「大体よ、何が気に入らねぇんだ?」
そんな嫌いなのか?
首を傾げて問うラクヨウに見つめられ、リサは答えに詰まる。
「あぁ、あの、ほら。まだ例の何とかって奴のことが好きなのか?」
「セブルス? いや、それは……好きといえば好きだけど………」
好きかと問われれば即座にイエスと答える。
けれど、この六年の間に二人の関係は大きく変わっていった。
恋人として好きだった。好きで、好きで、大好きで。愛していた。その愛が家族に向けるそれに変わったと言えば理解してもらえるだろうか。
ラクヨウに対する『好き』とスネイプに対する『好き』は似ている。あの頃は確実に違うと言えていたはずなのに。
もう終わったから。そう口にするのは憚られたので、リサはただ曖昧に微笑むだけに留めた。
恋人としての関係は確かに終わっているが、それでも、彼を想っていることに変わりはない。それはこの船の兄たちに向ける想いと似たようなものに変わってしまったけれど、それも仕方のないことなのだろう。スネイプはそれを咎めなかったし、むしろそうなるように仕向けていたようにすら思える。
今では兄というよりは父に対するそれに近くなっているような気がするのだが、それを認めるのは少々都合が悪い。
元々、父娘ほどに年が離れていたのだ。
父に対するそれを勘違いした――そんなことは絶対に有り得ないと断言出来るが、冗談でもそう言われるのは嫌だ。
恋が愛に変わっただけ。その愛が家族に対するそれに変わっただけ。わざわざ説明する必要などないだろうし、もし説明したとしても何だか嘘臭く聞こえてしまう気がする。
だからこそ曖昧に微笑んだリサのこの複雑な心境を理解してくれたのだろうか。おそらく否であろうが、この兄はどう捉えたのか「そうかそうか」と笑って頭を撫でてくれる。
「まぁ、無理にとは言わねぇからよ。考えてやってくれや」
話は終わりだとでも言うように、最後にぽんと頭の上で手を跳ねさせたラクヨウが立ち上がる。
何となくそれを見ていたリサは、ラクヨウの視線がある方向に向けられていることに気付いて視線を追った。
「あ」
いつからそこにいたのか、リサが出てきた扉に寄りかかり不機嫌そうにこちらを見ているマルコを見つけた。
俺が触ると怒るくせに、ラクヨウはいいのか。顔にそう書いてあるように見えるのは気の所為だろうか。
「何て言うかさ」
「あん?」
ラクヨウの視線を感じながらも、リサはマルコへ視線を向けたまま呟く。
「アイツは私のどこが良かったわけ?」
結婚したいと思うのなら、それは何故か。
その理由をリサはまだマルコの口から聞いてない。
例えば、白ひげを喜ばせたいからだとか。
例えば、上陸するたびに擦り寄ってくる女がうざったいからだとか。
例えば、例えば、例えば。
おそらくリサが納得出来る答えなどそう多くはないが、それでもやはり述べて欲しいと思うのだ。
「そりゃお前、本人から聞けよ」
首根っこを掴んだ手に力が篭められ、リサの身体が宙に浮く。
「へ? ちょ、うわっ!」
「おら、行ってこい!」
「え、うそっ! や、ぎゃあああぁぁぁっ!!」
振り子のように前後に軽く揺らされたリサの身体が、行ってこいの言葉と同時に宙へと放り出される。
色気も可愛げも全くない悲鳴を上げるリサが放物線を描きながら収まった先は、つい先程まで遠く離れていたマルコの腕の中だ。
「こ、わかった……!」
「何をこのくらいで」
鼻を鳴らすマルコを睨み付けたリサはそれからラクヨウを振り返ったが、既にそこに兄の姿はない。
舌打ちをすれば、それを咎めるような声がかけられる。腹立たしい。
「うっさいな! 元はと言えばアンタの所為でしょう!?」
「あァ?」
何言ってんだお前。冷静なマルコの返答に更に腹が立つ。
