「な、何だアレ……!!」
「箒……!?」
「空飛んでるぞ……!!」
甲板でざわめき立つ海賊たちを見下ろし、リサは深呼吸を一つして杖を喉元に当てた。
「よくも私の薬をダメにしてくれたわね!! 覚悟しろ!!!」
拡声呪文によって何倍もの大きさになったリサの声は、遠く離れたモビー・ディック号にいるサッチ達の耳にもはっきり届く。勿論、リサの元へ急ぐマルコの耳にもだ。
はっきり言って煩い。とんでもなく煩い。耳を塞ぐための腕は空を飛ぶために使ってしまっている為、塞ぐことすら出来ない。余りの大きさに一瞬意識を飛ばしかけながらも、懸命に羽ばたいたマルコは漸くリサの元へと辿り着いた。その箒の後ろにしゃがみ込んで人間の姿へと戻ると、一瞬箒が後ろに傾ぐがすぐに水平へと戻る。
「何すんの! 危ないでしょう!?」
「テメェ! 俺の耳をぶっ壊す気かよい!!」
「塞げば良かったじゃん!」
「塞げねぇんだよい! 飛んでんだから!!」
「そんなの知らないもん!! ちょっと! 早く降りてよ! 重い!」
「大体、テメェがここに来て何するってんだ!? あァ!? 戦いたくねぇってごねてた馬鹿野郎は何処のどいつだ!!」
「だってこいつらの所為で私の薬滅茶苦茶になっちゃったんだもん!! やっと完成するところだったのに!!」
一発の銃声が鳴り響いた。同時に、リサとマルコの顔すれすれを銃弾が通り過ぎていく。咄嗟に甲板を見下ろせば、二人が怒鳴り合っている間に戦闘準備を整えた海賊たちが武器を構えて立っていた。
さすが狙撃手が多いだけのことはある。まるで海兵のように前後に列を組んで銃を構える海賊たちは、けれどその顔だけは海賊らしい嫌な笑みを浮かべていた。
「撃ち落とせ!!」
船長らしき海賊の号令によって、海賊たちは一斉に引鉄を引く。いくつもの銃声が鳴り響いた。
「チッ……」
「わっ、ちょ、マルコ! 背中乗せて! 箒しまうから!」
「あァ!?」
「だって壊れたらやだもん!!」
了承の言葉を得る前にマルコを箒から振り落としたリサは、怒鳴りながらも不死鳥に変身したマルコの背中に飛び降りて箒をバッグへとしまった。
「ナイス!」
「テメェ、あとで覚えてろよい……!!」
「殺せえええぇぇっ!!!」
放たれる無数の銃弾を避けることもしないまま、マルコは敵陣へと突っ込んでいく。背中に乗ったリサのことなどお構いなしだ。甲板を滑空する際に身体を傾けて荷物を放り捨てれば、甲板の上に放り出されたリサは「ぎゃんっ!」と悲鳴を上げて転がった。
「酷い! 何考えてんの!?」
海賊たちに囲まれ、銃口を向けられた状態でリサがマルコに怒鳴るが何処吹く風。再び旋回してこちらに飛んできたマルコはリサに構うことなくそこにいた海賊に鋭い鉤爪をお見舞いした。悲鳴と共に上がる血飛沫から慌てて目を背けたリサは、内心でマルコに毒づきながら深呼吸をする。
「なに余裕ぶっこいてんだこのアマ!!」
「死ねえええぇぇぇい!!!」
いくつもの銃口から一斉に銃弾が放たれる。咄嗟に目を瞑ったリサの身体をいくつもの銃弾が貫通していくが、そのどれもが致命傷になることはない。
「な……っ、」
「能力者か……!!?」
「う゛ー……気持ち悪い……!」
痛みは無いが、身体を貫通する感触はある。肩、頭、心臓、腕、足などに開けられた風穴は、一拍の間を置いて再び肌へと戻っていく。その瞬間の感覚も、慣れない所為か違和感を覚えるものだ。いくら痛みを感じないとはいえ、身体に風穴を開けられるなど決していい気分ではない。
動揺しながらも再び武器を構えた海賊たちを睨み付けて、リサは杖を突きつけた。
「ステューピファイ!!(失神せよ!!)」
杖先から赤い閃光が迸り、海賊の胸を貫いた。
引き金を引かんとしていた海賊の身体が崩れ落ちると、再び海賊たちの間に動揺が走るが、それで攻撃の手が休まることはない。
「デューロ!!(固まれ!!)」
近くにあった樽が石へと変わる。一斉に引鉄が引かれる瞬間に石と化した樽を海賊たちの方に転がせば、列を成した海賊たちはまるでボウリングのピンのように弾き飛ばされて倒れた。
「やった!」
「へぇ、やるじゃねぇか」
背後に下り立ったマルコがくつくつと喉を鳴らす。当然ながら無傷なマルコをじとりと睨み、リサは鼻を鳴らして杖を握り締めた。
