次は私が焼くから、エースも食べて」
有無を言わさずトングを奪い取り肉を焼き始めたリサに、腹の虫を鳴らし続けていたエースは苦笑混じりの礼と共に箸を持った。
熱々の肉と共にご飯を掻っ込むエースに頬を緩めつつ、リサは一枚一枚丁寧に焼いていく。
来店から四十分。エースからすれば『少しばかり』腹に収めた頃だ。
可愛い妹からそんな言葉が出てきたのは。
「は、え、喧嘩?」
「そう」
金網の上でジュージューと油を滴らせる豚トロを裏返しながらリサが頷く。
あ、いい匂い。綺麗な焼き色がついた豚トロを見て涎を垂らしていたエースは、リサへと視線を戻した。
いつもと変わらない表情。言われなければ悩んでるということにも気付けなかったかもしれない。まだまだ兄として不甲斐ない。精進しなければ。
「するのか?」
喧嘩を?エースが問う。
分かんない。リサが答えた。
「えーと……どういう意味だ? 殴るのか?」
「場合によっては」
「………誰を?」
「同じ学校の人たち」
動揺を露に問いかけるエースに対して、答えるリサはとても静かだ。
これで悩んでいるのだと気付ける人間の方が少ないのではないだろうか。
そんな的外れなことを考えながら、エースは皿に落ちた肉を掴みひょいと口の中に放り込んだ。少しばかり冷めてはいるが、やはり美味い。
この焼肉屋は当たりだな。やっぱり今度ルフィを連れて来てやろう。
肉を咀嚼しながらうんうんと頷いたエースは、それを飲み下して再びリサへと視線を移した。
場合によっては同じ学校の人間を殴るという穏やかではない発言をしたリサ。
面倒事を嫌うリサが喧嘩などというものをするとは思えない。だというのにこの発言。やはり何か問題が起きているらしい。
箸を起き、メロンソーダで口の中に残る肉汁を喉へと流し込んだエースは、腕を組んで首を捻った。
「うーん……どうだろうなぁ。誰でも喧嘩は強ェとは思うが………」
何せ、どいつもこいつも元はどうしようもない不良だった奴らだ。
今でこそ仕事の鬼の異名を持つ兄だって、一流コックと謳われる兄だって、その他の兄たちだって。
若気の至りという言葉では済ませられないような不良ぶりだったと教えてもらったことがある。その兄たちの拳を受けたことがある身としては、誰に聞いても同じだろうと思うのだが。
「無難にマルコなんてどうだ?」
「だめ。ぜったい理由聞かれるもん」
「聞かれたくねぇの?」
うん。頷いたリサに頭をポリポリと掻く。
あれ、もしかして俺、とんでもなく面倒なことに首突っ込んじゃった感じ?
背筋が薄ら寒くなっているのに気付かないフリをしながら、エースはそれでも律儀に適当な人物を挙げていった。
「じゃあ、サッチ」
「だめ。ぜったいマルコに言うから」
「じゃあ……あ、ラクヨウなんてどうだ?」
「だめ。帰ってくるの遅いもん」
「あ、そっか」
ラクヨウのラーメン屋は午前二時までの営業。家に帰ってくるのは早くても三時過ぎとなれば、確かに無理だ。
頷いたエースは更に首を捻った。他に適任がいただろうか。
「時間に融通が利いて、それなりに強くて、口が堅い奴………うーん……」
エースの唸り声を聞きながら、リサは焼きあがった豚トロをエースの皿へと移した。
次の肉を網に乗せ終えた所にやって来た店員からカルビクッパを受け取り、代わりに空になった皿を渡す。
「あちっ」
掬い上げたスプーンの上で湯気を立たせるそれにフーフーと息を吹きかけるリサを見ながら、未だ唸り続けていたエースははたと気付いた。
「俺は?」
「え?」
冷ましたそれを今まさに口に入れようとしていたリサがピタリと動きを止める。
見つめた先にいるエースは満面の笑みでこちらを見ていた。
「俺で良いだろ? もう首突っ込んじまってるし、絶対マルコには言わねぇから」
「………ほんと?」
「あぁ。約束だ!」
胸を張るエースをジッと見つめ、リサが考え込む。
リサの中でエースという人間はお世辞にも隠しごとが上手いとは言えない。
確かに口は堅い――が、しかし分かりやすいのだ。
図星を刺されれば動揺するし、問いかけられれば大袈裟に視線を泳がせて口笛を吹く。
僕それ知ってます。けど知らないフリをしてます。
わざと教えようとしているんですよね? と尋ねたくなるほど嘘が下手なのだ。
しかし、エースの言う通り既に首を突っ込んでしまっている。もう手遅れだ。ならば。
「………じゃあ、お願いします」
「おう! 任せろ!」
俺が強くしてやっからな!全員ぶっ飛ばせるようになるぞ!
満面に笑みを浮かべ、力強く拳を握ったエースにリサも表情を緩める。
「………いや、ぶっ飛ばすんじゃなくて、上手く躱せるようになれば良いんだよ」
こっちが手を出すのは最後の手段だから。
忘れずに釘を刺せば、理解しているのかいないのか、エースは満面の笑みのまま「おう!」と大きく頷いた。