「リサ!! いるか!?」
「……いるよ」
大丈夫だって。呆れ顔で笑うリサに、サッチは大袈裟に胸を撫で下ろして微笑んだ。
妹が三年ぶりに家に帰ってきた。
相変わらずマルコと喧嘩をしながら帰って来たのは自分たちが探し求めた可愛い妹で、けれど何故か見た目が違う。
三年も経ったのだ、少しくらい顔つきが変わっていたとしても何らおかしなことはない――ないのだが、如何せん彼女のそれは自分たちの想像をはるかに超えていた。
”え、誰?”
口をついて出た問いに妹は目を丸くして、それからにっこり微笑んだ。
あの頃の面影が残る笑顔はやはり確実に大人のそれに変わっていて、その成長具合にうっかり見惚れてしまったりなんかして。いつの間にか手に握られた杖に気付くことも出来なかったサッチは、足を掬われる感覚と浮遊感に襲われた。。
”いくら久しぶりだからって、顔くらい覚えといてよね!”
不機嫌に頬を膨らませてぷりぷりと怒る姿に漸くあの頃の妹の姿が重なり、逆さ吊りにされながらもサッチは頬を緩ませて口を開く。
”帰ってくんの遅ぇよ”
おかえり。しまりない顔のサッチにリサも顔を綻ばせて。
”ただいま!!!”
満面の笑みで家族の中に飛び込んだ。
後から聞けば、リサの世界はこちらとは時間の流れが違っていて、およそ倍近くの時間を向こうで過ごしたのだという。
だからこんなにも大人っぽく見えたのかと呟いて、本当!!?と子どものように目をキラキラ輝かせる妹に、やっぱり勘違いだったと首を振って落ち込ませたのはつい先日の話だ。
それから毎日、サッチは何度も何度もリサの元を訪れている。
また知らないうちに消えてしまうのではないか。
今この瞬間にもいなくなってしまうのではないか。
三年という長い月日はサッチを見事なシスコンへと変えた。
今までだってそうじゃねぇか、なんて声は聞こえない。大事なのだから仕方ない。
「もう勝手にいなくなったりしないってば」
あの時だって帰ろうと思って帰ったわけではないとリサは言う。だからこそサッチが心配するのだが、リサからすれば数時間置きに部屋に飛び込んでこられるのは、正直うざったい。嬉しかったのは最初の二、三日だけだ。嬉しいことに変わりはないが、そろそろ落ち着いてもいいのではないだろうか。まさか、これから先も永遠に数時間置きに確認しに来るつもりだろうか?
「あのね、サッチ。せめて確認に来るのは一人にしてくれる?」
何も、シスコンなのはサッチ一人に限らない。
実を言えば、ついさっきも他の兄が。その数分前にはまた別の兄がここに来ている。
彼ら自身はある程度時間を置いて様子を見に来ているのだろうが、リサからすれば絶え間なく兄達が部屋に飛び込んできている状態だ。おかげで対応に追われて何も出来やしない。
「ったく、お前ら限度ってもんを知らねぇのかよい」
ベッドの上で寛ぐマルコが呆れ顔で言う。
「俺がいんだから大丈夫だって言ってんだろうが」
「バカ野郎!! それが一番心配なんだよ!!!」
くわっと目を見開いて叫ぶサッチに、リサは堪え切れず大きな溜息を吐き出した。
三年。その長い月日は、どうやらこのマルコという男をも変えてしまったらしい。
相変わらず喧嘩はするし、殴られもするし、殴りもする。
何も変わっていないように見えるが、けれど確かにマルコは変わってしまった。
”オヤジ、俺ら結婚するよい”
リサと共に船に戻ったマルコの宣言に、甲板は静寂に包まれた。
お前、また惚れ薬飲んだのか?笑い声と共にかけられた問いかけに、そんなモン誰が飲むか。マルコは首を振って否定する。
え?誰かが零して。
は?誰かが素っ頓狂な声を上げた。
”あの、私するって言ってないんですけど……”
”どうして”
”いや、だって……”
言い淀むリサの顎をくいと掴み上げ、マルコがすかさず唇を重ねる。
誰もが声を失う中、ぺろりと自身の唇を舐めたマルコは飄々と言ってのけたのだ。
”あの野郎にだって言っただろうが。お前をもらう、って”
あちらの世界でのことを思い出し、あ!と声を上げたリサにマルコは上機嫌に笑って。
”そういうことだ、諦めろい”
理不尽な言葉と共に近づいた顔に、咄嗟に間に指を滑り込ませた。
一気に不機嫌な顔になったマルコから慌てて距離を取ったリサにサッチ達も漸く我に返り、即座に二人の間に割り込み壁を作る。
そして、力の限り叫んだ。
「”リサは渡さん!!”」
