09


翌朝、目を覚ましたリサは身支度を整えると朝食も取らずに再び町の図書館へとやって来た。
アリウムに会えないかと思ってやって来たのだが、どうやら図書館にはいないらしい。一通り館内を歩いてアリウムの姿が無いことを確認して外に出ると、入口の所で目的の人物と鉢合わせた。

「あ」
「あ」
「良かった、探してたの」

昨日のことを謝りたくて探してたと告げれば、アリウムも自分も同じだと苦笑を浮かべた。

「俺さ、ずっと思ってたんだ。生まれて来なきゃ良かったって」

昨日と同じカフェに移動すると、アリウムは俯きがちに話し始めた。
心を病んだ母親が毎日目を泣き腫らすのを傍らで見ていることしか出来ない。息子だと認識してもらえていたかさえ定かではない。いつだって元の世界に帰りたいと嘆き、自分とアリウムが存在するこの世界を拒絶していた母親。
いつかは自分を見てくれるかもしれない、と期待することすら出来ず、衰弱していく母親をただただ見ているだけの日々に希望など持てなかった。

「理由が欲しかったんだ。母ちゃんが俺を見てくれない理由が」

こういう理由があったから、見てもらえなかった。仕方ないことなんだと自分に言い聞かせたかった。
魔法などというものが存在しないこの世界で、自分は魔女だ、助けてくれ、元の世界に返してくれとうわ言のように呟く母親。その言葉が真実であるのだと思いたかった。魔法は実在していて、母は本当に魔女で、別の世界の人間で。

だから、自分は愛してもらえなかったんだ。
仕方がないことなんだ。
母は悪くない。自分も悪くない。
そう自分に言い聞かせたかった。納得したかった。

「だから、アンタを見た時嬉しかった。手配書を見た時はあんま信じてなかったんだけどよ……でも、アンタは本物の魔女だった」

顔を上げたアリウムはスッキリした顔で笑っていた。

「昨日さ、アンタが店を出てった後、あのオッサンに言われたんだ」
「え……?」
「お前はどうしたいんだ、って。俺、何も答えられなかった。でも、思ったんだ。今まで俺は母ちゃんを理由にして逃げてただけだって」
「、」
「これからはさ、自分の為に生きるよ。俺は魔法なんて使えねぇし、母ちゃんのいた世界ってのもあんま興味ねぇし。自分が今いるこの世界で、俺の好きなように生きることにした!」

胸を張って笑うアリウムは、身を乗り出してリサの手を取った。

「ありがとな、アンタらに会えて良かった!」
「私は何も………でも……うん、良かった」

自分のよりも少しだけ大きな手をそっと握り返してリサも微笑んだ。

「頑張ってね。……私も、頑張る」

独りじゃないから。
もう、恐怖はないから。

「アンタならさ、きっと帰れるよ」
「うん! ありがと!」
「――くぉら! リサ!!」

突然聞こえた怒声にビクリと肩を跳ねさせ、リサとアリウムはそちらに顔を向けた。
店の入口に見つけたのは怒りで肩を震わせるサッチと、数名の兄たち。その後ろではマルコが溜息を零し、イゾウがくつくつと笑っている。

「え……な、何?」
「あ、昨日のオッサンだ」
「オッサンじゃねぇっつってんだろうが!」
「んなこたァどうだって良いんだよ! リサ! 俺は絶対許さねぇぞ!!」
「俺もだ!」
「俺も!」
「たりめぇだ!!」

口々に叫ぶ兄たちに、リサとアリウムは顔を見合わせて首を傾げた。
助けを求めてマルコとイゾウの方へ視線を向けるが、二人は肩を竦めたり口端を上げて楽しげに笑うだけで助けてくれそうにない。

「な、何なの?」

鼻息荒く近くまでやって来たサッチに恐る恐る問いかければ、サッチたちは一斉にアリウムを指した。

「え、俺?」
「俺ァ認めねぇぞ!」
「だから何が、」
「お前に男なんざ十年早い!!!」
「「……は?」」

何言ってんだコイツ。
そんな思いをたっぷり篭めて兄たちを見上げれば、態度が気に食わなかったのか兄たちが一斉にアリウムを取り囲む。胸倉を掴み上げて強引にアリウムを立ち上がらせる兄を止めようと慌てて口を開けば、ずいと顔を近づけてきたサッチが顰め面で大きく息を吸った。

