「間違いないの?」
向かいに座るハーマイオニーが今にも泣き出しそうな顔で問いかけた。
縋るような声と視線から逃げるように俯いたハリーは、何も返すことが出来ない。
「ねぇ、ハリー。本当に……本当にそうなの? 間違いないの?」
どうか違うと言って欲しい。そんな想いが篭められた言葉に、向き合うことすら躊躇ってしまう。
違うと言えたらどんなに良かっただろう。
「落ち着けよ、ハーマイオニー」
ハーマイオニーの隣に座るロンの静かな声に、ハーマイオニーはグッと唇を噛み締めて俯いた。
慰めるように手を握るロンのそれは、今ではもう見慣れてしまった。初めてそれを見た時は、まさかあのロンが!――なんて笑いそうになったというのに。
「方法はないのか?」
黙り込んだハーマイオニーの代わりに尋ねたロンの視線を受けたハリーは、そっと目を伏せて頭を振った。
リサという親友が自分たちの前から消えて、ハーマイオニーとロンから笑顔が減った。
漸く、全てが終わったというのに。
未だ混乱の最中にあれど、ヴォルデモートという脅威は消え去ったというのに。
消えた。
忽然と、目の前から。
リサの傷を知ったのは、全てが終わった後だった。
スネイプの死を見届けて、託された想い出から全ての情報を得て。
それで、ヴォルでモートを倒した。
スネイプが、ハリーの母であるリリーを愛していたことを知った。
スネイプと母が、幼馴染みであったことを知った。
スネイプが母の為に生命を懸けたことを知った。
全てを投げ打ってでも、彼女を助けたいと――それほどまでに愛していたことを、知った。
”スネイプは生涯をかけて僕の母さんを愛したんだ!!!”
どうして、あんなことを言ってしまったのか。
校長室に戻り、憂いの篩を片付けようとしていた時に誤って再び吸い込まれた先で見た記憶。
そこでは親友であるはずのリサがスネイプと穏やかな時間を過ごしていた。
どうして?最初に思ったのがそれで、次の瞬間、全てを理解して青褪めた。
”リサ、あの……ごめん、僕……”
謝らなければ。思ってすぐに謝罪して、また後悔した。
”――やだなぁ、謝らないでよ! ハリーは何も悪くないじゃん! ほら、パーティ戻ろう? 美味しいものいーーっぱい食べよ!!”
空元気に言葉を失くして、謝罪することすら出来なくて、ただ強がるリサを見つめることしか出来なくて。
彼女は一度も泣かなかった。
スネイプを看取った時も、
ハリーがスネイプの真実を暴露した時も、
終戦の翌日も、
その翌日も、
そのまた翌日も。
彼女は、一度だって泣かなかった。
「――僕らにはどうする事も出来ない」
絞り出した声にハーマイオニーとロンが息を呑んだが、ハリーは顔を上げる事は出来なかった。
苦しい。
苦しくて堪らない。
彼女はどれほど絶望したことだろう。
スネイプがダンブルドアを殺したと聞かされて、
両親が死喰い人に殺されて、
大蛇に襲われ、血塗れ姿のスネイプを看取って、
スネイプが自分ではない他の女を愛していたと聞かされて、
絶望するなと言う方が無理な話だ。
そして、彼女を絶望させたのはハリー自身だ。
言わなければ良かった。
スネイプがリリー・ポッターを愛していた、なんて。
今更後悔したって遅いことは分かっている。
けれど、何も知らなかったのだからと自分を正当化することなんて出来るはずもない。
「僕、は」
僕は、親友を傷つけた。
それは紛れもない事実だ。否定など出来るはずもない。
だからこそ、連れ戻さなければと思った。
彼女が異世界へ飛ばされてしまったかもしれない、という突飛な考えに縋った。
彼女を助け出さなければならないと誓った。
見知らぬ世界で怯えているだろう彼女を、助けなければと思った。
それなのに。
あぁ、それなのに。
「僕は、無力だ」
ぐっと眉根を寄せて顔を歪めると、ネジの緩んだ眼鏡がするりと重力に従って落ちた。
膝に当たったそれは一度弾んで床へと落下し、レンズに小さなひびを入れる。
呆然とそれを眺めていれば、眼鏡に次いで何かが膝に落ちた。
弾むことなくズボンに染み込んだそれが涙だと気付いたハリーは、微かに滲む視界に気付いて苦笑を浮かべる。
泣いたって、どうにもならないのに。
「リサは、戻って来れないのね」
ポツリと零したハーマイオニーの涙声に、ハリーは堪えるように拳を握り込むことしか出来なかった。
不意に脳裏に甦った、真っ白な封筒。
あの日、ゲートを潜る前に彼女に渡したアレを、彼女はどうしただろうか。
どうか、どうか。
ハリーは願う。
どうか、彼女があの封筒を開いてくれますように。
どうか、彼女が気付いてくれますように。
どうか、彼女が――
ハリーは願う。
何度でも、何度でも。