06


「で、これは誰が持ち出したの?」

手の中の小瓶を見下ろしながら静かに問えば、数名の兄たちが一斉にサッチを指す。
チラリとサッチへ視線を向ければ、サッチは慌てた様子で手を振った。

「ちがっ! いや、俺だけどっ、薬かと思って思わずっ! け、けど海に落としたのは俺じゃないぜ! マルコが落としたんだ!」
「わ、わざとじゃねぇよい! 船が霧ン中に入った時にビックリして落としちまっただけだ!」
「さっきのは何だったんだい?」

慌てて抗議するサッチとマルコを楽しげに眺めていたイゾウがリサに問う。小瓶をポケットにしまったリサは肩を竦めた。

「記憶」
「へぇ……そりゃまた」

くつくつと喉を鳴らすイゾウに内心で舌を打ち、リサは頭を掻いた。

「リサ……あのよ、さっきのオッサ――じゃなくて、あー……スネイプ先生、だっけか? アイツとお前って、もしかして………?」
「………まぁ……」

曖昧だが肯定した途端、甲板のあちこちから悲鳴じみた呻き声が上がる。
しゃがみ込んで頭を抱える兄。
必死に頭を振って「駄目だ!!」と叫ぶ兄。
耳を塞いで「俺は何も聞いてない!」と叫ぶ兄。
様々な反応はあれど、誰もがリサとスネイプの仲を反対する。その様子にリサは苦笑を浮かべた。

「それ、何で瓶の中にあったんだ?」
「………夜中に、目が覚めて……昔の夢見ちゃったから……見たくなくて……」

頭から追い出せば見なくて済むと思ったから。
昔のことなんて、思い出したくなかったから。
そう告げれば、首を傾げたサッチが「何でだ?」と声を上げた。

「あっちの世界での大切な記憶だろ? ダチだって、認めたくはねぇが恋人だっていた頃の記憶を追い出してェなんて……」
「サッチ」
「そりゃ、思い出したら戻りたいって思っちまうかもしんねぇけどよ、普通は夢に見たら嬉しくなるもんじゃねぇの?」

マルコが窘めようとするが、サッチはわけが分からないと首を傾げてリサに問い詰める。サッチは知らないからそんな事が言えるのだ、とマルコは内心で舌打ちを零した。あのカードの裏面を読んだマルコだけが知っている事実を。

スネイプは既に死んでいる。

それは変えることの出来ない、どうしようもない事実である。
たとえ元の世界に戻ったとしても会うことの出来ない恋人との記憶を喜べるほど、リサの心はまだ癒えてはいないのだ。
だからこそサッチを窘めようとしたが、まさか理由を口に出来ないマルコはサッチの名を呼んで首を振ることしか出来ない。

マルコは知らない。

スネイプとリサの間に高い壁としてそびえ立つ、親友の母親の存在を。
普通の恋人同士だと信じて疑っていないのだ。

そして、それを口に出来るほどリサの傷は浅くない。
悲しみの海に沈んだまま、まだ上がってくることが出来ないのだ。

「いないの、あの人」

努めて明るい声を出したリサに、マルコはハッと息を呑んだ。

「前に言ったでしょ? ヴォルデモートって悪者と戦ったって。あの人もさ、そいつに、殺されちゃった」
「、悪ィ……俺、」
「あはは、気にしないで! こっちに来る前の話だし、いい加減さ、ほら……立ち直らなきゃ、だし」

声の震えを抑えられなくなって黙り込めば、甲板中が静まり返っていた。こんな所で泣いたって何も変わらない。同情してほしいわけじゃない。だからこそ笑わなければならないのに、滲んだ涙は引っ込むどころかどんどん量を増していくばかりで、とうとう溢れ出して甲板に落ちた。

「、ごめん」

泣きたくなどなかったから、頭から追い出したのに。
泣いたって苦しくなるだけだから、泣き止めなくなるだけだから、だから泣くまいと頑張ったのに。
いつまで経っても弱いだけの自分が情けなくて、涙は止まるどころか溢れるばかりだ。

「喜んでるわよ」

カツン、とヒールを鳴らして目の前にやって来たルーシーの言葉に、リサはのろのろと顔を上げた。涙の跡がついた頬にそっと触れたルーシーは慈しむように頬を撫でて微笑んだ。

「こんなに想ってくれる子がいるんだもの」
「、ルーシ――ぎゃっ、」

突然何かに頭を押し潰されてリサは悲鳴を上げた。暖かく力強いそれがグリグリと頭を撫でて離れていく。顔を上げれば、こちらを見下ろす白ひげの穏やかな表情があった。

「ルーシーの言う通りだ。自分の死を悲しんでくれる人がいるってのは、とても幸せなことじゃねぇか。なぁ、リサ?」
「――っ、」
「泣いたって良い。だが、これだけは忘れるな。お前は独りじゃない。俺たちがいるだろうが」

「なぁ、バカ息子共よ」と声を張った白ひげに呼応して兄たちが雄叫びを上げる。

たりめぇだ!
独りじゃねぇよ!
俺らが一緒だぞ!!

