07


「信じらんない!」

何なのアンタ! バカなの!?
そう捲し立てたリサの視線の先で、マルコは驚愕に目を見開いた。

「結婚より先に付き合うって事じゃねぇのか?」
「はァ!!?」

何言ってんだこいつ。そんな思いをたっぷり乗せてじっと見つめれば、違うのか?なんて心底不思議そうな顔がこちらを見つめ返してくる。

「じ、じゃあ何が不満なんだよい!」

これだと信じた答えが違ったからだろうか。若干の焦りを見せなが問いかけてくるマルコに、リサはもう怒る気にすらなれない。それはそれは大きな溜息を落として再びベンチに腰を落とせば、ならば何が答えなのかと真剣に悩む家族であり兄であり、一応想い人でもある男の横顔が尻目に見える。

「………どうなってんのコイツ」

頭を抱えて吐き出した溜息混じりの呟きに答えてくれる者は誰もいない。サッチ辺りがこの場にいれば、おそらく「……元気出せ」なんて言いながら肩に手を置いてくれるのかもしれない。もしかしたら無言のまま哀れみの視線と共に肩を叩くだけかもしれないが。

どうやら、このマルコという男はリサが思っていた以上にどうしようもない男だったらしい。
性格が悪いのは知っていた。今まで女に対してどんな風に接していたのかも、何となくは想像がついていた。

けれど、けれどだ。

「……ひとつ聞くけど」
「?」

ヒントがもらえるとでも思ったのだろうか。じっとこちらを見つめるマルコに、リサは今まで一度たりとも聞いたことのない質問を口にした。

「今まで誰かを好きになったこと、ある?」
「当たり前じゃねぇか」

何を馬鹿なことを。そんな様子でマルコは指折り数えだした。一体どのくらいまで遡って数えているのか分からないが、その数はあっという間に二桁に達している。そんなにいるの!?と若干不安を覚え始めた頃、リサはマルコが何やらブツブツ呟いていることに気付き、そっと耳を傾けた。

「そんで、あの島では……二人か。そんで次は………」

必死に思い出しながら数を数えているらしいマルコだが、その呟きから察するにどうやら『今まで関係を持った女の数』を数えているらしい。え、この人何やってんの?と呆気に取られている内に数えることを放棄したらしいマルコは、至って真面目な顔で「百人はいた」と答えた。

「あとは思い出せねぇ」
「うん、取り敢えずアンタがどうしようもない奴だってことは分かった」

関係を持った女の数なんて誰も聞いてない。リサが聞いたのは好きになった女存在だ。
聞きたくもない情報――しかも笑えない数だ――にひくりと頬が引き攣ってしまうのも無理はない。

「私が聞いたのは、好きになった人の数」
「だから――」
「アンタが答えたのは、関係持った女の数」
「……つまり同じってことだろい?」

あ、ダメだコイツ。瞬時に悟ったリサはマルコの問いかけに答えず立ち上がると、さっさと船へ向かって歩きだした。それに慌てたマルコがすぐに後を追ってくるが、かけられる言葉は「何怒ってんだよい」なんてふざけたものだ。

「――つまり、アンタは関係持った女全員にプロポーズしたわけ?」
「はぁ? 何言ってんだ、するわけねぇじゃねぇか」
「『好き』だったのに?」

刺々しい言い方をしたからか、漸く自分の言葉の矛盾に気付いたからなのか――マルコが神妙な面持ちで黙り込む。何をそんなに悩む必要があるのか分からないが、とにかくこの男がリサの理解出来ない人間だということは理解した。

「――あぁ、そういう事かい」
「で、今まで好きになった女の数は?」

漸く理解したらしいマルコにリサは投げやりにそう尋ねた。
あーはいはい漸く分かって良かったね、なんて、内心ではもうマルコという男を理解することを諦めつつある。
けれど、リサの理解を超えたマルコだ。ぞんざい極まりないリサの問いかけに、彼はそれはそれは大きな爆弾を投下してくださった。

「んなの、お前一人に決まってんじゃねぇか」

不意打ちも不意打ちだ。
予想だにしていなかった返答にぽかんと口を開け間抜けな顔でマルコを見上げたリサは、次の瞬間、その言葉の意味を理解して一瞬で顔を熱くさせた。

「っ、な……っ」

口をはくはくさせるだけで声が出てこない。言葉も出てこない。
ただマルコの言ったことが頭をぐるぐると駆け巡り、顔の熱が増していくばかりだ。

「何照れてんだ」

今更。そう言って首を傾げるマルコは、けれど久方ぶりのリサの反応に気を良くしたのか口元を綻ばせている。

「俺がお前に惚れてんのは分かってたじゃねぇか」

結婚するぞっつっただろい。言いながらマルコの手が熱を帯びたリサの頬を包み込む。

「リサ? お前、どうしたんだよい?」
「っ、う、るさいっ!」

顔を覗き込まれて咄嗟に顔を背ければ、行き場を失くしたマルコの手が顕になった耳朶に触れる。おそらく顔と同じように真っ赤に染まっているだろうそれに、マルコは漸く本当の答えを見つけたのか笑みを零した。

