「次は刻んだアスフォデルの球根だ」
「はーい」
額縁から指示される通りに鍋の中に材料を放り込んでいく。
グツグツと煮え立つそれは、きっとこの場にサッチらがいれば「やめてええぇぇ!!」と絶叫するような色と匂いを放っている。
「上手くいくと思います?」
「どうだかな」
その声音から察するに、どうやら今回も成果は望めないようだ。リサは隠すことなく溜息を漏らした。
「少しくらい遠慮したまえ。君が溜息をつくごとに我輩のやる気が削がれる」
「もう一週間ですよ? 私はとっくに失せました」
唇を尖らせて訴えれば、今度は額縁からも溜息が聞こえてくる。
口を出すだけという状態がどんなに歯痒いことか、などとぼやくスネイプの声はリサの耳には届いていない。
あの日、ハーマイオニーの進言によりリサはホグワーツに留まることを許された。
教員として働くわけではなく、助手として働くわけでもない。いや、ある意味では助手になるのだろうか。
”スネイプ先生の研究の手伝いをするのよ”
どう? 名案でしょう?
自信満々に笑うハーマイオニーと、まさに名案だと一も二もなく快諾してくれたマクゴナガルのおかげで、リサはこうしてスネイプの助手として魔法薬の研究を手伝っている。
大広間の奥にある小部屋に飾られていたスネイプの肖像画を地下牢にある、かつてスネイプが使っていた研究室へと移すという徹底ぶりだ。歴代校長の肖像画が決められた場所――校長室と、大広間奥の小部屋だ――以外に運び出されたことは未だかつてないらしいが、あっさりと覆してしまって良いのだろうか。悩むリサに「気にしたら負けですよ」などと助言してくださったかつての寮監マクゴナガルは、そう言えばかつて一年生だったハリーをクィディッチ・チームに選抜し、一年生は箒を持ってはいけないという規律を曲げて自腹で箒まで買い与えた人間だ。普段は厳格な魔女だが、ほんの少しばかり自寮に甘い傾向がある彼女らしい。
スネイプがかつて所持していた研究途中にあった魔法薬のレシピが見つかった。それは魔法省の役人だけでなく、魔法省の認可を受けた研究所の所員たちからも歓迎された。元死喰い人だの二重スパイだの陰険教師だのと沢山の肩書きを持つスネイプだが、魔法薬学における彼の功績に嘘偽りはない。そのスネイプが再び研究を再開する――しかも、既に死んでいるのでその研究は永遠に出来るのだ――となれば、喜ばない者はいない。
スネイプとリサの研究は正式に魔法省及び研究所がバックアップをしてくれるという、まさに至れり尽くせり状態だ。リサが所有するスネイプのレシピのコピーの提出や、研究状況を逐一彼らに報告するという義務は課せられたが、それくらい大した労ではない。
「休憩しましょう、休憩。甘いものが食べたいです」
言葉では表現出来ない色になってしまったそれに蓋をしてリサはテキパキと飲み物を用意した。額縁の中ではスネイプも肩を竦めながら紅茶を呼び寄せている。
「次は何を入れてみます? あと可能性がありそうなのは――」
「良いのかね?」
「へ?」
言葉を遮られたリサは、素っ頓狂な声を上げてスネイプを見た。
額縁の中では、カップをソーサーに戻したスネイプがじっとこちらを見つめている。
「何がですか?」
「あちらの世界とやらに戻りたいのだろう?」
「あぁ……まぁ、」
「今のままではいつまで経っても戻る方法など見つかるはずもなかろう」
スネイプの言うことは尤もだ。何せ、研究しているだけなのだから。
元の世界に戻る方法を探すのは良いけど、実際に戻るのはずっと先よ!――と、ハーマイオニーからも何度も釘を刺されてはいるが、正直な話、一日の研究に費やす時間が長すぎて帰る方法を探すどころではない。朝から晩まで、食事も休憩も全て研究室で過ごしているのだから。
「研究の時間などいくら減らしても構わん」
「え、」
「すぐに戻ることはせずとも、戻る方法を見つけておくことは悪いことではあるまい」
「でも……だって、先生の研究は」
「喜ばしいことに、我輩にはいくらでも時間があるのでね」
校長などならなければ良かった。スネイプはそう言って肩を竦めた。
死して尚、こうして額縁の中で生きるというのはどういう心境なのか。それはリサには予想もつかない。
暇を持て余すことになるのだろうか。けれど、それならば余計にこうして研究に没頭出来る時間は嬉しいものではないのだろうか?
「嫌ですか? その、私が助手じゃ……」
考えられる理由をそのまま口にすれば、片眉を上げたスネイプが「何を馬鹿なことを」と呆れたように呟く。
「じゃあ、」
「君の幸せはここにはない」
「、」
「君が生きることを望んだあちらの世界にこそ、あるのではないかね?」
「先生……」
じわり。涙が滲んだ。
あぁ、本当に。
何でこの人は。
俯いて鼻を啜れば、額縁の中でスネイプが困ったようにリサの名を呼んだ。
「先生は、もう少し自分に甘くしても良いと思いますよ」
「何?」
「大丈夫ですよ。私は今のままでも」
「だが、それではいつまで経っても戻れないではないか」
訝しむスネイプに、リサは涙を拭いながら笑った。
「あんまり遅くなるようだったら、煩い兄貴が迎えに来てくれるので」
遅ェ!!なんて怒鳴られるのだろうか。
おかしな事に、迎えに来る人物がただ一人しか浮かばないのだけれど、きっとこの予想は外れることはないのだろう。
もし殴られたら絶対に殴り返してやる。心に決めてリサはまた笑った。
そんなリサを見て、スネイプも僅かに目を細めて微笑む。
「――ならば、遠慮なく甘えさせて頂こう」
「へ?」
「休憩は終わりだ。次の調合に入る」
「うぇっ!? ちょ、まだお茶飲み終わってない!」
「次の調合は――」
「うわああぁぁ! ちょちょちょ、ちょっと待った!」
この時の研究が実を結ぶのは数年後になるが、今の二人がそれを知ることはない。