鬱蒼とした森の中、リサ達は食糧を求めてさまよっていた。
「ったく、お前が船ぶっ壊しやがるから……」
「だから『責任持って直します』って言ったじゃん」
ブツブツと文句を零しながら、行く手を阻む蔓を剣で切り捨てて進むマルコにリサが唇を尖らせる。
「そうすればこんな訳の分からない島に来なくて済んだんだし」
「地図に無い島なんてスゲェじゃねぇか!」
リサの頭に腕を乗せながら一番隊のクルーが満面の笑みを浮かべた。
一週間前、傘下の海賊船から連絡を受けた白ひげ海賊団は、その航路を変えて縄張りの島へと向かっていた。
サッチや他クルーの要望により魔法を披露していたリサは、自身の魔力が上がっている事をすっかり忘れて船上で爆発を起こしてしまった。幸いな事に船は一部が破損するのみで怪我人も出なかったが、自身の船を愛する白ひげと、リサの教育係となっているマルコからこっ酷く叱られた。
海賊のくせに穏やかで優しい父親の面しか見せていなかった白ひげの、怒りの篭った地を這うような静かな声は忘れられない。その分、マルコが盛大に怒鳴り付けてくださり、説教が終わる頃にはリサはヘトヘトになっていた。
「言っただろい。魔法で出来るからって他の奴らの仕事まで奪うな、って」
「そりゃ言ったけど……」
「お前が直しちまったら船大工達の立つ瀬が無ェだろうが」
「そんな事も分からねェのか」と言わんばかりに鼻を鳴らしたマルコがスタスタと先を行く。その背を見つめるリサの顔は隣を歩くクルーが思わず「ちょ、隠せ!」と声を上げてしまうほどだった。
何処かで修理をしよう。船は近くの島へと向かっていた。そして、見張り台に立っていたクルーが発見したのがこの島だったのだが、不思議な事にこの付近を書き表した海図にはこの島は描かれていなかったのだ。
リサは知らないが、サッチ曰く何度もこの海域を通っているとの事。今まで見た事が無いのだと不思議そうに首を傾げていたが、とにかく船を碇泊させて修理をしようという事で漂着した。
日光を遮る程の鬱蒼と生い茂った木々。あちこちで聞こえる獣の声。行く手を阻もうと生い茂る蔓など、禁じられた森を彷彿とさせる――もしかしたらそれ以上に最悪だ――ここは最早ジャングルだ。
「しっかし、地図に無い島だって言うからどんなモンかと思えば……」
「『海図に無い島なんてロマンだろ!』って叫んでたくせに」
「当然だろ! そこに島があれば上陸して宝探ししたくなるのが海賊の性ってモンよ! なぁ?」
「たりめェだ! ――けど、別に珍しいモンは無さそうだよな。リサ、何か面白そうなモンあったか?」
「ううん、別に何も――あっ!!」
突然大声を出したリサにマルコ達が足を止める。何か珍しい生き物や食べ物でも見つけたのかと思って動向を探っていれば、リサは一本の木の根元にしゃがみ込んでバッグからスコップを取り出すと徐に地面を掘り始めた。
「おいおい……」
「何やってんだよい?」
訝しげに歩み寄りながらマルコが問いかける。振り返ったリサは満面に笑みを浮かべていた。
「見て! マンドレイク!!」
目を爛々と輝かせるリサが指し示す先に見えるのは、何の変哲もないただの草だった。地面からほんの十数センチほど伸びた草は、リサが目を輝かせるようなものには到底見えない。どう見てもただの雑草だった。
「マンドレイク?」
「これ、解毒剤になるの」
「解毒剤? これが?」
疑わしい眼差しを向けてくるマルコに大きく頷いてリサは丁寧に土を掘り起こしていく。
「でも、泣き声聞くと死んじゃうから気を付けないといけないの」
「「「ストップ!!」」」
物騒な事を口にしながらどんどん土を掘り起こしていくリサに、マルコやクルー達が慌てて静止の声をかける。
「おま、このまま掘り起こす気かよ!」
「つーか泣き声って何だよ!?」
口々に叫ぶクルー達に、リサは声を上げて笑った。
「大丈夫だよ、この大きさならまだ苗だろうから。苗の鳴き声なら気絶くらいで済むし」
「俺達をこんなトコで気絶させる気か!!」
「ちゃんと顔が出ないように気を付けてるってば。こうやって、土をくっつけて顔が出ないようにして引っこ抜けば大丈夫だから」
リサの言う通り、掘り起こされたそれは土がしっかり残っていて根の姿は見えなかった。
「つーか、顔って何だよ」
「あぁ、この根の部分が身体になってるの。すんごい不細工なんだよ」
「身体――って、生きてんのか?」
「そうだよ? 泣くって言ってるじゃん」
バッグから取り出した鉢植えにマンドレイクを植えると、リサは満足気な顔でそれをバッグに戻して立ち上がった。
「この世界でマンドレイクが手に入るなんて思わなかった! こっちにもいるんだね!」
「いや……初めて聞いたよな?」
「あぁ、見たことも聞いたこともねぇよ」
「そうなの?」
クルー達の言葉を受けてマルコを見上げれば、マルコは神妙な顔つきで頷いた。
「もしかしたら、この島が特別なのかもしれねぇな」
「………実は私の世界に戻ってたとか……」
「そりゃ困る。俺らはお前の世界に興味無ェよい」
「え、俺はあるけど」
「俺も」
次々に上がる声と手にマルコのこめかみが浮き立ったのをリサは見た。
「さー、ちゃっちゃと行こう! ご飯探しに行こう!」
