海図にない島に上陸して二日目。
昨夜行われた盛大な宴で浴びるように酒を飲み、二日酔いに苛まれるクルー達は甲板や地上で呻き声を上げていた。そんなに苦しいのならば、と船医やナース達が手にしたリサ特性の薬から全力で逃げた事で頭痛はピークに達している。それでもあの薬を飲むくらいなら頭痛と戦う方が良いと判断したのだ。それを聞かされればリサは顔を顰めて唇を尖らせただろうが、生憎リサは起きてすぐに薬草採取に出かけてしまっている。大した脅威は無いだろうというマルコの判断により、一人で出かけたのは一時間前の事だ。
「ん? おい……どうした? そんな辛ェなら飲んで来いよい」
幸運にも二日酔いにならずに済んだマルコは、甲板で蹲り呻くクルーを見つけて呆れたように声をかけた。ぐったりとした様子で頭を抱えて苦悶の表情を浮かべているというのに、蹲るクルーは左右に首を振る。あの薬を飲みたくないという気持ちは分かるが、さすがにそれだけ苦しいのなら飲んでしまった方が楽なのではないかとマルコは思う。こうなったら仕方ない。後から文句は言われるだろうが、強制的に医務室に運んでやろうとクルーに近付いたマルコはそこで漸く気が付いた。
「おい……?」
再度呼びかけるが返事がないそのクルーは、よく見れば僅かに痙攣している。慌ててその身体を抱きかかえると、通常よりも遥かに高い体温にマルコはサッと顔色を失くした。
「ドクター呼んで来い!!」
近くにいたクルーに叫べば、異変を察したのかクルーは大急ぎで医務室へと駆けていった。マルコの怒声を聞いたクルー達が次々に集まってくる。数分後、息を切らしながら駆けてきた船医は自分達を囲むようにして集まるクルー達の視線を受けながら診察を始めた。
「高熱、痙攣……ん? これは……――!!」
二の腕の痣に気付いた船医がサッと顔色を変える。それからすぐにマルコに向かって叫んだ。
「島にいる奴らを今すぐ船に呼び戻せ! 島に上陸させるな!!」
「分かったよい!!」
理由を聞いている暇はない。船医の慌てようは尋常ではないと判断したマルコは、その理由を聞かずして船の外にいるクルー達を呼び戻す為にその両腕を青い翼へと変えた。
「お、おい……何なんだ? どうしたんだよ?」
その場に残ったサッチが船医に尋ねる。船医は強ばった表情のまま絞り出すように病名を口にした。
「『五日病』だ……!!」
マルコは島の上空を飛びながら舌打ちを零した。
「ったく……アイツ何処まで行ったんだよい!」
既に他のクルー達は船に上がるように指示を終えている。残るはリサ一人だというのに、そのリサの姿は何処にも見当たらない。上空から探そうにも、生い茂る草木の所為でリサの姿は一向に見つけられない。こんな事なら一人で行かせなければ良かった、と再度舌打ちを零したその時、真っ赤な何かが物凄い速さで飛んでいくのが見えた。
「アレは……」
間違いない、フォークスだ。その先にリサがいるであろう事を察したマルコは、身を翻すとフォークスを追った。鬱陶しい木々を押し退けて地上に降り立つと、フォークスを肩に乗せ、額に汗を滲ませて採取を続けていたリサが驚いた顔でマルコを振り返る。
「どうしたの?」
「ったく……一人でこんな奥まで来やがって………それに、それは昨日も採ってたヤツじゃねぇか。まだ採んのかよい」
「いっぱいあって困らないんだから良いでしょ、人数多いんだから。いざって時に足りないと怖いじゃん」
「あー、はいはい。とにかく、上陸は終わりだ、とっとと船に帰るぞい」
既に何度も繰り返したやり取りをここで続ける気はない。顰め面のリサの言葉をぞんざいに手を振ってかわして用件を告げれば、更に眉間の皺を濃くしていたリサは目を丸くした。
「は? え、何で?」
「ドクターがそう言ってんだよい。一人高熱で倒れちまった……多分この島の病原菌にやられちまったんだ」
「えぇ!?」
「変なモンもらっちまう前にとっとと船に戻るぞい! おら、とっとと背中に――」
その身を不死鳥に変えながらリサに背を向けたマルコが言い終わる前に、フォークスが自らの脚をリサに伸ばす。その意図を察したリサはフォークスの細い脚を掴むと、マルコが何か言う前にふわりと宙に浮かび上がった。
「早くー! 先行っちゃうよー!」
マルコを振り返る事なく飛んでいくフォークスのおかげでリサの姿はどんどん遠ざかっていく。こめかみに青筋を浮かべ、ひくりと口元を引き攣らせたマルコは深呼吸を一つして翼を広げると怒り任せに飛び上がった。
