08


「なぁ……頼むよ」

「この通りだ!」と深く下げた頭の上で両手をパンと合わせながら、サッチがマルコを拝む。当の拝まれたマルコ本人は目の前のサッチを嫌そうに睨み付けてから小さく息を吐いた。

「断る」
「んな殺生な!!」
「テメェで行きゃあ良いじゃねぇか」
「ダメ! 俺見たくない……!! もしだぞ!? もし、俺が見たくないあんなものやそんなものが入ってたら……っ、俺耐えられねェ……っ!!!」

涙まで浮かべながら激しく「イヤ! イヤ!」と首を振るサッチを見るマルコの目は相変わらず険を帯びている。

「つまり、お前はダメだけど俺は良いって訳かい? あァ?」
「だってお前はお世話にならねェじゃん!! 治るんだから薬なんて滅多に使わないだろ!? けど俺はなるんだよ……! どんなに嫌だっつっても舐めときゃ治るっつってもお世話になっちゃうんだよおおぉぉぉ!!!」
「うぜぇ」

ふいとそっぽを向いたマルコは、尚もしつこく縋り付いてくるサッチに今度こそ大きな溜息を零した。サッチの背後には沢山のクルー達が控えていて、皆がサッチと同じようにマルコを拝んでいる。

「頼む!!」
「頼む隊長! この通りだ!!」
「「「リサを止めてくれええぇぇぇ!!!」」」

必死の形相のクルー達の叫び声が広がった。

船医によって正式に魔法薬調合担当として医務室勤務を言い渡されたリサは、翌日から意気揚々と魔法薬の調合を始めた。
島に着くまでは材料が手に入らないだろうし、島に着いてからは何かと理由を付けてリサが材料を集められないようにしてしまえば良い。サッチ達の言う『変なモン』の入った薬は勿論、とんでもなく不味い薬を飲むのだけは避けたいクルー達は一致団結して島に着く日を待っていた。
サッチ達は知らなかった。リサは自分のトランクの中にある程度の材料を抱えていたのだという事を。

勿論、船医に見せた際に一緒にいたマルコは知っていたのだが、自分は世話になる事は無いのだし、サッチ達に告げた所で何かが変わるはずもないのだからと黙秘を決め込んでいた為に、サッチ達はリサが材料を抱えている事を知らないまま、島に着く日までに作戦を練ろうと何度も集まっては会議を行っていた。そしてその会議は翌日の昼過ぎ、医務室の方から漂う異臭によって中断された。
そして、一体何が起きたのかと医務室に向かった数名のクルーは見てしまった。鼻唄混じりに大きな鍋に向かうリサの姿を。その傍らに広げられた『変なモン』達を。

「サッチ隊長オオオォォォォォ!!!!!」

クルー達により、自分達の行っていた会議が水の泡と化した事を知ったサッチ達は、それでも諦める訳にはいかないと今現在、こうしてマルコに縋り付いていた。

「アレを使えばすぐに治るっつってんだ、大人しく飲めば良いじゃねェか」
「バカ野郎!! 死ぬぞ! 俺ら死ぬぞ!!」
「俺、あんなモン飲みたくねェよ!!」
「俺、見ちゃった……何か……丸っこくてプルプルしてた気味悪ィ何かをリサがぐっちゃぐっちゃにしてた………」
「マジかよ……!」
「俺、聞いちゃった……『ネズミの脾臓は切りづらいから押し潰しちゃえ』って……」
「「「…………」」」

次の瞬間、男達の劈くような悲鳴が響き渡った。





鼻唄混じりに鍋を掻き回しているリサの背を見ながら、マルコはその悪臭に顔を顰めた。鼻を覆いながらリサに向かって一歩踏み出した足は、半歩程の所でピタリと止められた。マルコの目に映ったモノが原因だ。

「……こいつァ何だ?」
「え?」

くるりと振り返ったリサが、マルコの視線の先にある物体を見て「あぁ」と相槌を打つ。

「茹でた角ナメクジ」
「…………」
「それを潰して鍋に入れて、一時間煮込んだらおできを治す薬が出来るの」
「……それを飲むのかい?」
「ううん、これは塗り薬」

返ってきた言葉にマルコは静かに安堵の息を吐いた。塗り薬ならサッチ達も譲歩するだろう。けれど、次に聞こえたリサの言葉にマルコは今度こそピシリと音を立てて固まった。

「で、こっちは骨接ぎ薬」

その名前はほんの数日前、甲板で見たレシピに書かれていたものと同じだった。先程クルーが言っていたネズミの脾臓とやらはこっちに使われたのだと理解したマルコは、ごくりと息を呑んで恐る恐る口を開いた。

