05


「もうだめだー……」

机に突っ伏して呻き声を上げたリサは、その状態のまま顎を立てて正面に座るマルコを見た。
視線を受け、本との睨めっこを止めたマルコがこちらを見た。目が合うと「情けねぇ声出すな」と窘められ、おまけに「だらけてんじゃねぇよい」と尤もなことを言われ、リサは渋々と上体を起こして頬杖をついた。

「ほーーんのちょびっとくらいあったって良いじゃんかよう……こんな大きな図書館なのにさぁ……」
「無い可能性のが高いって事くらい分かってたじゃねぇか」
「そうだけどさぁ……」

零れる溜息は重苦しい。

「何て言うかさ、興味のないジャンルの本を読み続けなきゃなんないのって苦痛」
「まぁ、それは否定しねぇよい」

目頭を揉み、欠伸を噛み殺したマルコが頷いた。
机に重ねられたいくつもの本は、まだ殆どが手を付けてないものだ。興味がないジャンルだと読む速度が落ちてしまうのだと知れたのは、果たして良いことだったのだろうか。リサは読み終えた本を手に立ち上がった。

「取り敢えずこれ、読み終わったのだけ返してくる」

再び本に視線を戻したマルコの生返事を背に受けながら本棚へ向かった。

「並行世界、逆行現象……こんなのと似たことが本当に起きてるんだもんなぁ………」

本棚は数時間前に自分たちがごっそり取り出したところだけが空いており、他は手をつけられた様子がない。
分かってはいたが、誰も見向きをしないジャンルの本をひたすらに読み漁る自分たちが哀れでならない。

「並行世界――パラレルワールド、ねぇ……」

そんなものが本当にあるのだとしたら、ここがパラレルワールドであるのだとしたら、自分は一体どうやって元の世界に戻れば良いと言うのだろうか。
頭を過ぎったそれを無理やり追い出そうとブンブン頭を振ったリサは、空いているスペースに本を一気に押し込んだ。
マルコの元へ戻れば、チラリと視線をこちらに向けたマルコが視線を本に戻しながら片手を挙げる。ありがとうと言うことだろう。

「ねぇ」
「んー?」
「もしだよ? もし、この世界がパラレルワールドだったとしたらさ、」

机の上に積み上げられた本を見つめながらリサは言葉を切った。

『パラレルワールド』

暗色に銀色の文字ででかでかと書かれたそれに溜息すら出てこない。
マルコが本を置いたのが分かった。

「この世界にはもう一人の私が存在してるってことだよね? そんで、私の世界には白ひげ海賊団の皆も何処かにいるってことだよね?」
「……まぁ、そういうことになるだろうな」

何を馬鹿なことを。
そう言って欲しかったリサは、苦い顔のまま肯定したマルコを恨めしげに見て溜息を吐き出した。
席について頭を抱えれば、今度はマルコが溜息をついてパラレルワールドというシンプルなタイトルの本を手に取った。

「分かってた事だが、考え出したらキリがねぇな」
「うー……」
「例えば、お前の世界からこっちに来た人間が他にもいりゃ話は別なんだけどねい」
「どうして?」

顔を上げれば、相当胡散臭い内容なのだろう。手の中の本を嫌そうに見つめるマルコの顔が見えた。

「そいつらに会って、お前の世界の何処からここに来たのか、この世界の何処に現れたのかを聞きゃあ良い」
「それで何か分かるの?」
「お前と同じ場所から来たってんなら、その事象には一貫性がある。帰る方法も存在するだろうよい。逆に――」
「違う場所から来たとしたら、その事象に一貫性は無くて……元の世界に戻れる可能性は、」

それ以上は言えなかった。
マルコの顔を見る限り、同じ答えを出していたのだろう。

もし、他にもこの世界に来た人物がいたとして。
入口が九と四分の三番線のゲートからじゃなかったとしたら。

神の悪戯

そんな言葉で片付けられてしまうのだろう。

「何かしら理由があるはずだ。お前がこの世界に来た理由が」
「理由……」
「神様なんているかどうかも分からねぇモンの悪戯で済ませる事じゃねぇんだろい?」
「当たり前じゃん!」
「声がデケェ」

ごめん。すぐさま声を潜めたリサは溜息を吐き出して再び机に突っ伏した。

「いるの、かなぁ……私の世界から来た人」
「さぁな。少なくとも、俺は今までお目にかかったことがねぇよい」
「オヤジも知らないって言ってたもんね……いないのかなぁ……」
「自然と帰れる日が来るのを待つかい?」
「何年かかるのさ」
「さぁな、神様とやらの気が済んだら帰れるんじゃねぇか?」

閉じた本を机に放り出し、
伸びをするマルコをじとりと睨むが効果はない。

「日頃の行いが良けりゃ、神様が帰してくれるだろうよい」
「私、海賊になっちゃったんだけど」
「そりゃご愁傷様」
「ムカつく」

くつくつと笑うマルコに舌打ちを零して立ち上がったリサは、懐から杖を取り出して机に残った本たちを本棚へと戻した。

「こんなトコで魔法なんか使ってんじゃねぇよい」
「『異界の魔女』だもん、今更でしょ」
「横着すんなっつってんだ。ちったァ鍛えろ」
「気が向い――」

気が向いたらね。リサの言葉は何かがドサドサと地面に落ちる音で掻き消えた。
音の出どころを探れば、少し離れた所に立つ少年が目を丸くしてこちらを見つめている。
やば。小さく呟いたリサに追い打ちをかけるようにマルコが舌を打った。

「な、んだ、よ……いまの……」

呆然と呟く少年の年頃はリサとそう変わらないように見える。
さて、どうしようか。リサとマルコが顔を見合わせていると、少年が震える声で口を開いた。

「ま、じょ……だ」
「………」
「じゃあ、本当に……? アンタ、手配書で見たことある! 異界の魔女だって!」

落ちた本に目もくれず駆け寄ってきた少年がリサの肩を強く掴んだ。
痛みに顔を顰めるリサなどお構いなしに、少年は何度もリサの肩を強く揺すった。

「ちょ、いた……っ、」
「なぁ、本当か? アンタ本当に魔女なのか? 本当に――」
「ストップ」

そこまでだ。目の前に突然現れたのは先程までマルコが読んでいたパラレルワールドというタイトルの本だ。銀色のタイトルがリサの視界いっぱいに広がっている。

「図書館では静かにって母ちゃんに教わんなかったのかい」
「……母ちゃんなんかとっくに死んだよ。生きてたとしたって、そんな事教えてくれるような人じゃなかった」
「そうかい、そりゃ悪かった。取り敢えずあの本たち片付けて来い、話はそれからだ」
「なぁ、さっきのもう一回やってくれよ。魔法! その棒切れで出来るんだろ!?」
「え、えーっと……」

マルコの言葉を無視してリサに迫る少年に、こめかみに青筋を浮かべたマルコの拳骨がお見舞いされた。

「ってェ……!」
「うん、それはよく分かる」

コイツ容赦ないんだよね。そう続けたリサの頭にも拳骨がお見舞いされたことは言うまでもない。