口々に叫ぶ兄たちに、リサは両手に顔を埋めたまま何度も何度も頷いた。

心配してくれる人がいる。
傷を癒そうとしてくれる人がいる。
それは何て幸せなことなのだろう。

前を見よう。

真実を口にする勇気はまだ持つことは出来ないけれど、そう思えただけで一歩前進だ。
強くならなくては。過去を嘆くばかりではいけない。





それだけじゃ寂しすぎるから





「悪かった」

部屋に戻って来たリサの後に続いて入って来たマルコは、部屋に入るなりそう言って頭を下げた。

「俺が瓶を海に落とした所為で、皆に見られちまった……悪かった」
「もういいよ、だいじょーぶ」
「そう見えたら謝ってねぇよい」

伸びてきた手がぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でる。
痛いと声を上げれば、自分の手よりも遥かに大きなそれは軽く頭を直して離れていった。

「お前、男の趣味悪すぎ」
「ヨケーなお世話。いいでしょ別に」

そんなこと言われなくたって自分が一番分かっている。
どうしようもないのは、裏切られていたと分かってもずっと好きだと想い続けていることだ。

「しょうがないじゃん、好きになっちゃったんだもん」
「次はもっとマシな男探すこった」
「そういうこと言って、マルコが好きになる人も変な人だったりして」
「バーカ、俺はお前みてぇに趣味悪くねぇよい」
「そうやって言ってる人ほど変なの好きになるんですー」
「ハッ、言ってろい」

鼻で嗤うマルコに顔を顰め、リサはポケットから小瓶を取り出した。蓋を開けて銀白色の物質を杖に巻きつけると、そっとこめかみへと押し付けた。
すぅ、とこめかみの内側へと消えていく様子を眺めながら、マルコは肩を竦める。

「見たくもねぇモンを一々追い出してたら、キリがねぇよい」
「分かってるよ、もうしない」

小瓶をバッグの中に入れたリサは、デスクに杖を置いてマルコを振り返った。にんまりと口端を上げれば、反対にマルコが嫌そうに顔を歪める。

「既婚者だったりして」
「あ?」
「アンタが好きになる人。どーすんの? 本気になった相手が既婚者だったら」
「何言ってんだ、馬鹿か」
「だってさー、」
「ンなもん、奪うに決まってんだろうが」

何を分かりきったことを。
そんな顔で堂々と言い放ち腕を組んだマルコに、リサは顔を引き攣らせた。

「え……奪うの? 相手の幸せを願って身を引くとかそういうこと出来ないの?」
「海賊が何言ってんだ。欲しいモンは奪ってなんぼだろうが」
「えー……だってさー、それで相手がずっと泣いてたら嫌じゃん。やだからね、隣の部屋から泣き声聞こえるの」
「惚れさせりゃ良いだけの話じゃねぇか」
「うっわ、何処からくるのその自信。こわっ!」
「テメェの言い方は一々ムカつくな」

再び伸びてきた手を寸でのところで躱せば、舌打ちをしてマルコが扉へと向かう。戸を開けて出ていくのを見送っていると、閉まろうとしていた戸を再び開けてマルコが顔を覗かせた。ニヤリと悪どい笑みを浮かべるマルコに咄嗟に身構えると、そんな反応すら楽しむようにマルコは口を開いた。

「別のナキゴエが聞こえてきたら悪ィな」
「は? 何そ――」

何それ。そう言いかけてる途中で答えを見つけたリサは、瞬時に顔を赤くしてマルコを睨み付けた。しかし既に戸は閉まった後で、マルコの姿はない。

「最ッ低!! 変態!! スケベ!! そんな事になったら絶対赦さないから!!!」

大声で叫ぶも、当然ながら返事はない。今頃廊下でくつくつ笑っているのだろうと思うと無性に腹が立つ。

「アイツだけは好きにならない!!」

もし、いつか別の人を愛せる日がきたとしても。
そんな日が来るかどうかも分からないけれど、自然とまた誰かを愛せるようになるのだとしたら。
性格はマルコと正反対が良い。

奇しくも同じ頃、食堂へ向かっていたマルコもリサと似たようなことを考えているのだが、二人がそれを知ることはない。