06


図書館を後にしたリサ達三人は、近くに見付けた喫茶店へと移動した。
面倒事に巻き込まれるような気がしたマルコは一刻も早く少年を振り切って船へと戻りたかったが、リサの腕を引いて歩き出そうとした途端に少年がリサにしがみ付いたのだ。

「ちょ、」
「絶ッ対離れてやんねぇ! 俺の話がまだ終わってねぇもん!」

がっしりと腹に腕を回してしがみ付くその姿はまるで幼子のようで、こちらをじっと見据えるその目が潤んでいるようにすら見えてくるから不思議だ。
早々に白旗を揚げたリサに情けなく見つめられたマルコも大きな溜息と共に降参するしかなかった。

少年は、名をアリウムと名乗った。

「俺、ちょっと前からこの島に住んでるんだ」
「ちょっと前って、どうやって来たの? 確か定期船は無いんじゃなかったっけ?」
「この島に向かう商船を見っけて、頼み込んで乗せてもらったんだ。二、三ヶ月くらい前かな」
「へぇ……やっぱり図書館が目当てで? それとも、」

――お父さんかお母さんの故郷だから?

そう続けようとしたリサは慌てて口を噤んだ。ついさっき、母親は死んだと言っていたではないか。
傷を抉ってしまうのではないかと懸念して黙り込んだが、アリウムはそれを見越したかのように肩を竦めて「違う」と答えた。

「父ちゃんのことは知らねぇし、母ちゃんの故郷はもっとずっと遠いところらしいから――なぁ、アンタ本当に魔女なんだよな?」

身を乗り出したアリウムに気圧されながらもリサは小さく頷いた。途端にアリウムの顔が輝きだす。笑った顔はやはり幼く、下手すればリサより遥かに年下のようにも見えた。

「良かった! 俺、ずっと探してたんだ!」
「え?」
「魔女だよ! 手配書で見た時からずっと気になってたんだけど、本当にいたんだな!」
「えー、と……」

アリウムのリサを見る目は、まるでヒーローを見つめるそれだ。
居た堪れなくなって視線を逸らしたリサは助けを求めてマルコへと視線を移すが、当のマルコは我関せずといった様子でコーヒーを啜るだけ。裏切り者。心の内で吐き捨てて再びアリウムへと視線を戻せば、とんでもなく嬉しそうに笑う少年の姿。居た堪れない。

「あ、の……ど、どうして魔女を探してたの?」

何とかして少年の気を紛らわせたい。せめて、こちらを見つめるその輝く目をどうにかして欲しい。
そう願い適当に質問を口にしたリサは、返ってきたアリウムの言葉に大きく目を見開くこととなる。

「俺の母ちゃんも、魔女だったんだ」





「いま、なんて……?」

漸く出た声は酷く掠れていた。
確認はしていないが、マルコも驚いているのだろう。カップをソーサーに戻した際に誤って割ってしまっていた。

「魔女だったんだ、俺の母ちゃん」

アリウムは同じ言葉を繰り返す。

聞き間違いではない。
本当に?

「証拠は」

先に冷静さを取り戻したマルコが静かに口を開く。アリウムは肩を竦めた。

「無い」
「、は?」
「俺も、母ちゃんが魔法を使ったの一回も見たことねぇし」
「………え、と……」

それはつまり。

「何だ、ホラかい」
「ホラじゃねぇ!」

驚いて損した。マルコの表情からはそんな考えがありありと見て取れるが、アリウムは声を荒らげて否定した。
テーブルを叩いて立ち上がり、勢いよく身を乗り出してマルコを睨み付けたアリウムはグッと拳を握り込んで歯を食い縛る。

「ずっと言ってたんだ! 杖があれば、って! そうすれば帰れるのに、って!」
「杖……」

リサは懐にしまい込んだ杖を服の上からギュッと掴んだ。
アリウムの目は真っ直ぐで、嘘を言っているようには見えない。

じゃあ、本当に?

「他に何か言ってなかったのかい」
「……絶対帰るんだって言ってた。ここは自分のいる場所じゃないから、って……」
「他には?」
「他……?」

マルコに問い詰められ、アリウムは困ったように眉尻を下げた。

「あの……お母さんはいつ頃……?」
「三年前。つっても、ずっとおかしくなってたんだけど……ココロの病気っての? いっつもヒステリックに叫んでたんだ、杖が無いとか、助けて先生とか」
「その……先生の、名前とか……」
「んー、何言ってっか殆ど聞き取れなかったからなぁ……ダン、なんとかだっけ? 何もないとこに向かって必死に頼み込んでたよ、助けてくださいお願いしますって。デス何とかの仕業なのか、とか……キーキー叫んでるから殆ど聞き取れなくて――」

頭を掻きながらこちらを見たアリウムが言葉を切った。

「どしたん?」

首を傾げるアリウムに何か言わなければと思ったが、声が出ることはなかった。
口の中がカラカラに乾いている。

杖。
ダン何とか先生。
デス何とかの仕業。

「思わぬところから出ちまったな」

呟いたマルコの声は何処か引き攣っているようだ。

「、だんぶるどあ先生……」
「! それ!」
「デスイーター……」
「あー……そんな感じかも――ってことは、じゃあ!」
「いたんだ………」

ツ、と何かが頬を伝った。

「私の他にも、いたんだ……」

あの世界から。
良かったと思ったのは一瞬で、次の瞬間にはとてつもなく大きな絶望感がリサを襲った。

アリウムは何と言った?

 ――母ちゃんなんかとっくに死んだよ

あの世界に帰ることなく?

 ――ココロの病気っての? いっつもヒステリックに叫んでた

気が狂うほどの長い年月を、ここで過ごしたの?

 ――絶対帰るんだって言ってた

それなのに、帰れないまま死んでしまったの? 頼れる人のいない、この世界で。
子どもを産んで、それでも元の世界に戻ることを望んでいたの?

「お前の父ちゃん、海賊かい」
「あぁ、そう言ってた。その他は何も知らねぇってさ」

その言葉の示す意味は、つまり。

「………ごめん、」

ぽつりと零して立ち上がったリサは、無言でその場を後にした。

「え、ちょっと!? 何処行くんだよ!?」

アリウムの声が聞こえたが、答えることも足を止めることも出来なかった。

何処に行くって?

「そんなの、こっちが聞きたいよ……!」

溢れる涙をどうすることも出来ないまま、リサは当てもなく駆け出した。