不安がないと言えば嘘になる。
「じゃあ、ずっと海賊船に?」
「うん」
目を丸くするハリーとハーマイオニーの横で、海賊というものをよく知らないというロンが首を傾げる。
そんなロンにハーマイオニーが簡潔に説明するが、それらはやはり略奪、殺生をする恐ろしい集団という、リサが抱いていたものと全く同じ認識だ。
「き、君、それで……大丈夫だったの?」
死喰い人を思い浮かべたのだろうか。ロンは血の気のなくなった顔でじっとリサを見つめた。
ハリーもハーマイオニーも、心配そうにこちらを見つめてくる。
そんな三人に微笑んで頷いてやれば、ホッと安堵の息を漏らして続きを促してきた。
世界最強と謳われる男の船にいたこと、彼を父と慕うクルーたちに仲間入りし、一つの大きな家族に囲まれて生きてきたこと。
恐ろしいことはあった。彼らは気の良い人たちだったけれど、人の生命を奪うことに躊躇しない。襲撃のたびに失われる多くの生命を正視出来るようになるまで、かなりの時間がかかった。
それでも、受け入れた。彼らを理解して、受け入れることが必要だと思ったから。
それを裏切りと言われてしまえば、そうなのかもしれない。
けれど、生きなければならなかった。この世界に戻ると決めたその時に、選んだのだ。
だからこそ、死の呪文だって使った。
全てを話し終えると、四人の間に重苦しい沈黙が漂った。
ハリーは俯いていて、ハーマイオニーとロンは顔を見合わせて困ったような顔をするだけで、リサの方を見ようとはしない。
それでも、リサは俯くこともその場から逃げることもしなかった。
何故だろうか。リサは確信していた。
”お前がそんだけ大事に想ってんだ。お前のダチがお前を拒絶したりするかよい”
顔を合わせれば喧嘩ばかりだった兄から言われた言葉が、心の奥底に染み付いていたかもしれない。
根拠も何もないその言葉に、あの時からずっと支えられて今ここにいるのだ。
「僕は、リサがいた世界をよく知らないから……だから、人の生命を簡単に奪うような人たちを信じることは出来ない」
俯いたままのハリーの言葉にハーマイオニーが息を呑んだ。
「けど……君は、信じてるんだろう? 今まで一緒に過ごしてきた人たちを」
「――うん」
家族だから。
得体の知れない自分を受け入れてくれて、支えてくれて、いつだって大切にしてくれた。
疑うことをしない彼らは間違いなく馬鹿で、だからこそ大好きなのだ。
「なら……僕も信じるよ」
僕はリサを信じてるから。
目を見開いたリサに照れ臭そうに笑い、ハリーはロンとハーマイオニーの肩に手を置いた。
「闇祓いになる為に勉強してるんだけど、自分がどれだけ甘かったのか思い知らされたんだ。僕はあの戦いで誰も死んで欲しくなくて……けど、沢山の人が死んだ」
もっと力があれば死ななかったかもしれない。
仲間を護る為に敵を切り捨てる覚悟があれば、生きられた人がいるかもしれない。
そんな風に悩むことなんてしょっちゅうだよ。そう言ってハリーは苦笑した。
「その人たちは、選んでるんだね」
仲間を護ることを。敵を切り捨てることを。
「リサも、選んだんだろう?」
「ハリー……」
「それに口出しする権利は、僕らにはないよ」
だから責めない。拒絶もしない。
リサの選択を受け入れると、ハリーはそう言って笑った。
ハーマイオニーも、ロンも。
「でも、心配だわ……もし、リサに何かあったら――」
「君も、その……戦うんだろう?」
「うん、でも……大丈夫だよ。私、そう簡単に死なないから」
「そんなの分からないわ!」
何が起こるか分かからないじゃない!