「ちょっと、私の前で血を流すような戦い方しないでくれる?」
「なに甘っちょろいこと言ってんだよい」
「甘っちょろくて結構。私は殺しに来たんでも傷つけに来たんでもないもん。薬をダメにされたから、仕返ししに来ただけ」
海賊のくせに何言ってやがる。マルコの呟きはリサの耳に届くことはなかった。再び武器を手にしてリサたちを囲んだ海賊に、リサは杖を掲げて叫ぶ。
「コンフリンゴ!!(爆発せよ!!)」
甲板の遥か上空で起きた爆発に船が揺れる。咄嗟に欄干を掴んだマルコは、爆発を起こした張本人のくせに海に放り出されそうになっているリサを引き寄せて拳骨を落とした。
「馬鹿かテメェは!」
「馬鹿じゃない!」
「いーや馬鹿だよい! 大体何もねぇとこ爆発させたって何の意味も――」
上空を見上げたマルコは言葉を切った。薄れる煙幕の向こう、リサが爆発させた『物』が何かに気付いたからだ。
「えげつねぇ奴だよい、お前は」
満足気に腕を組むリサに何処か疲れたような顔で溜息を零すマルコ。
ゲホゲホと咳き込んでいた海賊たちは、上空を見上げて悲鳴のような叫び声を上げた。
「あーーーっ!!!??」
「俺たちの……!!!」
「海賊旗が……っ!!!!」
メインマストの天辺にあったはずの真っ黒な旗。それは先の爆発によって粉々に消し飛び、最早黒い布どころかマストの先の見張り台すら見当たらない。
「テメェ……っ!!!」
「よくも……!!!」
「ふんっ! 薬の代金よ! あの材料だって貴重なんだから!」
そんなリサの声は怒りで我を忘れた海賊たちには届かない。
武器を構えて一斉に襲いかかってくる海賊たちに再び杖を向けたリサは、大きく息を吸った。
「アグアメンティ!!(水よ!!)」
杖先から勢いよく噴出された大量の水が、海賊たちを悉く海へと突き飛ばしていく。欄干を突き破り海へ落下していく海賊たちを眺めるマルコの脳裏に、甲板掃除をしている時のクルーたちの姿が浮かんだ。ホースの先を細くして勢いよく噴出させながら、泥などの汚れを海へと落としていくそれと酷く似ている。
「何でだろうなぁ、掃除してんのを見てる気分だよい」
「よし、終わり!」
全員が海へ落ちたのを確認し、リサは満足気に杖をしまった。海賊たちと一緒に武器も海へ落としたから、船に戻ったとしても再び襲撃される心配はないだろう。ついでに大砲も使えなくしてしまえとのマルコの言葉に頷き、武器庫へと向かったリサは大砲の弾を全てビー玉サイズに変えて満足気に笑った。
「マルコー、船に帰ろー」
甲板に戻れば、梯子からよじ登ってくる海賊の姿を発見した。
「あ」
「あ」
「……うーん、ごめん。もう一回落ちてきて」
杖から噴出する水を受けて再び海へと戻っていく海賊に心の内で合掌し、リサは辺りを見回した。マルコの姿はない。
「フォークス、マルコ何処行ったの?」
マストに止まっていたフォークスに尋ねれば、フォークスはマルコが消えたであろう扉へと顔を向ける。どうやら船室に入って行ったらしい。
「何してんのー?」
扉を開けて声を張れば、数秒後に「手伝え」という声が返ってくる。フォークスを肩に乗せて船室へ入り込み進んで行くと、最奥に船長室らしき部屋を発見した。そこから何やらゴソゴソと物音が聞こえてくる。
「マルコ?」
「あぁ、これ持ってけ」
「うっわ、何それすごーい」
これ、と差し出されたのは大きな袋いっぱいに詰まった金銀財宝。
「随分溜め込んでたみてぇだよい」
「すごーい! あ、これルーシーとかフィオラが喜びそう」
女性用と思しき装飾具を手に取って呟けば、マルコから呆れたような視線が向けられる。
「何?」
「お前は喜ばねぇのかい」
「私? だってこんなの似合わないし。ルーシーたちみたいな綺麗な人が似合うでしょ」
「確かにな」
「……何かムカつく」
自分も認める事実だというのに、人に言われると腹が立つ。マルコだから尚更そう感じるのかもしれない。顰め面で財宝の袋を浮かせると、今度は食堂に行くと言われて二人でそこへ向かった。
「この船、モビーとは作りが違うんだね」
「そりゃ、あの船とは規模が違い過ぎんだろうが」
