「消えた……?」
サッチは呆然と呟いた。
いつものように船医やナースたちの制止を無視して酒を飲みまくった父のためにスープを作って来てみれば、何やら重苦しい雰囲気。
スープを渡しながらどうしたのかと問えば、白ひげに何事かを報告していたらしいマルコが告げた。
リサが消えた、と。
「どういう事だよ? 意味分かんねー……」
「俺だって分かんねぇよい。俺の部屋を出た途端、消えちまった」
すぐに後を追ったはずなのに、どこにもいない。
部屋を覗いてみればリサの姿はなく、おまけにいつもそこにあったはずのトランクさえもが消えている。
船中を探してもみたけれど、彼女の姿も気配もなく、おまけに誰もリサを見ていないと言う。
「お、おい……それって――」
”元の世界に戻ったってことか……?”
不安げなサッチの呟きは、部屋の空気を更に重苦しくした。
その場にいた船医もナースも沈痛な面持ちで黙り込んだまま、白ひげをじっと見つめている。
「そうだろうな」
静かな声で肯定した白ひげがサッチから受け取ったスープを飲み干す。
あっという間に空になった器を受け取ったサッチは、チラリと隣に立つ兄弟を見遣った。いつもと何ら変わらないその顔には、一切の動揺も悲しみも見当たらない。
「なぁ、」
お前、何考えてるんだ?
口をついて出そうになった言葉をグッと呑み込んで、サッチは別の台詞を口にした。
「アイツ、戻ってくるよな?」
「さぁな」
別にどっちだって構わねぇよい。
余りにもあんまりな言葉を残して立ち去ろうとするマルコを、咄嗟に肩を掴んで引き止める。
「何だよい」
「お前……本気で言ってんのか?」
「止めろ、サッチ」
白ひげが静かに制止の言葉を放つ。
マルコにではなく、サッチに。
どうして。
大切な妹なのに。
何だかんだ言って、あんなに仲が良かったくせに。
心配ではないのか?
悲しむことすらしてやらないのか?
こみ上げるのは怒りと、それと同じくらいの悲しみだ。
どうして。そんな言葉ばかりがサッチの頭を占める。
「放せ」
サッチの手を振り払ったマルコは、何も言わずに部屋を出て行った。
「………んでだよ……」
「サッチ」
「家族だろ……!? いくら喧嘩ばっかしてたからってよ、こんなの――」
「サッチ。よく考えろ」
グッと拳を握り締めて睨むように白ひげを見上げれば、白ひげはいつもと変わらない笑みを浮かべながらこちらを見下ろしていた。
いつもと変わらない。何も変わらない。
まるで、先程のマルコのように。
「オヤジは……心配じゃねぇのか?」
戻って来れないかもしれないのに。
元の世界に戻って、親友たちと再会して。
もしかしたら、こっちに戻って来たいと思わなくなってしまうかもしれない。
もう一生会えないかもしれないのに。
「グララララ!」
そんな息子の呟きに、父は笑う。
「何言ってやがる」
まるで的外れだと言わんばかりに。
「アイツが戻って来ねぇのなら、こっちが迎えに行くまでだ」
「!」
違うか?
不敵に笑う父を呆然と見上げて、先程のマルコを思い出して理解する。
あぁ、そうか。
分かってなかったのは自分の方だ。
何を考えてるんだ、と。
そう言われるべきは自分の方だったのだと。
「そ、か……そうだよな!」
あぁ、焦った!
笑うサッチに白ひげも笑い、船医もナースたちも笑う。
心配する必要などこれっぽっちもない。
彼女が戻ってくることが出来ないのなら、こちらから迎えに行けばいい。
彼女が戻って来たがらないのなら、奪いに行けばいい。
家族を連れ戻して何が悪い。
「ったく……馬鹿だな俺は」
空になった器を手に食堂へと向いながらサッチは独りごちる。
さぁ、これが終わったらあちらの世界へ行く方法を探そうではないか。
今までだって見つからなかった。
これからも見つかる確証はない。
けれど、諦めるという選択肢があるはずもない。
「よっしゃあ! 家出娘を探しに行くぞーー!!!」
おおおぉぉぉぉぉ!!!!
待ってろよリサ!!
ぜってー連れ戻してやんよ!!
気合十分な兄弟たちと声を張り上げ、サッチは笑う。
待ってろよ。
必ず迎えに行くから。
「で、俺たちは何をすれば良いんだ?」
「さぁ?」
書庫にある本でも漁ってみるか?
あ、それもうリサとマルコがやったってよ
へぇ、じゃあ俺ら何すれば良いんだ?
一様に首を傾げる兄弟たちを呆れたように見遣り、マルコは溜息を一つ零した。
「次の島に着かねぇことには、手掛かり探すことも出来ねぇよい」
「マジかよ!」
「何だよ俺ら出来ることねぇじゃんか!!」
じゃあ、仕方ねぇな。
だよな、今は何もすることねぇもんな。
よし、決まりだな。
「飲むぞーーーーーっっ!!!!」
「「「おおおぉぉぉぉぉ!!!!」」」
「前祝いだ前祝い!!」
始まる宴会。
遠くに行ってしまった妹を必ず迎えに行く。
そんな決意を胸に、彼らは笑い、踊り、歌う。
「おら! マルコ! 前祝いだ前祝い!」
「ったく……何年かかるか分かんねぇってのに、暢気な奴らだよい」
「大丈夫!!」
サッチには自信があった。
根拠のない自信だが、絶対にまた会えると信じていた。
「絶対に連れ戻す、だろ?」
きっと、誰よりもこの男が。
「一発殴り損ねたからな」
そう思っているに違いないのだから。