眉を吊り上げたハーマイオニーから視線を逸らし頬を掻いたリサは、深呼吸を一つして三人の前に右手をかざす。
「何?」
「その……言い辛いんだけど………ちょっと、えーと……普通じゃなくなっちゃったと言うか……」
「どういう意味?」
首を傾げる三人の前にかざした右手をプラプラと振ってみせたリサは、もう一度深呼吸をして覚悟を決めた。
「ごめん!」
「何が――えっ!?」
「う、わ……」
ハリー、ハーマイオニー、ロンが目を最大限見開いて絶句する。
三人の目に映ったのは、突然どろりと溶けだした右手だ。袖から伸びるのは、右手を象るジェルのような何か。
「あの、えーと……さっき話した悪魔の実ってやつ、私も食べちゃったんだ」
えへ。小首を傾げて笑うリサの前で、三人は口をパクパクさせながらただひたすらに右手だったものを見つめ続けていた。
「………話は分かったわ」
漸く我に返ったハーマイオニーが頭を押さえながら呟く。
ハリーとロンはリサの右手に触れてその感触を確かめては「うわぁ!」「手にくっついた!」などと騒いでいる。そんな二人をじろりと睨んだハーマイオニーは、溜息を一つ零してリサを振り返った。
「つまり、撃たれても斬られても死なないのね? ケガもしないのね?」
「うん」
「そう……」
ホッと安堵の息を漏らしたハーマイオニーが困ったように笑う。
「本当に不思議な世界なのね」
「そうなの。――あ、そうそう。あのね、さっきも言ったけどフォークスもいるんだよ」
「フォークスって、ダンブルドアの所にいた不死鳥だよね?」
「そう。あの世界で偶然出会って……悪魔の実もね、フォークスが見つけて私に食べろって……」
「そう……フォークスも……」
どこか悲しげに呟いたハリーがハーマイオニー、ロンと顔を見合わせたのを見て、リサは首を傾げた。
「どうしたの?」
問いかければ、ハーマイオニーは複雑そうな顔のまま口を開く。
「まだ言ってなかったわよね」
「?」
「君が、あっちの世界に行った理由だよ」
「、え……理由?」
目を見開くリサを困ったように見つめ、ハリーがロンに続いて口を開いた。
「あの世界に行ったのは、偶然なんかじゃなかったんだ」
「どうしてホグワーツ特急が出発する駅がキングズ・クロス駅なのか、考えたことあるかい?」
ハリーは静かに語り始めた。
「君と同じように、異世界に行った人は他にもいるんだ」
「あ……私も、向こうで――」
「会ったの!?」
身を乗り出したハーマイオニーに慌てて首を振る。
「ううん、その………その人の、息子に」
「息子……じゃあ、その人はその世界で生きることを決めたのね?」
「それは……多分、違うと思う」
「どういうこと?」
三人の視線を受けてリサは居た堪れなくなり俯いた。
「私のいた海賊船は、いい人達ばかりだけど……その、そうじゃない人たちもいるから……」
「――まさか、」
息を呑んだハーマイオニーに、リサは益々俯くしかない。
戻るなと言われるだろうか。反対されてしまうだろうか。
「海賊に捕まって、その……」
それ以上は言えなかった。何と言ったら良いのかも分からない。
けれど、三人は正確に理解したらしい。返ってきた声は固いものだった。
「リサ、本当に戻るの?」
「………うん」
「どうしても?」
「危険よ! 貴方がそうならない確証なんてないのに!」
危険は覚悟の上だ。
あの世界で生きたいとそう願った時から覚悟は決めている。
けれど、リサはあの世界を全て把握しているわけではない。優しい場所にいたから知らないだけで、あの世界にはリサの想像も及ばない危険や恐怖が沢山蔓延しているはずなのだ。
けれど、それでも。
「私だって戦えるよ。それに――」
脳裏に浮かぶのは、いつだって味方でいてくれた優しい家族の姿。
「いざという時はきっと護ってくれる」
ハーマイオニーの言う通りだ。絶対に安全だという確証はない。
けれど、何故だろうか。どんなに危険だと分かっていても不安にならないのだ。
船長が世界最強だからだろうか。
あの船が世界一だからだろうか。
違う。きっと、どれも違う。
「信じてるから」
ただ、彼らを信じているからだ。
肩書きなど必要ない。彼らが世界一という称号を持っていなくとも、一緒に過ごすうちに彼らを信るようになったはずだ。
「だから大丈夫」
微笑んだリサに三人は顔を見合わせて、溜息と共に笑みを返してくれた。