何かに頬を撫でられるような感覚でリサは目を覚ました。
人の肌とは違う毛羽立った感触と、明らかに人のものとは違う臭いに自然と口端が上がる。
「おはよ、フォークス」
羽を撫でながら声をかければ、綺麗な鳴き声が返ってくる。
そう言えば昨晩はフォークスの姿を見なかったな、と今更ながらに気付いたリサは、忘れていた自分に苦いものを覚えながらお詫びの意味も篭めてフォークスの羽を撫で続けた。
気持ち良さそうに目を細めたフォークスを見ていると、眠気が再びこみ上げてくる。
「お前、自分が女って自覚あんのかい」
大きく口を開けて欠伸をしたリサの耳に呆れ混じりの声がかけられる。扉の方を見れば、いつからそこにいたのか呆れ顔のマルコが立っていた。
「誰もいないと思ったんだもん」
「朝からヒデェ面見せやがって」
「何してんのここで」
そっちが勝手に来たんじゃないか。
じとりと見つめれば、マルコも嫌そうな顔でこちらを睨み付けてくる。
「いつまで経っても起きねぇクソガキを起こして来いってオヤジに言われたんだよい。早くしねぇと朝飯食いっぱぐれるぞい」
それから。声を低くしたマルコはフォークスを指して目を眇めた。
「そのクソ鳥をちゃんと躾とけ」
クソ鳥と名指しされたフォークスは、我関せずといった顔で毛繕いをしている。
どうやら、自分が寝ている間にひと悶着あったようだ。よく見れば、マルコの頬に薄い引っ掻き傷のようなものが見える。
「よくやるよね」
「テメェが言うな」
誰の所為だと思ってやがる
はいはい、ごめんね
ベッドから下りてマルコの元へ向かえば、すぐさま拳骨が降ってくる。寸でのところでそれをガードしたリサは、ホッと安堵の息を漏らして舌打ちするマルコを見上げた。
「この間のことだけどさ」
「あァ?」
何だいきなり。
嫌そうにこちらを見下ろすマルコに構うことなく、リサはフォークスを肩に乗せて食堂へ向かって歩き始めた。
「どっちにいたいんだってやつ」
「あぁ……で、どっちを選ぶか決まったのかい」
「ううん、決まんなかった」
だから、とリサは立ち止まりマルコを見上げる。
同じように立ち止まり、片眉を上げてこちらを見下ろすマルコは、薄々リサの出した答えに気付いているのだろう。この間のような冷たい視線は向けられていなかった。
「どっちも選ぶことにした」
「――は、そうかい」
そりゃ大変だな、精々頑張れよい。
再び歩き出すマルコの口元が僅かに綻んでいたのは見間違いではないだろう。
どうやら、自分の出した答えはマルコのそれと同じだったらしい。
「アンタってさ、変な奴だよね」
どちらを選ぶことも出来ない。
誰よりも近くにいたからだろうか、マルコはリサよりもリサのことを理解していたのかもしれない。
どちらも選べるはずがないのに、どちらかを選ばなければと苦悩する自分は、マルコの目にどれだけ滑稽に映っていたのだろうか。考えると腹が立つが、こうして答えを出せたのだから、まぁ良しとしよう。
「自分が海賊だって自覚を持って欲しいもんだ」
海賊が宝を諦めてどうする。
鼻で嗤うマルコにひくりと口元が引き攣るが、今回ばかりは我慢してやろう。気に食わないが、マルコのおかげで答えが出せたようなものなのだから。
けれど、ありがとうと素直に口に出来るほど大人でもない。
「アンタが焚き付けたんだから、ちゃんとハリー達に会う方法探すの手伝ってよね」
「何様だテメェ」
「可愛い妹のお願いも聞けないの?」
「な・に・さ・ま・だ、テメェは」
素早く伸びてきた手がリサの両頬を左右に引っ張る。
痛い痛いと喚くが、どうやら沸点の低いらしいこの兄は許してはくれないらしい。
即座にマルコに飛びかかったフォークスのおかげで助けられたが、次からはもう少しだけ態度を改めよう。
ひりひりと痛む頬を撫でながら、涙を滲ませたリサはほんの少しばかり己の言動を反省した。
「ったく……これから先ずっとこんな煩ェのと一緒だと思うと泣けてくるよい」
「嬉しいくせに」
「言ってろい」
「私は嬉しいけどね」
「、」
思いがけない言葉に驚いたのか、マルコがピタリと足を止める。
数歩先で振り返った自分は、きっと悪戯が成功した子どものような顔をしているのだろう。
「ホント、ムカつくクソガキだよい」
どこか悔しげな顔で舌を打ったマルコに小突かれ、リサはくすぐったさに身を捩って笑った。