「――リサ!!」
大声で呼びかければ、苦しげに喘いでいたリサがパチリと目を開いた。
揺れる瞳が虚空を見つめている。サッチは再度呼びかけた。
「リサ?」
大丈夫か?
窺うように覗き込めば、焦点の合わない目がサッチを捉えた。
未だ苦しげに喘ぐリサの背に手を添えて起き上がるのを手伝ってやれば、頬を伝った雫がサッチの手の甲に落ちる。
それが涙なのか汗なのか、リサが俯いてしまっている今の状態では判断しかねるが、上下する肩と荒い息使いがリサの様子が尋常ではないことを如実に物語っていた。
「飯が出来たから呼びに来たんだよ。もうすぐ島に着くってんで、アイツは偵察に行っちまってるから」
どうだ?飯、食えそうか?
背を摩りながら問いかけたサッチはそこで気付いた。リサの身体が小刻みに震えている。
リサは俯いたまま小さく頷き顔を上げた。
「、っち」
「ん?」
小さな呟きに思わず聞き返せば、不安を宿した目がこちらを見上げていた。
その顔の青白さに思わず息を呑めば、いつの間にか服の端を強く握り締めたリサが縋るようにサッチの名を口にする。
「サッチ、サッチ……」
「リサ……どうした?具合悪ィのか?」
ちがう。ちがう。
うわ言のように繰り返したリサがサッチの肩に額を押し付けた。
「リサ……」
「さっち、いる?」
「ん? あ、あぁ……いる。ここにいるぞー」
トントンとあやすように背中を叩きながら、珍しく自分から抱き付いてくれた妹の頭も撫でてやることにしよう。
どんな夢を見たのか知らないが、こんなにも苦しそうな表情をしているということは、それほど怖い夢だったのだろう。
聞くことはしない。
気になるが、きっと聞いてもこの捻くれ者な妹は教えてはくれないだろうから。
今の自分に出来ることは、リサが落ち着くまでただ抱きしめていてやることだけだ。
「、ごめ、」
「んー?」
小さな謝罪の言葉は聞こえないフリをして。
「………いる、よね」
存在を確かめるかのように縋り付く、自分よりも遥かに小さな身体を強く抱きしめ返して。
「おら、よーく見なさい」
今にも泣きそうなリサの青白い頬を両手で包み込んで、潰れたその顔に自身の顔を近付けてニヤリと笑った。
「カッコイイ兄ちゃんがいんだろ?」
押し潰されてタコのような口になったリサがもごもごと何かを訴える。
細まった目から溢れる透明な雫を指で拭い取って、サッチはリサの鼻先に自身の鼻先をくっつけた。
「今夜は、この優しくてカッコイイ兄ちゃんが一緒に寝てやろうか?」
「…………いい」
サッチ、寝相悪そう。鼾も煩そうだし。
タコの口から返ってきた可愛げない言葉に、サッチは反射的に額に頭突きを食らわせた。
ごつん。決して可愛らしいとは言えない音と共にリサの呻き声が上がる。
「い、たい!」
渾身の力で押し返された。
額を押さえて睨み付けてくるリサの顔色は未だ血の気が失せているが、もう大丈夫だろうとサッチは確信して笑う。
「だーってよぉ、せーっかく可愛かったのに可愛くないこと言うから」
ぐりぐりと鈍く痛む額を手のひらで押し潰しながら、不満げに頬を膨らませたリサがベッドから下りた。
食堂へ向かうのだろう。後に続いて部屋を出れば、大きく深呼吸をしたリサがホッと安堵の息を漏らしたのがサッチの耳に届く。
「――飯、食うだろ?」
「うん、お腹減った!」
大きく頷いたリサが食堂に向かって歩き出す。
後に続きながら、サッチは前を歩く小さな背をじっと見つめた。
”よかった”
聞き間違いでなければ、さっきリサはそう呟いた。
音になることはない、ただ唇が動いただけのそれだけれど。確かにそう言った。
リサがどんな夢を見ていたのか、聞くつもりなど毛頭ない。
けれど、何となく分かってしまった。
魘されるほどに辛く苦しい夢の内容が。
青褪めるほどに、震えるほどに恐ろしい夢の内容が。
「……嫌な兄ちゃんだなぁ」
「ん? 何か言った?」
振り返り首を傾げるリサに何でもないと首を振って。
「よっし! 今日も特訓頑張るぞ!!」
「うえぇ……今日もやるのー……?」
やります。
やりたくない。
でもやります。
そんなやり取りを繰り返し、歳の離れた兄妹は食堂へと向かう。
当たり前の日常が崩れ去ることに怯える気持ちを隠しながら。