「可愛くねェ奴らだよい!」
「何それ! 別にアンタに可愛いなんて思われたくないし!」
顰め面のリサに同調するかのようにフォークスが短く鳴く。マルコが零した舌打ちは風の音に掻き消された。
船に戻ると、リサとマルコは自身の目を疑った。
「そんな……」
「何だよい、これ……!」
そこには、先程のクルーと同じようにぐったりと倒れているクルー達が沢山横たわっていた。隊一つ分くらいはいるだろうか。マルコは顔を真っ青にして近くにいた元気なクルーを問い詰めた。
「どうなってんだよい!? 何があったんだ!?」
「隊長がいなくなった後、同じように何人も倒れちまって……! ドクターが『五日病』だって言ってたんだが……」
「『五日病』?」
聞いた事がない病名にマルコは不安を隠しきれずに苦しみ喘ぐクルー達を見た。誰も彼もがぐったりと横たわり浅く荒い呼吸を繰り返している。船医はまだ来ないのか。
「俺ァ医務室に行く! そいつらのタオル替えてやれ!!」
「はい!!」
「待って! 私も行く!!」
駆け出したマルコにリサも慌てて走り出した。その背を追って走り続けること数分、辿り着いた医務室の扉をマルコが勢いよく開け放つと、いくつもの視線がマルコを振り返った。やや遅れて辿り着いたリサが息を切らしながら入っていくと、暗い面持ちで立つ隊長達の向こう、医務室の奥には深刻な表情を浮かべる船医やナース達の姿があった。
「どうしたんだよい!? アイツら甲板で苦しんで――」
「足りねェんだ」
マルコの言葉を遮ったのはサッチの暗い声だった。リサとマルコがサッチを見ると、俯き拳を握り締めたサッチが「足りねェんだよ」と繰り返し呟く。
「足りねェって……薬が、か?」
おそるおそる尋ねるマルコの声が僅かに震えている事にリサは気付いた。けれど、無情にもサッチはその首を縦に振り肯定を表す。
「そんな……」
「『五日病』ってのは、もう百年も前に絶滅したはずのケスチアっつー虫に刺されて感染する病気なんだ……抗生剤はあるが………数が足りねェ……!!」
絞り出した船医の声は震えていて、震えるほどに強く握り締めた拳は色を失くしていた。抗生剤が無ければどうする事も出来ない、そう言って医学書をデスクの上に放った船医は、自身の髪を掻き毟って近くの椅子に腰を下ろした。
「無ければ作りゃ良いだろうよい! 書いてあるんだろ!? その医学書に!」
「あぁ、書いてある……あるが、一つだけ足りねェんだ……! この薬草はそう簡単に手に入るモンじゃねェんだよ……この船にある分だけじゃ……」
それ以上続けられない船医に、誰もが拳を握り締め唇を噛み締める。
「じゃあ……どうするってんだ……? まさか『選べ』とでも言うのかよい!? 全員助けられねェから『選んで』助けて、他は見殺しか!!?」
「マルコ!」
「助けてくれよい! 全員!! なぁ、ドクター!!」
サッチの制止を振り切ってマルコが船医に掴みかかるが、船医は固く目を瞑ったまま何も言わない。
「っ……!!」
身を翻したマルコが壁を強く殴り付ける。重く痛い空気の中、リサは未だ乱れる呼吸を落ち着かせる為に深呼吸を一つして一歩を踏み出した。船医がデスクに放った医学書を手に取って目を通すと、その表情はみるみる明るくなっていく。
「――助かる!!!」
大声を上げたリサに医務室中の視線が向けられた。
「助かる! 助かるよ!! この薬草、私持ってる!!!」
ガタンと大きな音を立てて船医が勢いよく立ち上がる。けれど、船医がリサの元へ行くよりマルコが詰め寄る方が早かった。
「本当か!? 本当に!!?」
「これ!!!」
マルコを押し退けて籠から引っ張り出した草を突きつければ、マルコは目を丸くして薬草とリサとを見遣る。
「足りないって言ってた薬草! 私がさっき採ってたヤツだよ! この島に沢山生えてる!!」
「ちょっと見せろ!」
駆け寄ってきた船医がリサから薬草を受け取り、草から根までを睨むように見つめるとすぐにその顔を綻ばせた。
「ドクター! 助かるよね!? 死なないよね!?」
「あぁ……あぁ!! 助かる! 助かるぞ!!」
「本当か!?」
「よっしゃあ!!」
あちこちで上がる歓喜の声にリサも顔を綻ばせた。早速薬を調合を始めると告げた船医は、ナース達に甲板で苦しむクルー達の処置を指示して奥の部屋へと向かっていった。
「リサ! お前も手伝え!!」
「はい!!」
一刻の猶予もない。リサは慌てて船医の後を追った。