03


「もう良いの?」

校長室を後にすると、ベンチに座るハーマイオニーがこちらに気付いて声をかけてきた。

「うん、ハリーとロンは?」
「お腹が減ったからって厨房に行っちゃったわ」

いつまでガキなのかしら。腕を組んで不満げに呟いたハーマイオニーの隣に腰を下ろせば、ハーマイオニーは何も言わずにハンカチを貸してくれた。
目元が腫れて鼻も赤くなっているからだろう。けれど、もう涙の気配はない。思う存分泣いたおかげで、あとはもう腫れや赤みが治まるのを待つだけだ。けれど、折角貸してくれたハンカチをつっ返す気にはなれずに、リサはそれを大切に両手で持って感謝の言葉を口にした。

「聞いても平気?」
「うん」
「その……先生は何て?」
「幸せになりなさい、だって」

自然と零れた笑みを見てハーマイオニーが溜息を零す。
人気のない廊下をじろりと睨み付けて、不満げに鼻を鳴らした。

「ホント、男って勝手ね」
「ふふ、そうだね」
「『幸せになりなさい』ですって? 自分が一番傷つけておいてよく言うわ」

ブツブツとスネイプへの文句を口にするハーマイオニーに、リサは苦笑を浮かべて校長室の方へと視線を送った。

「――あの人、不器用だから」

不満がなかったわけではない。今こうして過去を振り返れば、彼を詰める事柄などいくらでも出てくるだろう。
けど、それをしたいわけでもない。彼に不満をぶつけたいわけではない。

「いいの。先生が嫉妬するくらい幸せになるって決めたから」
「そうなるべきよ、絶対に」

力強く頷いたハーマイオニーは、再度鼻を鳴らした。

スネイプに同情を覚えないわけではない。
愛した女性に嫌われ、大嫌いな男に奪われ、和解をしないままに喪って。
大嫌いな男に瓜二つのハリーを護る為に生きて、死んで。
彼の人生を客観的に振り返れば、何て不器用で可哀想な人なのだろうと思う。

けれど、ハーマイオニーはリサの親友だ。
スネイプに想いを寄せて、スネイプからの言葉を鵜呑みにして、裏切られて、死なれて。
詰め寄る相手が死者となってから真実を知らされたリサがどれだけ傷ついたか。それを思えば、スネイプを赦すことなど出来るはずもないのだ。

どんなに同情すべき点が多い人だったとしても関係ない。
親友を傷つけた。泣かせた。それだけがハーマイオニーにとっての事実であり、真実だ。

「リサが許したからって、私は赦さないわよ」

だから。ハーマイオニーは続けた。

「幸せにならなきゃだめよ。絶対に」

沢山の大切なものを失った彼女だからこそ。
沢山の大切なものを失った自分たちだからこそ。

幸せになる為の努力を惜しんではいけないと、そう思うのだ。

「責任重大だなぁ」
「本当よね。でも……そうじゃないと、きっと私は私を赦せなくなるわ」

幸せにならなければ。
それは一種の強迫観念にも似たものなのだろう。
けれど、それを受け入れる覚悟はとうに出来ている。
幸せになりたい。彼らの分まで、全力で。

「うん」

うん。数度頷いて、リサが笑う。

「幸せに、ならなきゃね」
「そうよ」

顔を見合わせて、笑って。声を上げて笑って。

「ねぇ、ハーマイオニー」
「なぁに?」

しっかりとこちらを見つめるリサの目は何かを決意したような色を宿している。
その目に幾許かの不安を覚えて、ハーマイオニーは息を顰めた。

「私、向こうの世界に戻りたいと思ってるんだ」

やりたいことがある。リサはそう言った。
あの世界で、生きていこうと心に決めたのだと。

その目も、声音も。
何もかもが、彼女を引き止めることなど出来やしないのだとハーマイオニーに理解させる。
嫌だと、そう言えたらどんなに良いか。

「――条件があるわ」

首を傾げるリサに、こみ上げる涙を呑み込んで。

「貴方が行った世界のこと、教えて」

頭だけでなく、心から理解する為に。
理解して、親友の背中を押してやる為に。

目を大きく見開いたリサは、ハーマイオニーの気持ちを察して

「聞いて。全部」

涙を滲ませて笑った。