07


「これが風邪薬で、これが傷に効く薬」
「へぇ、これが……」

魔法薬の恐ろしさが船中に広まった翌日、リサは医務室にいた。
材料の恐ろしさと共に、その薬の効果を聞き付けた船医によって呼び出されたからだ。トランクの中に入っている全ての魔法薬の効果と材料を教えるのと引き換えに、この世界で手に入れられる事の出来る薬草を教えてくれると聞けば、リサには断る理由など無かった。

「まぁ、ウチには風邪ひく奴なんて滅多にいねェからな。こっちの傷薬は重宝しそうだが……どれくらいで治るんだ?」
「これは塗ればすぐに治るよ。深い傷でも二、三日あれば治るかな」
「そりゃ便利なこったな」
「はい、これがレシピ」

レシピの束を船医に差し出したが、それは背後から伸びてきた大きな手によって奪われてしまった。顰め面で振り返れば、リサよりも顰め面のマルコが目を細めながらレシピを読んでいた。

「ちょっと」
「この薬の世話になる奴らから言われてんだよい。ちょっとでも変なモンが入ってるなら、どんなに治りが早くても絶対ェ飲みたくねェんだと」
「何ガキ臭い事言ってんの、いい歳したオッサンのくせに」

鼻を鳴らして言えば、すぐに拳骨が降ってきてリサは痛みに呻いた。マルコはそんなリサに構う事なくレシピを読み込んでいき、読み終わったものから船医へと流していた。時折、船医の手に届くことなくリサに押し返されたレシピ達は材料に一角獣の角のようにこの世界には存在しない動物の一部が入っている薬や、コウモリの心臓、芋虫など、所謂クルー達の言う『変なモン』が入っている薬達だ。

「あのね、言わせてもらうけど」

押し返されたレシピをこっそり船医に渡しながらリサは腰に手を当ててマルコを睨み上げた。

「薬っていうのは皆が知らないだけでそれなりに変なモンが入ってたりするの。知らないでしょ? このメニエ草が元々はどんな形をしてる草かなんて。実際目にすればどの材料も同じようなモンなんだからね!」
「つまり、お前が持って来た薬はどれも気味が悪ィから使わない方が良いって事かい?」
「毒じゃないんだから気にせず飲めっつってんの! この薬なんて作るのに一ヶ月かかるんだよ!? 人が一生懸命作った薬を無駄にするな!!」

これでもかという程に眉を吊り上げて怒鳴りつけたリサは、僅かに身を引いたマルコの手からレシピを奪い取ると船医に押し付けた。
この船に載っている者達にはそれぞれ仕事が振り分けられている。魔法で手伝いをしているとはいえ、リサだって決められた自分の仕事を持ちたいと思っていた。漸く自分だけの仕事が見付かりそうなのだ、邪魔なんてされたくはない。邪魔をするなとキツく言い付ければ、マルコは顔を顰めながらも大人しくリサと船医の会話を傍観するだけとなった。
レシピに目を通す船医から、どの材料ならこの世界にあるかを聞き出していく。薬草だけならそれなりに揃える事が出来る事が判明し、リサは顔を綻ばせた。

「元気爆発薬と傷薬……骨接ぎ薬に縮み薬。ふくれ薬とぺしゃんこ薬と……」
「そんな薬、何に使うんだよい」
「さぁ? そんなの後から考えれば良いでしょ。あとはおできを治す薬に……あぁ、昨日サッチが飲んだ薬も作れそう。酔い醒ましだから二日酔いが多いこの船には打って付けだよね」

振り返って笑いかければ、マルコは若干口元をヒクつかせてから咳払いをした。

「まぁ……飲みたい奴だけ飲めば良いんじゃねェか?」
「何言ってやがる。いつもうざったく呻いてる奴らが静かになるんだ、全員に飲ませるに決まってるだろうが。なぁ?」

ニヤリと笑いかける船医にリサも大きく頷く。これはクルー達に知らせておくべきか否か。最悪、自分だけでも逃れようと、サッチ達が聞けば猛抗議してきそうな事を考えながら、マルコは首を擦ってそっと息を吐いた。