「あー……因みに、それも塗り薬だよな?」
「まさか。皮膚の上から塗ったって骨が治るわけないじゃん。これは飲み薬」

ご愁傷様。その言葉がマルコの頭の中に浮かび上がった。サッチ達には言うまい。サッチ達もまた、骨接ぎ薬の材料を見てしまっているから何の気休めにもなりはしないが。

「さ、てと。あとは煮込むだけで混ぜる必要もないからこれでおしまい。あー疲れた」

コキコキと首の骨を鳴らしたリサが伸びをしながらマルコの元へやって来る。

「はいはい、とっとと出て。ここは立ち入り禁止! ちょっとでも変なのが入ったらおかしな薬が出来上がっちゃうんだから」

いっそ、おかしな薬にしてダメにしてしまった方が良いかもしれない。サッチ達の精神の為に。そう思ったマルコだったが、下手に手を出して取り返しのつかない事になるくらいなら、押さえ付けて無理やり薬を飲ませる方が良いとすぐに思い直した。それに、と隣を歩くリサをチラリと見下ろすと、リサは相変わらず鼻唄を口ずさみながらいつもより上機嫌な様子で手を洗いに向かった。自分の仕事が出来た事が嬉しいという事もあるだろうが、昨日、魔法薬調合に当たってマルコがリサに質問をした時、リサは誇らしげに胸を張って言っていた。

”私、魔法薬は得意なの。皆が怪我したり骨を折ったりしても、私が必ず治してみせるから!”

あんなに自信満々のリサを見たのは初めてだった。相当自信があるのだろう。魔法薬を調合するのが好きなのかもしれない。そんなリサの目を盗んで薬をダメにするなどという事は、さすがのマルコにも出来るはずもなかった。

「次の島はいつ着くの?」

手を拭きながら戻って来たリサがマルコに尋ねる。三日後だと答えれば、リサはまた顔を輝かせた。

「島に着いたら、まず薬草探しに行こうっと。楽しみ! 早く着かないかなぁ!」

期待に胸を膨らませる様は見ていて微笑ましいものではある。たとえそれが、滅多に自分に懐く事のない猫のような妹だとしても。こうしてマルコの傍で笑っているという事自体稀だ。気まぐれにも程があると心の内で零したマルコは、リサの頭をぐしゃぐしゃと撫で付けると自室へ戻ろうと歩き始めた。

「もう! 何すんのさ!」
「薬草探しも良いが、能力鍛える事も忘れんじゃねェぞい」

ヒラヒラと手を振り、マルコが去っていく。リサは、溜息を一つ零すと自室に向かって歩き始めた。

「…………」
「…………」

マルコの数歩後ろをリサが歩く。部屋が隣なのだからそうなるのは当然の事で、だからと言ってマルコは足を止めてリサに並ぼうとはしないし、リサの方も歩を速めてマルコに並ぼうとはしない。傍から見れば「お前ら何してんの?」と言いたくなる光景である。

先に角を曲がったマルコは、自分の部屋の前に立つサッチを見てあからさまに嫌そうな顔をした。しかし、マルコに頼み事をしたサッチはそんな事は意に介さずマルコに駆け寄って口を開く。

「どうだった!? 止めさせられそうか!?」

角の向こうにいるリサの足がピタリと止まったのが気配で分かった。仮にも隊長なら気配を読みやがれと内心でサッチに毒づくも、目の前で必死の形相で自分を見てくるサッチには届くはずもない。

「……無理だ。つーか、嫌だ」
「何でだよ! 俺らが死ぬぞ!? 死んじゃうんだぞ!?」
「死なねェ為の薬なんだから死にゃしねェだろうよい。諦めて世話になりやがれ」
「バカ野郎! ショック死したらどうすんだ!!」
「そん時ゃ、盛大に弔ってやるよい」

尚も抗議の声を上げようとするサッチを遮る為に、マルコはサッチのリーゼントを握り潰した。

「この船の役に立ちたくて一生懸命頑張ってんだ、奪うような真似すんじゃねェ」

そう言えば、サッチは恨めしげにマルコをじとりと睨んでからくるりと背を向けた。

「俺が飲む時はお前にも飲ませてやるからなああぁぁぁぁ!!!!」

そう叫びながら走り去っていくサッチの目に透明な雫を見付けたマルコは「ガキか」と呟くと、首を擦ってトントンと爪先で床を鳴らした。

「そういうこった。精々、失敗しねェようにやれよい」
「………しないもん」

角の向こうから小さく返ってきた声に僅かに口端を上げたマルコは、自室の扉へと手をかける。

「失敗した時は、まぁ……覚悟しとくんだな」

皮肉を口にしてマルコが部屋へと消えていくと、リサは数秒遅れで姿を現し自室の扉へと手をかけた。

「………礼なんか言わないから」

緩みそうになる頬を必死に強ばらせ、僅かに唇を突き出して呟いたリサもまた、部屋へと消えていった。