喧嘩は嫌いだ。リサは思う。
ホグワーツに通っていた頃、喧嘩するのはいつもロンとハーマイオニーだった。リサとハリーはいつだって口論する二人を尻目に苦笑や溜息を零し、二人の気が済むまでそれぞれ付き合って傍にいた。
仲直りさせるという行為を諦めたのは何度目の喧嘩からだっただろうか。自分たちが口を出そうとすればするほど意固地になっていく彼らに、何も言わない方が平和なのだと気付いてからはひたすらに愚痴を聞く側に回り、ただただ早く仲直りしてくれることを願っていた。
自分が喧嘩をすることはそう多くなかった。
三年のクリスマス、ハリーに贈られた最高級の箒がハリーの生命を狙い脱獄したシリウス・ブラックからだと考えたハーマイオニーが寮監であったマクゴナガルに相談し、その結果ハリーの箒が没収されてしまったことがある。ハリーの身を案じるが故の行動だったが、そんなハーマイオニーの気持ちも考えずに非難する彼らにリサも憤った。ハリーとロンと初めて喧嘩したのはその時だ。顔を合わせるたびに刺々しい言葉をぶつけて、後悔して。バックビークというヒッポグリフの裁判前だったこともあり、ハーマイオニーと二人で図書館に入り浸ることで彼らとの問題を忘れようとした。それでもやはり胸の奥にしこりのようなものがあって、ハリーとロンが二人で何かやらかすのではないかと心配して、けれどそれを伝えることも出来なくて。皆、子どもだったのだ。あの頃のことを思い出すと苦い気持ちでいっぱいになる。
仲直りした時の喜びと安心感は大きなものだったけれど、それをもう一度味わいたいかと問われると答えはNOである。大好きな彼らと喧嘩など、したくもないのだ。
もう十年以上も前のことになるのか。
そんなに長い年月が経っているのだと思うと、何とも言えない気持ちになる。薬草を鍋に放り込み、リサは溜息を一つ零した。
「……喧嘩、ばっかだなぁ」
振り返ってみれば、互いに怒っていた記憶しかない。
出会いから最悪で、その後もマルコとの関係はただただ最悪で、何もかもが最悪で。
けれど、知っている。
出会ってから今日まで、マルコという人間はリサに対して一度も目を逸らさなかった。適当な言葉をかけることもなく、真っ直ぐにぶつかってきた。それは時としてリサを酷く傷つけたけれど、だからこそ前に進めたのも事実だ。
あちらの世界にいた六年間、リサは何もしなかった。
こちらに戻る方法を探すどころか、戻れないかもしれないと疑うことすらしなかった。あまりにも何もしないリサにスネイプの方が焦れていたように思う。「良いのか?」と何度も問いかけてきたスネイプは、大丈夫だと答えるたびに何とも言えないような顔をしていた。
何故だろうと自分でも思う。ただ、疑わなかった。知っていたからだ。あの男が連れ戻しに来るということを。
ラクヨウの言った通り、マルコがどれだけ頑張っていたのかをリサは知らない。知りたいとも思わない。
きっと知ったところで素直に礼なんて言えないだろうし、言ったところであの男は受け取ることをしないだろうと思うからだ。
それが当たり前のことのように思っていたし、それはきっとマルコも同じなのだろう。
マルコが迎えに来るのは当たり前で。
リサがこちらに戻るのも当たり前で。
正直に言えば、結婚云々も受け入れているのだ。
別に嫌だと思ったりはしなかった。マルコが迎えに来ることが当たり前のことであるように、リサがこちらに戻ることが当たり前のことであるように――マルコと結婚。冷静になって考えてみれば、それすら当たり前のことのように思えたから。
部屋に来ることも、勝手にベッドで寛ぐことも、気紛れに髪に触れる手も、クッションのように抱き抱えられることも、不自然なことのようには思わなかった。
けれど、だからと言って「はいそうですか」と頷くことも出来ない。答えはもう出ているというのに、それを言わせてくれないのは他でもないマルコ自身だ。
「――あぁ、もう!」
むしゃくしゃしながら叫んだ次の瞬間、手元からバチバチッと何かが弾ける音がした。やばい。咄嗟に鍋から離れると同時に、部屋を揺るがすほどの爆発音と共に室内に煙が充満する。否応なく肺に入り込んできた煙に咽せながら部屋の戸を開け放てば、解放された紫色の煙が一斉に廊下へと流れ出ていった。
うわっ! 何だこの煙!?
ゲホッ、くせぇ……!!
そんな声が廊下の向こうから聞こえてくるが、まぁ問題はないだろう。特に有害なものではない。強いて言えば臭いがきついことくらいだ。
取り出した杖で室内の煙を消し去ったリサは、爆発の余波を受けて崩れた棚を見下ろして溜息を一つ零した。あぁ、魔女で良かった。無残な部屋があっという間に元通りになっていくのを眺めるリサの脳裏に、数日前にルーシーに言われた言葉が蘇る。
”男なんてそんなもんよ、特に海賊はね”
リサの不満を的確に理解してくれた彼女からの返答は、けれどリサを納得させてくれるようなものではなかった。
理解っている。理解ってはいるのだ。
ただ、納得できないだけ。
男は口下手で、いつだって言葉が足りなくて――ナースたちの詰め所に連れて行かれて、そんなような話を延々と聞かされた。誰もが似たような愚痴を零すということは、つまりそういう男が多いということなんだろう。分かっている。分かってはいるのだ。
ただ、スネイプのような男が珍しかっただけ。ただ、かつて愛した男が稀有な存在だっただけ。
分かっている。理解っている。
ただ、それでも。
諦めてしまえば楽になれるのだろう。仕方がないのだと自分に言い聞かせれば、きっと全てが上手くいくはずだ。けれど、それが出来るほど器用ではない。嫌なものは嫌だし、認めたくないものは認めたくない。譲れないことだってある。
嫌だ。誰が何と言おうと、嫌なものは嫌だ。
だって、それは小さい頃からの夢だ。女なら誰もが夢見ることだ。少なくともリサはそうだった。
譲れないものがある。それさえ与えてくれるのならば、すぐにだって結婚したって構わないというのに。
「………バカ」
それは、マルコには理解出来ないことなのだろうか。
それとも、それがこの船を離れていた長い期間、マルコに全てを丸投げしていたことの結果だというのだろうか。