「お、美味ェ!!」
「何だこれ!」
「見た目最悪だけど味最高だな!!」
クルー達の賑やかな声が聞こえてくる。ビスタに止めを刺され、サッチやコック達によって美味しく調理された『食糧』達は、あっという間にクルー達の腹の中へと収まってしまった。
そんな様子を、リサは一人離れた所でジュース片手に眺めていた。
緑色の閃光が網膜に焼き付いている。
あの光は沢山のものを奪っていった。ハリーの両親も、ロンの兄・フレッドも、ダンブルドアも。
沢山の生命を奪ったあの光を、リサは自分の杖から出したのだ。自分の意思で。
怖くないはずがない。グラスを持つ手は僅かに震えていて、気を抜けば泣いてしまいそうだった。
違う。私はアイツらとは違う。
何度自分に言い聞かせても消えない。網膜に焼き付いた緑色の閃光も、呪文を絞り出した時のあの喉の震えも。
「なーに辛気臭いツラしてんだ?」
俯き唇を噛み締めていたリサの耳に呆れたような声が投げ掛けられる。顔を上げれば、そこには呆れ顔のサッチが立っていた。
「ほい、リサの分な。アイツらに全部食われちまうぞ」
差し出されたそれはビスタが奪いサッチが調理した食糧だった。無言でそれを受け取るが、食べる気にはなれない。食欲なんて何処かにいってしまった。
リサの隣に腰を下ろしたサッチは、笑い合う家族を眺めながら手にある肉を噛み千切る。リサの方は見なかった。
「マルコに聞いたぜ、殺す魔法使ったんだってな」
「、」
ビクリとリサの肩が震える。
『殺す魔法』。そう、殺したのだ。あの呪文を叫んで、殺した。奪ったのだ。
「ありがとな、アイツら助けてくれて」
「、え……?」
かけられた言葉に驚きサッチの方を見ると、こちらを向いて優しく笑うサッチの顔があった。
「腹空かしてたんだろ? アイツら」
「、さ、ち……」
「んで、お前はそんなアイツらの為に猪を仕留めて食わせてやった。違うか?」
「ん?」と問いかけるサッチは相変わらず優しい笑みを浮かべている。
ドクン、ドクンと鼓動が高鳴っていくのが分かった。
「家族の為なら俺は迷わねェよ。んで、後悔もしねェ」
「お前は嫌かもしんねェけどな」と、その笑みに僅かに苦いものを混じえたサッチがリサの頭にポンと手を置く。
「無理に抑えこむくらいなら、思い切って泣いちまえ」
「そんで、思い切り笑っとけ」と続けたサッチは、スカーフを外してリサの頭に被せてやった。
泣くつもりなど無かったのに、じわりと目に水滴が溜まっていく。最悪だ、とリサは独りごちた。
「が、まん、して、たのに」
「おー、我慢は身体に良くねェぞー。海賊は我慢なんてしねェのよ。そんで、知ってたか? お前、海賊なんだぜ」
ケラケラと笑いながら、サッチの大きな手がスカーフ越しにリサの頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
「……りがと、」
ぽつりと呟いたお礼の言葉はしっかりとサッチに届いたようだ。サッチは珍しく素直な妹にこれでもかという程に表情を緩めると、自分より遥かに小さなその身体を強く抱きしめた。
「もー、何コイツ! 可愛い!!」
「うぎっ! ちょ、苦し……いたい!」
抗議の声を上げるリサに構う事なく「このこの!」と頭を撫で回し、ぐしゃぐしゃになった頭に頬擦りをする。
「あー! サッチ隊長!!」
「何やってんだアンタは!!」
「へっへー! 羨ましいだろ! もー、俺この子可愛くてしょうがないんだけど! 妹最高!!」
思う存分リサに頬擦りをしたサッチは、スカーフを取り上げて涙の残る顔をガシガシと拭くと――リサの悲鳴が上がった――、徐にリサを担ぎ上げてクルー達の元へと駆け出した。
「ほれ! 可愛がってもらって来い!!」
「ぎゃあっ!」
まるで物を放るかのように、サッチがリサの身体を放り投げる。受け止めてくれたクルーにお礼を言って下ろしてもらおうとしたが、リサが口を開く前に力強い手がグリグリと頭を撫で始めた。危うく舌を噛みそうになったリサは、ここは黙ってされるがままになっている方が良いと判断して抵抗を諦めた。
「よーしよし! 可愛い奴め!!」
「お前、この猪やっつけたんだって?」
「やるじゃねぇか!」
「変な薬作ってても、やる時はやるんだな!」
「寝てる間に薬全部捨ててやろうとか思ってごめんな!」
「ちょ、何それ! 止めてよ!? ――ぎゃあぁっ!!」
聞き捨てならない声に思わず声を上げると、一段と大きくなる笑い声。頭を撫で回す大きな手も増えていく。