何度も言ってんだろうが!!叫ぶサッチを嫌そうに見て、マルコが溜息を一つ落とす。
「煩ェよい、シスコン」
「ロリコンよりマシだ!!」
「俺はロリコンじゃねぇ!!」
勢いよく起き上がったマルコが近くにいたリサを引き寄せて、足の間に無理やり座らせながら頬を引っ張る。痛みに喚くリサなどお構いなしに何度も何度も頬を引っ張りながら、マルコはサッチを睨み付けた。
「よく見ろよい! あっちにいる間に六年経ってんだ、もうガキじゃねぇだろうが!」
「テメェとの年の差考えろっつってんだよ!」
「十も離れてねぇじゃねぇか!」
「五つ以上離れてりゃロリコンだ!!」
耳元でギャーギャー喚くマルコとサッチに、リサは殊更大きな溜息を吐き出した。
こちらに戻ってきてから毎日のように繰り広げられる口論に、もうすっかりうんざりしている。
そもそも、元々はマルコとリサの年は十くらい離れていたはずだし、五つ以上でロリコンというのならスネイプはどうなる。
そして白ひげはどうなる。ナース長のエリザと恋仲なのは船公認だが、五つどころか両手足の指の数でも足りないほどに離れているではないか。マルコもサッチも、その辺りをちゃんと理解しているのだろうか。
「……あぁ、もう!! 煩い煩いうるさーーーーい!!!」
後ろの男には鳩尾に肘鉄を、目の前の男には脛に蹴りを入れてやる。
呻き声を上げて悶絶する男二人にいい加減にしろと怒鳴り付け、リサは部屋を飛び出した。
「ったく……! 何なのよアイツら!」
正直な話、結婚するぞと言われて何とも思わなかったわけではない。
何だかんだ言っていつも傍にいてくれたのはマルコだったし、マルコのおかげで乗り越えることが出来た。
あちらの世界で暮らした六年間でそれを認めることが出来るようになったのは、それだけ大人になったということだろう。無遠慮で失礼千万な言動には腹が立つが、その喧嘩も、まぁ楽しいかと問われれば多少なりとも楽しいと思っている、はずだ。
はずだが、それでも。
甲板に出ると同時に吐き出した大きな溜息を聞き付けたのか、すぐそこにいたラクヨウが声を上げて笑う。
「まーた逃げてきたのか」
ゲラゲラ笑うラクヨウには、容赦なく脛を蹴り上げてやる。
「いっつ……! テメェコノヤロー! 旦那に訴えるぞ!」
「誰が旦那よ誰が!!」
「あぁ? だってお前マルコと夫婦になんだろ?」
ニヤニヤ。ニヤニヤ。
愉しげに笑うラクヨウを睨み付けて、舌打ちを一つ。
再び声を上げて笑うラクヨウのドレッドヘアを引っ張れば、悲鳴混じりの謝罪の言葉と共に腕の中に捕えられた。
「悪かった! 悪かった……! 俺が悪かったから勘弁しろって!」
「お兄ちゃん、暑苦しい」
「ちょ、おまっ、それ地味に傷つくぞ!」
うりうり、機嫌直せって!な!
加減を知らない頬擦りを受けながら、リサはまた溜息を零す。
この世界に戻って来てから、この船の奴ら――主に兄貴たちだが、姉であるナースたちも大して変わらない――からのスキンシップが過剰になった気がする。
「つーかさ、何なのアイツ。バカなの」
吐き捨てた言葉は何とも苦々しく苛立っている。
「バカの一つ覚えみたいに結婚結婚って……」
「そりゃお前、仕方ねぇよ」
上から降ってきた声に顔を上げれば、先程とは違いどこか苦い笑みを浮かべたラクヨウがこちらを見下ろしていた。
「どうして」
「お前はよ、アイツがどんだけ頑張ってたか知らねぇだろ?」
アイツ――マルコがどれだけ頑張っていたか。リサは知らない。その通りだ。
ただ、迎えに来てくれるだろうことは知っていた。信じていた。
その信頼に応える為にマルコがどれだけ頑張ってくれたのか、リサは何も知らない。
暢気にただ待ち続けることしかしていなかったのだから当然だ。あちらの世界に帰る方法を少しでも探していれば、その途方もなさを少しでも知ることが出来たというのに、そうしなかった。全てをマルコに丸投げして、友人と笑って、遊んで、スネイプの研究を手伝っていただけだ。それも、六年間も。
無意識に唇を噛み締めたリサの頭に大きな手が乗り、ポンポンと数回跳ねる。
「少しくれぇは大目に見てやってくれよ」
「………分かってるよ」
分かってる。分かってはいる、つもりだ。
けれど、それでも。
「…………はぁ、」
ほんの少しくらい、女心というものを理解して欲しいと願うのはいけないことだろうか。