マルコの怒りが炸裂する前にと歩き始めれば、クルー達も慌ててリサに続いて歩きだした。
舌打ちをしたマルコが歩き出したのを確認し、皆がホッと胸を撫で下ろす。蹴り飛ばされるのも殴られるのも御免だ。
「あ、ちょっと待って!」
再び歩き始めてから数十分。何度目か分からないリサの言葉にマルコはまたかと溜息を零した。
「おい、いい加減に……」
「だって他の島で手に入るとは限らないもん!」
苛立ちの篭った声に答えながら、リサは素早く魔法薬の材料となる草を掘り起こしていた。
「だからってちょっと歩くたびにこれじゃ仕方ねェだろうよい!」
「えー、じゃあ置いてって良いよ。箒で船に戻るから」
「アホンダラ! 今は隊ごとに食糧探しに来てんだろうが! 勝手な事してねェで――」
「じゃあこうしようぜ!」
少し歩いては立ち止まり草を採取しているリサと、そのたびに苛立ちを隠さずに説教を始めるマルコ。さすがにこの遣り取りも飽きたと、一人のクルーが声を上げた。
「俺らが食糧探しに行くから、マルコ隊長はリサについててやってください」
あからさまに嫌そうな顔をするマルコに「じゃ、よろしく!」と爽やかな笑顔を向け、クルー達はさっさと行ってしまう。自分も皆と一緒に行ってしまいたいが、リサを一人置いていく訳にはいかない。この島に危険が無いと完全に判断した訳ではないのだ。
舌打ちを一つ零したマルコは、不機嫌さを隠しもせずにリサの頭を叩いてその場に座り込んだ。
「痛いな!」
「アホンダラ」
「はァ!?」
「早くしろよい、口動かさねェで手ェ動かせ」
「自分が止めたくせに……!」
フンと鼻を鳴らして作業に戻るリサを尻目に、マルコは辺りを見回した。鬱蒼と生い茂る草木は、風によってざわざわと葉を揺らし、それがこの森の気味悪さを増長させている。
「ったく……この間の島で沢山採ってたじゃねぇかよい」
「これはあの島に無かったヤツだもん」
ぷいとそっぽを向いて答えたリサは、掘り起こした草をバッグにしまうと立ち上がって伸びをしてからポツリと呟きを零した。
「でも、この島……何でこんな稀少な草ばっかりあるんだろ……」
「そんな珍しいのかい?」
「あっちの世界だと高値で取引されてるよ。正規のルートだと手に入りにくいから闇ルートで手に入れるんだって先生が――」
一瞬言葉を途切らせたリサは、動揺を隠しながら「言ってたよ」と続けてマルコから顔を逸らした。
勿論、そんなリサの動揺に気付かないマルコではなく、けれど何も指摘することなくただ「そうかい」と頷いた。
大体、不思議である。マルコは思う。脳裏に浮かぶのはカードに描かれていた何処か神経質そうな男で、あんな男の何処に惚れたのだろうか。あの男も、どうしてこんな面倒な女――しかも自分の教え子だったはずだ――を選んだのか。不思議な事だらけである。
しかし、そんな事を聞こうものならまた面倒な事になる事は分かりきっているので、マルコは何度浮かんだか分からない疑問を再び奥底に押し沈めてリサと共に歩きだした。
「変な奴らだねい」
溢れた呟きはリサには届かなかった。
それから小一時間程、マルコとリサはゆっくりと森の中を散策した。珍しい薬草は無いかと足元ばかり見つめているリサは、当初の目的である『食糧探し』を完全に放棄していた。頭から抜け出ているのだろうと呆れた視線を送りながらも、指摘することはせずにマルコは一人で食べられそうな木の実などを探していた。
「腹の足しになりそうなモンは無ェなァ……人は勿論、動物も見ねェし……」
あちこちに見た事の無い虫は沢山見かけるが、獣の類は一度も見ていない。時折、鳥の鳴き声らしきものは聞こえるが姿を確認出来てはいない。もっと奥に棲家があるのだろうか。
そんな事をマルコが考え、リサが「うあー、腰痛い!」と腰を叩きながら立ち上がった時だった。
突如聞こえた悲鳴。かなり遠くにいるのだろうそれは、紛れもなく数時間前に別れた一番隊クルー達のものだった。
「リサ! 行くぞい!」
「う、うん……!」
声のする方へ走り出そうとしたマルコは、すぐにハッと我に返って振り返った。全力で走れば、間違いなくリサは置いてきぼりになってしまう。舌打ちを一つ零したマルコはリサへと手を伸ばして肩へ担ぎ上げた。
「ぎゃあっ!」
「情けねェ声出してんじゃねぇ! とっとと行くぞい!」
「ちょっと待ってよ! だって――うわぁっ!!」
再びマルコが走り出し、危うく舌を噛みそうになったリサは慌てて口を閉じた。肩に担がれて運ばれるなんて屈辱的だが、仕方がない。箒を呼び寄せてる間にマルコを見失ってしまうだろう事を考えれば、これが最善なのだと思うしかなかった。
一刻も早く行かなければ。リサは杖を取り出して強く握り締めた。
もう家族を喪うのは嫌だ。
「………一応聞くけど、重くない?」
「スゲェ重い」
即座に返って来た言葉にリサはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「貧じゃ――イダッ!」
途端に速度が上がり、見事に舌を噛んでしまったリサは口を押さえて悶絶する。微かに感じる血の味に顔を顰め、怒りに任せて背中を強く叩いてみせれば、返ってくるのは「後で覚えてろい」という怒りの篭った声。すぐに忘れてやると心の中で返し、リサは手の中の杖をグッと握り締めた。