気が済むまでリサを撫で回したクルーは次のクルーへとリサを放り投げるものだから、地に足を付ける事すら出来ない。悲鳴を上げる気力すら失ったリサは、止む事のない妹バカな兄達の愛情表現を受け続けるのだった。
嬉しくない訳がない。だが、出来る事ならもう少し手加減して欲しい。
そんな事を思いながらも、リサの表情は兄達と同じように緩みきっていた。
「ほれ! マルコ!」
どれほど経ったか分からないが、次に放り投げられた先はマルコの腕だった。軽々とリサを受け止めたマルコは、若干酔いつつあるリサの顔を見て呆れたように息を吐くと、ポンポンと軽い力で頭を叩いた。
「まぁ、今日くらいは褒めてやるよい」
「………あ、りがとう……」
驚き目を見開きながら礼を口にすると、マルコは自分を凝視するリサにニヤリと口端を吊り上げた。
嫌な予感がする。リサの脳内に警鐘が鳴り響いたのと、マルコがリサを担ぎ上げたのは同時だった。
「さ、ラストだよい」
「へ? な、何……!?」
グ、と僅かに身を屈めたマルコがリサの身体を空高く放り投げる。
「ぎいやあああぁぁぁぁっ!!!」
先程までとは比べ物にならない程、高く舞い上がったリサの身体。杖を取り出すこともフォークスを呼ぶことも忘れたリサは、落ちていく感覚に更に大きな悲鳴を上げる事しか出来なかった。ボスンとリサの身体が落ちる。地面に激突すると思い強く目を瞑っていたリサは、思ったよりも衝撃が少ない事に気付いた。
「グラララ、何て声出してやがる」
上から降ってきた声に恐る恐る目を開ければ、そこには第二の父となった男の楽しげな顔があった。
「オ、ヤジ……」
ゆっくりと起き上がってみれば、そこは白ひげの腕の中だった。どうやら、マルコは白ひげの元に落ちるように放り投げたらしい。じろりとマルコを睨んでみせるが、何処吹く風。ケラケラ笑う兄にリサは舌打ちを零した。
「ありがとよ、おかげで美味い飯が食えたぜ」
大きな手がリサの頭を撫でる。加減しているつもりなのだろうが十分痛い。けれど反対に身体の内側はじんわりと温かい何かで溢れていた。
「オヤジ、」
「何だ?」
「……私、もっと強くなるね」
魔法も、能力も、身体も、心も。
いつまでこの世界にいるのかは分からないけれど、それでも何もしない訳にはいかない。何もせずにいたくない。
可愛い妹だと愛してくれる、お人好しな彼らの為に。大切な彼らの為に。
「あぁ、お前なら強くなれる」
確信を持った響きに、リサは照れ臭さを覚えて頭を掻く。それから白ひげの身体に抱き付いた。
「好き!」
「はァ!?」
サッチの不満げな声が上がった。
「俺、それ言われてねェよ!!」
「俺も!」
「俺だって!!」
「オヤジだけズリィよ!!」
口々に「俺だって好きだー!」「愛してるぞー!!」などと叫ぶ息子達に、白ひげは声を上げて笑う。
リサも笑い出し、沢山の笑い声が広がった。
不思議島の冒険
「マルコは嫌い」
漸く地面に降り立つ事が出来たリサは、傍に立つマルコを見上げて舌を突き出した。
「高く放り投げてくれちゃってさ、死ぬかと思った」
唇をへの字に曲げて鼻を鳴らすリサに「ガキか」と呟いてマルコが喉を鳴らす。
「おーい、リサー!」
「ちょっと手伝ってくれ!!」
「はーい! 今行くー!」
再び乾杯をしようとジョッキに酒を注ぐ兄達に呼ばれて歩きだしたリサは、数歩進んだ所でピタリと足を止めた。マルコが訝しげにリサを見ていると、振り返ったリサとぱちりと目が合った。苦虫を噛んだような顔をしていたリサが一度深呼吸をする。それから、頭を掻きながらはにかみ笑った。
「………ありがとね」
「おーい! リサー!!」
「はーい!!」
早くしろと呼ばれて駆け出すリサを呆然と見送ったマルコは、頭上から聞こえた白ひげの笑い声で我に返った。
「手ェ出すんじゃねェぞ」
ぐびりと酒を呷りながら発せられた言葉に、マルコは今度こそ大きく目を見開いた。
「ッ、ねェよい!!」
「そうか? グラララ!」
何が楽しいのか、笑い続ける白ひげにマルコはガシガシと頭を掻き毟った。チラリと視線をリサのいる方に向けると、サッチ達にせがまれて魔法でジョッキに酒を注いでるリサが映った。
「………まぁ、嫌いではねェよい」
あくまでも、家族としての話だが。誰に言うわけでもなくそう呟いたマルコは、直後に背後から飛んできたフォークスと終わりの見えない空中戦を繰り広げる事となる。