ある晴れた日の昼下がり、それは突然やって来た。
『敵襲だーーーーっ!!!』
見張り台に設置された拡声器を通じて船中に響き渡る声。その声を受けてクルーたちは一斉に武器を手に取った。
「随分と久しぶりじゃねぇか?」
「へへっ、腕が鳴るぜ!」
「やっぱこういうのもねぇとな!」
意気揚々と甲板へ向かうクルーたちの顔に緊張や畏れといったものは何もない。久しぶりの戦闘に心躍らせ、我先にと甲板を目指す。
瞬間、モビー・ディック号が大きく揺れた。どうやら船のすぐ傍に砲弾が着水したらしい。大きな揺れに咄嗟に壁に手をついて態勢を整え、クルーたちは更に笑みを濃くする。
これだ。この緊張感だ。
武器を握る手が汗ばむ。
恐怖からくる緊張などでは勿論ない。
早く戦いたい。早く、早く。
「悪人ヅラ」
「テメェに言われたくねぇよ!」
「自分のこと言えんのかァ?」
軽口の応酬を続けながら甲板へ続く扉を蹴り破ると、こちらへ向かってくる砲弾が目視出来た。
「おほっ! ヤッベェ!」
「誰がいく?」
「そりゃ俺だろ!」
「バカ言え! 俺だ!」
「よし分かった、俺だな!」
言い合う間にも砲弾は距離を詰めてくる。争ってる時間などない。
「しゃーーねぇなァ!」
「いっちょ派手にブチかまそうぜ!!」
「おっしゃああああぁぁぁっ!!!」
欄干に足をかけ、飛んでくる砲弾へと狙いを定めた。あと少し。あと少し。
足場が少々不安定だが、そんなことは恐るに足らない。両足に力をグッと篭めたクルーたちは、久しぶりの戦闘に心弾ませ一斉に飛び上が――ろうとした。
「レダクト!!!」
何処かから聞こえた妹の叫び声と共に、すぐそこまで来ていた砲弾が一瞬で粉々に砕け散った。飛び上がろうとしていたクルーたちは慌てて踏み止まり――中にはそのまま海へ落ちた者もいた――背後を振り返る。
「………般若?」
誰かの呟きに皆が同意する。背後にいたのは紛れもなく自分たちの可愛い妹だ。魔女でもある彼女が先程の砲弾を粉々にした張本人であろうことも容易に想像出来る。出来るのだが――。
「えーと……リサさん?」
「アイツら、絶対赦さない……!!」
誰かの問いかけを無視してリサは杖を握る手に力を篭める。怒りで肩を震わせるリサに一体何があったのだろうかと顔を見合わせれば、敵の手配書を手にしたマルコが姿を現した。
「スナイパー・コング。額は九千七百万」
「何だ、随分と小物じゃねぇか」
「接近戦より遠戦の方が得意らしいな、どいつもこいつも狙撃手ばっかだよい」
数枚の手配書をペラペラと捲りながら肩を竦めたマルコの右肩に突如、衝撃が走る。チラリと見下ろせば青い炎が受けた傷を再生しているところで、クルーたちが口笛を吹く中マルコは口端を上げた。
「小物にしてはやるじゃねぇか」
きっちり礼を返してやろう。不要になった手配書を握り潰したマルコは敵船へと視線を向け、船へと向かう小さな影に気付いた。ん?と思って目を凝らせば、徐々にその正体が見えてくる。マルコはあんぐりと口を開けた。
「は……?」
「ええええぇぇぇっ!!?」
「リサ!!?」
「ちょ、あの子何やってんのおぉぉ!?」
驚愕に目を見開き口々に叫ぶクルー達の視線の先では、いつの間にか箒に跨ったリサが傍らにフォークスを伴い敵船へと向かって飛んでいる。
「ちょちょちょ、マルコオオオォォォ!!!」
何処かから見ていたのだろう、真っ青な顔で甲板へ出て来たサッチがリサを指して叫んだ。
「早く! 早く行って! あの子何考えてんのォ!!?」
「俺が知るかよい!! ったく……! おいサッチ! あと頼んだ!」
了承の声を背中に受けながら、不死鳥へと変身したマルコは空高く舞い上がりリサの元へと急いだ。真っ青な大きな鳥が飛んでいくのをハラハラしながら見送るサッチの傍では、クルー達が一様に首を傾げている。
「アイツ、どうしたんだ?」
「戦いたくないーって言ってたんじゃねぇの?」
「どんな心境の変化だ……?」
「ひっくり返っちゃったんですって」
苦笑混じりの声に振り返れば、珍しいことにナースのルーシーが甲板に出てきていた。
「おいおい、出てきて大丈夫か?」
通常、襲撃の際は非戦闘員であるナースたちは船医と共に医務室に待機することになっている。下手に歩き回られてしまえば、万が一という時にすぐに救助に向かうことが出来なくなる。それを理解しているからこそ、ナースたちも医務室から出てくることはないというのに、どうしたことだ。
「船長の許可をもらったの。リサの初陣だもの、直接この目で見たくて」
ルーシーの視線を追えば、白ひげの周りにはナース一同、船医までもがズラリと並んでいる。敵船へと突っ込んでいくリサを眺めながら「がんばれー!」「気を付けるのよー!」などと暢気にエールを贈っている。
「何がひっくり返ったんだ?」
ルーシーはクスクス笑いながら一枚の羊皮紙をサッチたちに見せた。目の前に出されたそれに、サッチは瞬時に顔を顰める。忘れるはずもない、それはサッチが初めて見た骨接ぎ薬のレシピだ。
「それ、作ってたんですって。作るのに何日かかかるらしいんだけど、漸く完成するって時にさっきの揺れで鍋ごとひっくり返っちゃったみたいで」
「あぁ、それで……」
誰かが納得したように頷く。数日かけて作っていたものをダメにされたのなら、怒るのも無理はない。戦いたくない、などという考えは何処かへ押しやられてしまったのだろう。「怒りで我を忘れるタチか、こえぇな」との誰かの呟きに頷いたサッチたちは、けれどその薬がダメになったことをこっそり喜んでいた。口に出すのもおぞましい材料たちを使って作られた薬なぞ、誰だって飲みたくないのだ。
「ありがとう……!! 安らかに眠ってくれ!!」
敵に向けてそう叫びたいのを必死に我慢して、サッチ達は「リサ! 頑張れよ!!」と声を張るのだった。