「お兄ちゃんは認めません!! お前に男はまだ早い!!」
「いや、だから」
「十年早い!」
「いや百年だ!!」
「だから、アリウムはただの」
「アリウム!? 呼び捨てにする仲なのか!!」
「何て破廉恥な!!」
「何で!?」

聞く耳持たない兄たちに辟易し、助けてと声を上げてマルコたちを見る。マルコは相変わらず呆れたような顔をしているし、イゾウに至っては「そういや手も握ってたな」などとサッチ達を煽るような発言を寄越す始末だ。

「リサの手を握るなんざ百年早ェんだよクソガキがァ!!」
「ちょ、だから俺とコイツは別に……!」
「コイツだァ!!?」
「じゃあリサ! 俺とリサは別に何も」
「気安く名前で呼んでんじゃねぇよアホンダラが!!」
「もー何なんだよこのオッサン達!!」
「んだとクラァ!!!」

凶悪な面構えでアリウムを囲み出したサッチ達に、何とかその場を離れたリサは慌ててマルコたちの元へ駆け寄った。

「ちょっと! 見てないで止めてよ! 何なのあのバカ兄貴たちは!!」
「愛されてるってことじゃねぇか。良かったな」
「良くない!! アリウム可哀想じゃん! 助けてあげてよ!」
「断る。あんな煩ェ奴らに喚かれんのはごめんだ」
「もー!!」

止めてくれそうにない二人を睨み付けてリサは杖を取り出した。

「ちょっと! 今すぐ止めないと魔法ぶっ放すわよ!!」

大声で叫ぶが怒り心頭な兄たちには届かない。ぴきぴきとこめかみに青筋を浮き立たせたリサは、静かに深呼吸をして口を開いた。

「今すぐ止めないと寝てる間に魔法薬飲ませるから」

ぴたり。
先程まで聞く耳持たずだったサッチたちが瞬時に動きを止める。
青い顔でダラダラと汗を流す兄たちを冷たく一瞥したリサは、散々絡まれ憔悴しきっているアリウムを引っ張り出してやり頭を下げた。

「バカ兄貴でごめん」
「ゲホッ、いや……まぁ、うん、大丈夫だけど……」

咳き込みながら苦笑するアリウムに本当にごめんと深く頭を下げれば、頭に温かい手が載せられた。

「アンタならさ、こっちの世界でも楽しく生きられそうだな」
「――、」
「頑張れよ、リサ」

くしゃくしゃと頭を撫でてアリウムが去っていく。

「ありがとう! アリウムも元気でね!!」

一度だけ振り返ったアリウムは、大きく手を振って去って行った。その背を見送っていると「気安く頭撫でてんじゃねぇよ」「調子に乗りやがって」「俺のリサに」「いやお前のじゃねぇし」「俺たちのリサだ」などと兄たちがブツブツ呟いているのが聞こえてくるが、聞かなかったことにしよう。

「さ、帰ろっかな」
「リサ! 男なんて兄ちゃんは許しませんからね!!」
「お前にはまだ早い!!」
「認めん! 断じて認めんぞ俺は!!」
「あーハイハイ、早く船に帰るよ。朝ごはん食べてないからお腹空いちゃった」

未だ喚き立てる兄たちの背を押して船に向けて歩き出せば、ブツブツと文句を零しながらもサッチたちも歩き始めた。
勝手に勘違いして喚き立てる迷惑な兄たちだが、それだけ大切に思ってくれているということは純粋に嬉しいと思う。

「随分と愛されてるじゃねぇか」
「ソウデスネー」
「顔、ニヤけてるぞい」
「うっさい」

両脇を歩くマルコとイゾウの揶揄に舌を打ちながら、けれど頬は緩ませてリサは船へと歩いた。
リサを護るようにして前を行く過保護な兄たちと、素っ気ないフリして両隣を陣取る二人の兄。
船にはまだまだ沢山の兄や姉がいて、そんな自分たちを優しく見つめる偉大な父がいる。
心配してくれる家族がいる。大切に想ってくれる家族がいる。ニヤけるなという方が無理な話だ。

「リサ、何が食いてぇんだ?」
「ホットケーキ!」
「ガキ」
「うっさいハゲ!」
「あァ!?」
「何よ!」
「平和だねぇ」

笑い声を響かせながら船へ向かう彼らの姿は、何処からどう見ても仲の良い家族そのものである。