「こっちの『万能薬』ってのは何処までの範囲だ?」

一番下にあったレシピを指しながら船医がリサに問う。リサは難しい顔で頭を掻いた。

「うーん、範囲……ある程度の病気は治るよ。ただ、こっちの世界のウィルスが向こうと同じとは限らないから、そこら辺は何とも言えないかな――ちょっと待って」

船医に断り杖を取り出したリサは、バッグ中から分厚い本を数冊取り出してデスクの上に置いた。

「これは?」
「魔法界での医学書。元々は癒者になりたいと思ってたから……もう必要無かったんだけど、捨てる気になれなくてさ」

本の表紙をそっと撫でながら僅かに顔を曇らせたリサは、それをパラパラと捲ってから船医に渡した。

「これに載ってる病名の所。ウィルスとかどの薬やどの魔法が効くっていうのが書いてあるから……えーと、大変だと思うけど、知ってる病名だけ分かるように印付けておいてください」
「つまり、俺にこの分厚い医学書達を全部読めってか?」

顔を顰めた船医だったが、その声音はちっとも嫌そうではなく、むしろ新たな症例に出会えた事に対する喜びに満ちているように思えた。リサはこっそり笑みを零してレシピを揃えると、医学書の上に重ねた。

「じゃあ、よろしくお願いします。次の島からは薬草探しに行ってすぐに調合を始めるから――あ、そうだ。今ある薬だけ渡しとくね」

もう一度バッグに向けて杖を振り、引っ張り出したトランクを床に開いて広げた。ポケットのチャックを開けて再び杖を振ると、薬瓶が納められた大きめの箱が現れた。

「何でもアリだな」

「何処もかしこも収納し放題か」と続けた船医に「まぁね」と答えるリサの口元は綻んでいる。箱を開けると、リサの背後に立ったマルコが箱の中を覗き込んできた。

「……こいつァ何だ?」
「ドラゴンの肝」
「……こっちは?」
「ドラゴンの血」
「これは?」
「一角獣の角。これが尾の毛で、こっちが血。これが――」
「もういい、分かった」

それ以上言うなと大きな手でリサの口を塞いだマルコは、箱から目を背けて深呼吸を一度すると、再び箱へと視線を戻した。

「さっきので全部じゃなかったのか?」
「さっきのは割とよく使う薬だから取りやすいようにしておいたの。こっちは材料と、滅多に使わない薬達。愛の妙薬とか真実薬とか」
「愛の妙薬? 何だそりゃ」
「惚れ薬」

マルコの問いに簡潔に答えると、マルコは胡散臭そうな顔でリサを見た。

「試してみる? マルコが一番好きな匂いがするんだよ」
「一番好きな匂い?」
「マルコの好きな人が石鹸の香りがする人なら石鹸の匂いがするし、ミカンが好きな人ならミカンの匂いがするの」
「生憎、俺にゃ惚れた女なんざいねェよい」
「別にそれはどうでも良い」

バッサリ切り捨てるリサに、船医が声を上げて笑い出す。マルコはこめかみに青筋を浮かべながらリサの頭を鷲掴みながら船医を睨み付けた。

「痛いー!! 何さ! 私は効果を言っただけだもん! 別にマルコの恋愛事情なんて興味無いし!!」
「そいつァ悪かったな!」

鷲掴んだ頭を左右に揺さぶったマルコは、終いに一発リサの頭を叩くと鼻を鳴らして医務室を出て行った。

「……いつか惚れ薬飲ませてフォークスに惚れさせてやる……!」
「ハッハッハ! そりゃ是非とも見てみてェもんだ!」

声を上げて笑った船医はリサの頭を軽く数回叩くと、新たな症例を求めて医学書へと手を伸ばした。皺だらけの老人が見せる子どものように無邪気な顔は、こんなにも輝いて見えるのかとリサは呆然と船医の顔を見つめた。

「ねぇ、ドクター」
「あん?」
「私、頑張って作るね」

医学書から顔を上げた船医がチラリとリサを見上げたが、目が合うとすぐに医学書に視線を戻した。

「この船にゃ千六百人ものクルーがいる。どいつもこいつも血の気の多い奴らで、毎日船のどっかでバカ騒ぎしてはここに来やがるんだ」

呆れたように愚痴を零した船医が再びリサを見上げる。今度はじっと見つめたままだった。

「途中で根を上げんじゃねェぞ」
「――はい!」

大きく頷くと、船医は柔らかい笑みを浮かべて医学書に視線を戻した。ヒラヒラと振る手は「出て行け」という事だろう。リサは荷物を纏めると、船医にお辞儀をして医務室を後にした。