「『好きだ』」
「、」
「――で、合ってるかい?」

逃げることは許さないとばかりに両頬をがっちり包み込まれ、至近距離でマルコの顔が覗き込んでくる。その顔は満足げな笑みを浮かべていて、何か反論してやりたいのに相変わらず開いた口からは何の音も出てこない。

「何だ、そんなことで怒ってたのか。何度も結婚するぞっつってたじゃねぇか」
「っ、るさ、な!」

漸く出た掠れ声が何とも悔しい。目の前の男が笑っているからこそ、余計に腹が立つ。

「だ、大体っ、フツーはプロポーズより先にすることがあんでしょうが! 好きなら好きだって早く言えば良いでしょ!!? なのにわけ分かんないことばっか……っ」
「ふはっ、おま、真っ赤」
「っ、う、うるさい! もう帰る!!」

渾身の力で突き飛ばし、無駄に乱れる呼吸を整えることも出来ないままリサは船へ向かって早足で歩きだした。
早く帰りたい。一刻も早く帰りたい。恥ずかしい。悔しい。何で言われたこっちがこんなに照れてるのにマルコはあんなに余裕なんだ。それがまた腹立つ。

「大体、百人以上とかバカにしてんの!?」

ブツブツと呟きにしては大きすぎる不満を漏らしながら歩いていると、不意に圧迫される腹。
呻き声を上げながら足を止めて振り返ると、リサの腹に腕を回して引き止めたマルコがこちらに呆れたような視線を向けている。

「……何」
「どこ行くんだよい」
「見れば分かるでしょ、船に帰るの」
「バカか」
「あァ!?」

ガラが悪くなってしまうのは容赦頂きたい。
何しろ未だにマルコの告白からの衝撃だとか羞恥だとかから抜け出せていないのだ。正直な話、今のリサは既にいっぱいいっぱいである。
けれど、だからと言って「はいそうですか」と殊勝に頷き解放してくれるほどマルコは優しい男でも出来た男でもない。何せ、彼は海賊なのだから。

「漸く手に入れられるって時に何で我慢しなきゃなんねぇんだよい」
「? 何それ、どういう意味?」
「鈍感」
「アンタにだけは言われたくない……っ!!」

それだけは譲れない。鈍感?どっちが。女心というものに全く気付きもしなかった奴が何を言う。
けれどリサのそんな訴えは、恐ろしいほどに上機嫌なマルコには痛くも痒くもないらしい。勝ち誇ったかのような顔で見下ろしてくるマルコに何となく不安を覚えたリサだが、逃げることは出来そうにない。

「返事、聞いてねぇよい」
「は?」
「お前からの」
「――、べ、別にいらなくない!?」
「いる。とっとと寄越せ」

至近距離で返事を要求するマルコの目がギラギラと輝いているように見えるのは気の所為だろうか。
まるで獲物を狙う獣のようなそれに見えるのは、きっと気の所為だ。そうに違いない。ぞくりと背中が震えたのも、恐怖からのものだ。そうに決まってる。

「返事」
「っ、ぅ、あ……」

返事。分かっている。時間はかかったがマルコが言ったのだから、自分も言うべきなのだろう。けれど既にマルコはその答えを持っているのだから、言わなくても良いではないかと逃げたくなってしまうのだ。何とかして言わずに済む方法はないだろうか。
ついでに言えば、言った後にどうなるかというのも尻込みしてしまう理由の一つである。

「早く」

視線を泳がせて必死に逃げ道を探すリサをがっちり掴んで放さないマルコ相手に、逃げ道が存在するかどうかも疑わしいのだけれど。





参考までに





「い、言ったら、どうなるのかなー、なんて………」
「宿連れ込んで犯す」
「絶っ対言わない……!!!!」

放してえええぇぇっ!!
ざけんな! 俺がどれだけ我慢したと思ってやがる……!!
ぎゃあああぁぁぁっ!!

断末魔の叫びを上げたリサがその後どうなったのか、知るのはマルコのみである。