04


「酒だー!!」
「女ー!!」

着港するなり意気揚々と船を飛び降りていくクルー達。「ひゃっほーう!」と飛び跳ねながら町のある方へ駆けていく沢山の背中を見つめ、「あれがお兄ちゃんか……」と遠い目をしながら見送ったリサの手にも薬草採取の為のカゴがしっかり握られている。準備は万端だ。

「おい、リサ」

さぁ行くぞ!とタラップへ向かった所でリサを呼び止める声がかかった。
呼び止められたことに対してなのか、声の主に対してなのか、舌打ちを零したリサは振り返ってじろりと冷たい視線を向けた。

「何」

まだあの時のこと怒ってるんですけど。
視線に篭めて返事をすれば、返ってきたのは「本は好きか?」というわけの分からない問い。

「は?」
「本。好きか?」

素っ頓狂な声を上げたリサに、マルコはまたもや同じ言葉を繰り返した。

「いや、別に……普通? 嫌いじゃないけど……何で?」
「図書館があるんだよい。それなりに揃ってるはずだから、もしかしたらお前の世界について何か見つかるかも――」
「行こう、すぐ行こう」
「採取は?」
「今日は中止! 急いで用意してくる!」

部屋へと駆け戻るリサを見送り、マルコは溜息を一つ零した。

「お前も十分現金な奴だよい」

呟き、ガリガリと頭を掻いていると背後から聞こえるくつくつと笑う音がする。
振り返るとイゾウが煙管を吹かしながら笑っていた。

「……何だよい」
「わざわざ教えてやらなけりゃ良かったじゃねぇか」
「言ってる意味が分かんねぇな。元の世界に戻る方法を探す為にこの船にいんだろうが」

何言ってんだテメェは。
帰って欲しくないくせに。

背を向けたマルコは間髪入れずに返ってきた楽しげな声にピタリと動きを止めた。

「………何言ってんだか」
「俺は帰って欲しくねぇけどな」

僅かな間を置いたぶっきらぼうな返事にイゾウの声が更に楽しげなものへと変わる。
その声が紡いだ言葉は、マルコを黙らせるには十分すぎるものだった。

「他の奴らだってそう思ってると思うぜ。お前だってそうだろ?」
「俺は魔法なんかなくたって困らねぇよい」
「魔法はな。けど――」
「お待たせっ!!」

息を弾ませながらやって来たリサにより、イゾウの言葉はそれ以上続かなかった。
続きを促そうとしたマルコは、けれど振り返った先で意味深な笑みを浮かべるイゾウを見てその考えを消し去った。

聞かない方が良い。
聞いてはならない。
直感がそう訴えた気がしたからだ。
イゾウから視線を逸らし、傍までやって来たリサを見下ろせば、ゼイゼイと肩で息をする少女に溜息が零れた。

「身体鍛えんのを怠るからそんな弱っちィんだよい。魔法薬ばっか作ってねぇで、ちったァ身体を鍛えろって言ってんだろうが」
「う、うるさいなっ! ちゃんと能力は鍛えてるもん! 頑張ってるもん!」
「能力だけじゃこの海で生きてけねェぞい」

皺を寄せる眉間のすぐ上を軽く弾いてタラップへ向かって歩き出すと「痛い! バカ!」と喚きながらリサが後を追ってくる。
文句を言いながらもちゃんと追いかけて来るところは、まぁ、ちょっとくらいは可愛いと思う。
自然と口元が緩むのを感じながら追いかけてくるリサを振り返ると、相変わらずこちらを見て笑っているイゾウと目が合った。

「――――」

パクパクと口パクで何かを言い残したイゾウはそのまま楽しげに笑いながら去っていく。マルコはその背を睨み付けて舌打ちを零した。

「どうしたの? 早く行こうよ」

隣にやって来ていたリサが首を傾げながらこちらを見上げている。
何でもないと首を振ったマルコは、リサと共に船を下りて町へと向かった。

余計なお世話だ。

内心でそう返すマルコは、隣に立つリサからの訝しげな視線に気付くことはなかった。




島の中央に建てられた図書館はそれなりに有名で、オハラほどではないもののその蔵書は他の島より群を抜いている。
だと言うのに今現在、図書館の中は殆ど人がいない。

「こんな大きな図書館なのに……」
「無理もねぇな。この島は定期船があるわけじゃねぇし、グランドラインを旅してわざわざ図書館に来ようなんて輩はそうそういねぇだろうよい。自分の生命落としちゃ元も子もねぇからな」
「それはそうだけど……何か寂しいね、ここが広いから余計にそう感じる」
「俺らにはどうする事も出来ねぇよい。とっとと探すぞい」
「うん……あると良いんだけど……」

可能性は限りなく低いだろうことはリサもマルコも分かっていた。
異世界に戻る方法など、本に載っているようなら苦労はしないのだから。それでもほんの少しの手掛かりを求めて探す。

「……諦めてねぇのに、俺らが止めるわけにいかねぇだろうが」
「え? 何か言った?」
「何でもねぇ、独り言だ」
「あぁ、年取ると増えるって言うよね」
「俺はまだ二十代だ」

言葉と共に頭を叩いてやれば、また痛いだの何だのとリサが喚き出す。
こんな小煩い奴、とっとと帰ってしまえば良いんだ。そうすれば日々のマルコの生活がもう少しばかり平和なものになるはずだ。

 ――素直になんな

先程のイゾウの言葉が甦る。
わざわざ口パクで伝えたかったことがそれか、とマルコは鼻を鳴らしながら本の背表紙を目で追っていった。
こんなにも広大な図書館だというのに、異世界云々というジャンルの本は限りなく少ない。当然といえば当然だ。

「やっぱり少ないなぁ……」

同じように本棚を追うリサの呟きは覇気がない。分かってはいたことだが、やはり落胆してしまうのだろう。
それだけ、元の世界に戻りたいと願っているのだ。

「少しでも情報が得られればそれで良い。伝承でも何でも良いから、とにかく片っ端から探してくしかねぇよい」
「うん……」

頷いたリサが小さな小さな声で何事かを呟く。
この時ほど、自身の聴力を恨めしく思ったことはなかった。

 ――何年、かかるんだろう……

リサ自身、理解してしまっているのだろう。
自分達が今していることが、どれだけ意味の無いことなのか。
元の世界に戻るというその目標が、どれだけ無謀なことなのか。

戻れる保証など、どこにもない。
一生かけても戻れないかもしれない――そちらの可能性の方が高いのだ。

「………そんな簡単に諦められんのかい」
「そんなの……」

出来るわけないじゃん。
唇を尖らせたリサの眉は情けなく垂れ下がっていて、こんな時でなければ存分に嗤ってやったというのに。

「なら、出来ることをやるしかねぇだろうが」
「、うん……」

小さく頷いたリサの頭をぐっしゃぐしゃと掻き混ぜてやれば、小さな悲鳴を上げたリサが眉を吊り上げてマルコを睨んだ。
髪が絡まって痛かったのだろう、僅かに涙を浮かべている。

「そっち――」
「?」

 ――そっちの方が、お前らしいよい。

無意識に動いた口を止めることが出来たのは幸いだった。
首を傾げるリサを見下ろして溜息を一つ。

「何さ」
「何でもねぇ、とっとと探すぞい」

何で俺がそんなことを言ってやらなきゃなんねぇんだ。
別にコイツが泣こうが喚こうがどうだって良いじゃねぇか。俺に迷惑がかからなければ。

「調子出ねぇなァ」

ぽつりと呟いた言葉は、誰の耳にも届くことなく広い図書館に溶けて消えた。