「まぁそうだけど……だって、オヤジの部屋にはお宝置いてないじゃん。ちゃんと宝部屋に置いてあるでしょ?」
「オヤジは宝に固執しねぇからな。ここのしみったれた船長とは格が違ェんだよい」
自慢気に語るマルコをチラリと見上げ、リサは緩みそうになった口元を慌てて隠した。普段は腹立たしいことばかりだが、船長であり父でもある白ひげに対する忠誠心だけは素直に凄いと思うのだ。
食堂や食糧庫で食糧を頂戴して甲板に出た二人は、船に上がってきた海賊たちを再び海へと突き落としてモビーディック号へと戻っていった。
迎えてくれた家族にもみくちゃにされながら白ひげの元へ向かえば、勝手に動いた罰だと拳骨を一つお見舞いされ、ついでに心配させた罰だとマルコからも拳骨を食らう羽目になった。
「グラララ! 娘の初陣だ、きっちり祝わねぇとなァ!! 野郎ども宴だ!!」
「「「うおおおおぉぉぉぉ!!!」」」
頂戴してきた食糧を抱えて厨房へ戻って行くサッチやコックたちを見送り、お宝を物色する兄たちを眺める。そう言えば、ルーシーたちに似合いそうなものがあったんだと思ってナースたちの元へ行けば、驚くことに既にそれぞれ宝石やら装飾具やらを手にしていた。とんでもない早業にあんぐり口を開けていると、大きなたんこぶがコツンと小突かれる。
「いでっ!」
振り返ればそこにいたのはやはりマルコで、痛いと訴えようと口を開いたリサの目の前に何かが差し出された。
「何これ」
「報酬」
「報酬?」
シンプルな細いシルバーのブレスレットを受け取りながら、リサは首を傾げた。
「今回の報酬。勝手に突っ走ったお前はそんだけだ」
「はぁ……報酬なんてもらえるんだ、知らなかった」
今まで襲撃に参加したことがなかったのだから当然と言えば当然だが、突然渡されたそれに何だか擽ったさを覚えてならない。現物支給とは海賊らしいが、これを嵌める自分が余り想像出来ない。
「これ、もらっちゃって良いの? ナースさんたちはいらないって?」
「アイツらは勝手に好きなモン取ってるから良いんだよい。お前にゃアイツらが持ってるようなモンは似合わねぇだろうが」
宝石が散りばめられた太いブレスレットや、向こうの世界でセレブな女優が身に付けていそうな豪華なネックレスやピアス。確かに自分には似合わない。頷いたリサはごくごくシンプルなそれを見つめてホッと安堵の息を漏らした。
「これ、この一個だけある赤い石、宝石? 本物?」
「俺が知ってるとでも思ってんのかい」
「思わない。あとでルーシーに聞いてみる」
そうしろ。そう答えたマルコが船内へと消えていく。襲撃のたびに書類に追われているから、きっとそれだろう。ブレスレットを見つめたリサは、まるで早く嵌めろと言っているかのように煩い鼓動に追い立てられながら、ブレスレットを腕に嵌めた。
「うわー……きれい」
初めての戦い。初めての報酬。戦うきっかけを思い出せば怒りがこみ上げるが、こんなにも素敵な報酬をもらってしまえば、その怒りも少しだけ和らいだような気がした。
「何か、照れる」
アルバイトなどしたことないが、きっとこれは初任給をもらった人が感じるものと同じようなものなのだろう。
嬉しい。緊張する。勿体ない。でももっと見たい。
「あら、可愛いブレスレットね」
「ルーシー! これ、報酬だって!」
手首に嵌めたブレスレットを突き出して興奮気味に叫んだリサに、目を丸くしたルーシーはすぐに微笑みを返した。
「おめでとう、お手柄だったわね! でも、」
「?」
「次からはあんな無茶したらダメよ。――無事に帰ってきてくれて良かった」
「ルーシー……」
「お帰りなさい、リサ」
「――うん! ただいま!!」
何よりも素敵な
ブレスレットという報酬も嬉しいが、こうして家族が笑顔でお帰りなさいと迎えてくれることの方が何倍も嬉しいものなのだと、リサは初めて気付いた。素直にそれを口に出せば、きょとんと目を丸くした家族たちは次第に表情を緩めていって、大きな笑い声が生まれる。
「この野郎! 可愛いこと言いやがって!」
「こっち来いこっち!! 頭撫でてやる!」
だらしなく緩みきった顔で手招きする兄たちの元へ飛び込んだリサの背後で「マルコ隊長ご愁傷様」とルーシーが呟いていたのを聞き取ったのは、歳の割に地獄耳な白ひげだけである。