「ったく……何が不満だってんだ」
「分からないマルコが不満なの、下ろして」
強引に降り立てば、今度は上から舌打ちが降ってくる。
意味が分からねぇだとか、何なんだとか。それら全てがリサを苛立たせていることにすら気付かず、マルコはじとりとリサを見た。
「ハッキリ言えよい、そんなに俺が嫌いか?」
「言わなきゃなんないのはマルコの方でしょう?」
眉を吊り上げて言えば、返ってくるのはまた”意味が分からねぇ”という言葉。意味が分からないのはこっちの方だと怒鳴り返そうとすれば、その前にマルコが口を開く。
「俺に何を言えってんだ」
「ちょっと考えれば分かることでしょ」
「分からねぇから聞いてんだよい、いい加減に――」
「”いい加減にしろ”はこっちの台詞!! 何なの!?」
「だから! 何が不満か言えば良いだろうが!」
とうとう声を荒らげたマルコに、怯えるどころかリサの怒りは募っていく一方だ。
わけが分からない。最初から最後まで、全て。
「結婚なんかしない!!」
「、」
目の前の顔が一瞬歪んだかと思うと、突如伸びてきた手が後頭部へと回される。
ちょっと、何。そんな台詞を吐こうとした口は、最初の一字すら言う間もなく塞がれた。
押し付けられた唇に驚いたのも束の間、容赦なく侵入してきた舌があっという間にリサの舌を絡め取ってしまう。いつの間にか壁に押さえ付けられた身体は身じろぐだけの自由すら与えてもらえない。
あぁ、何で。どうして。
いくつもの疑問を植え付けておいて、この男は一つも解答をくれやしない。そんな男と結婚?冗談じゃない。
何か言うことがあるだろうが。結婚したいのならその前に言うべきことがあるはずだ。簡単なことではないか。だというのに、この男は何も言わない。その口から出てくる言葉は『結婚』という言葉のみだ。
「……何で泣くんだよい」
鼻先を触れ合わせながら囁く声は寂し気で、けれどその声音の意味すらも理解出来ない。
何も理解出来ない。マルコという人間の考えも、行動も、言葉も、何もかも。
「お前、俺に惚れてんだろうが」
「、か、勘違いしないで……」
「んなモン、目ェ見りゃ分かる」
至近距離で見つめた青い瞳の中に見える自分の顔が歪む。
「なぁ、何が不満なんだよい」
分かると言うのなら、考えていること全て悟ってくれれば良いのに。
「全部」
吐き捨てたリサにマルコが再度舌打ちを零す。
「具体的に言え」
「嫌い」
「嘘つくんじゃねぇ、お前が――」
涙の滲んだ目で睨み付けると、マルコが言葉を切った。
「今だって何も分かんないのに、結婚なんか出来るわけない」
「だから、分かるように説明しろって言ってんだろうが」
「考えようともしない人に何を言えって言うのさ」
「考えたけど分からねぇから教えろっつってんだ。勝手に決めつけんじゃねぇ」
「したくない!!!」
息を呑むマルコを睨み付けて、リサは息荒く叫ぶ。
「絶対しない!!!」
「――、」
「マルコ隊長」
口を開きかけたマルコを遮って現れたのはナースのルーシーだった。
「船長が呼んでます」
取り込み中だ。そう返す前に述べられた用件は、残念ながら後回しにすることは出来ない内容で。
渋々とリサから離れたマルコは、こちらを見ようとしないリサを尻目に白ひげの部屋へと去っていく。
その後ろ姿を見送ることもしないまま俯いて唇を引き結んでいると、視界に白くて細い手が現れた。
「部屋、行こう?」
無言のまま頷いたリサが袖で涙を拭ってルーシーの手を握る。
まるで助けを求めているかのように微かに震える手に、ルーシーが優しく微笑んだ。
「大丈夫よ」
あやすように撫でられた背と励ますように強く握られた手に安堵したリサは、ルーシーに促されるまま彼女の部屋へと足を進めた。