マルコが箒を追いかけて飛び立った直後、その真っ青な鳥を追いかけていく真っ赤な何かをサッチは目撃した。あっという間にマルコに追いついたかと思うと、何を思ったか突然マルコに攻撃を始めたフォークスに、甲板にいたサッチや他のクルー達は呆れたように肩を落とす事しか出来なかった。
「アイツらよォ……こんな時くらい仲良くやろうぜ」
誰かがそう零したのがサッチの耳に届いた。燃えるような赤の鳥と、文字通り燃えている青い鳥は、一方的な攻防を繰り返しながらも、箒の後にぴったりついてどんどん遠くなっていく。
「頼んだぞーーーっ!!」
手を添えて声を張り上げたサッチの声は二羽――正確には一人と一羽だが――に届いたのだろうか。マルコ達の姿が見えなくなって暫く経った頃、船の外が慌ただしくなり、直後ルーシーとフィオラの声が聞こえてきた。
「リサを助けて!!」
「私達の為に残ったの!! 早く助けに行って頂戴!!」
あぁ、そういう事か。リサに呼び寄せられて飛んでいった箒は明らかに一人用。多くても二人までしか乗れないはずだ。リサ達は三人。一体どういう事なのだろうかと疑問には思っていたが、逃げるのがリサ一人だというのなら不思議ではない。
「大丈夫だ。今、マルコが向かった」
甲板に上がってきた二人にそう言えば、ルーシーとフィオラはホッと安堵の息を吐いてその場に座り込んだ。顎に伝った汗が胸元が大きく開いている谷間にぽたりと落ちたのを見てしまったクルー達は思わず息を呑み、慌てて目を逸らした。何人かは目を逸らすどころかひたすら凝視し続けていたけれど。
当然ながらサッチも凝視していた男達の一人だった。目を見開いて大きく開いた胸元、惜しげなく晒された脚を凝視していたサッチは、ふと二人の足元を見て首を傾げた。
「……何つーか………そういうのが流行ってんのか?」
ヒールの低いサンダルは二人が好んで履くようなものには見えない。首を傾げるサッチの視線が自分達の履いているサンダルだと気付いたルーシーとフィオラは、苦笑を浮かべながらサンダルを一撫でした。
「リサが魔法で変えてくれたのよ。ヒールが高くて走り辛かったから」
成程、と頷いたその時、誰かが大声を上げた。
「戻って来たぞ!!!」
甲板中が一斉に空を見上げると、遠くの方から物凄い勢いでこちらに飛んでくる何かが見えた。徐々に近付いてくるそれは確かにリサだったのだが――。
「「「………」」」
「ぎいやあああぁぁぁぁっ!!!」
「テメェ!! 待ちやがれ!!!」
言葉では言い表せない――むしろ言い表さない方が良い――形相でモビー・ディック号に向かって飛んでくる――逃げてくるとも言う――リサと、そんなリサを追っているマルコ。完全に鳥と化したその顔はリサと同様、言葉では言い表さない方が良いと思ってしまうような怒りの形相だった。
「え……何やってんの? アイツら」
サッチが思わず零してしまうのも無理もない。海賊達はどうした。青雉がリサと鉢合わせになるかもしれないから助けに行ったのではなかったのか。リサを助けに行ったはずのマルコがリサを追っているというのはどういう事だ。しかも、下手したら流血沙汰になるのではないかと思うような様子だ。
リサの肩に止まっていたフォークスが翼を広げて飛び上がりマルコへ向かっていく。
「テメェ! いい加減にしろ! うざってェんだよい!!!」
マルコの怒声など怖くもないらしいフォークスは綺麗な声で鳴きながらあっさりとマルコの背に降り立つと、その鋭い嘴で何度も背中をつつき出した。
「痛ッ! 止めろ!!」
「ハッ、ざまぁみろ! フォークス頑張って!!」
離れた所で止まったリサが嘲るように叫ぶ。マルコの顔が更に醜悪なものに変わった瞬間、リサは「ヤバッ!」と声を上げて一直線に船に向かって降下してきた。
「待ちやがれ!!!」
フォークスの攻撃を一切無視してリサの後を追ってくるマルコにリサの悲鳴が響く。何なんだ一体。
「よく分かんねェけど……まぁ、とにかく無事で良かった!」
無理に笑ってみせるサッチに、他のクルー達も同じようにぎこちなく笑みを零し、ついにはいつものように爆笑しだした。
「よっしゃ! あと五分間リサが逃げられるか賭けようぜ!!」
「マルコに一万ベリー!」
「俺はリサに二万ベリーだ!!」
甲板でそんなやり取りがされている事など気付かず、リサは必死に逃げ続けていた。
箒に乗るのが得意で良かった。心からそう思いながら顔だけで振り返り、執拗に追い続けてくるマルコを睨み付けた。
「ちょっと! いい加減にしてよ!!」
「テメェが大人しく殴られりゃァ済む話だろうがよい!!」
「嫌に決まってんでしょ!? わざとじゃないって言ってんじゃん!!」
「ゴメンで済んだら海軍は要らねェんだったよなァ!? あァ!!?」
「根に持つタイプは嫌われんのよ!!」
自分の事を棚に上げて叫ぶリサにマルコのこめかみの青筋がまた一つ追加された。
まるで終わりの見えない追いかけっこは、下手したら永遠に続くのではないかと思われていた。甲板ではリサが五分以上逃げ切ったという事で金の授受が行われ、ある者は喜び、ある者は落胆していた。
「ちょっと!! 人が命懸けで逃げてる時に賭けとか止めてくれる!?」
そう叫んだ直後だった。長時間に渡り全速力で飛び続けていたリサの手は既に感覚が無くなっていて、ちゃんと柄を握れているかも分からない状態だったのだ。意地だけで逃げ続けていたリサは、突然柄から手が滑り落ちた事に目を丸くした。重力に従って身体が真っ逆さまに落ちていく中、必死に柄を掴もうと手を伸ばしたが届かない。
「リサ!!」
風の音に混じって聞こえた自分を呼ぶ声がする。空よりも真っ青な何かが、リサが最後に見たものだった。
「ったく……コイツはどうしようもねェな」
甲板に降り立ったマルコは、腕の中で意識を失うリサを見下ろして呆れたように呟いた。海に落ちそうだった箒はフォークスによって確保されて甲板にいるサッチに渡されている。
「お前が追いかけ回すからだろうが」
賭けに勝ってご満悦のサッチが喉を鳴らすと、マルコはサッチを睨み付けてから船室へと向かった。
医務室に連れて行くと後からついてきたルーシーとフィオラがマルコに変わって船医に事情を説明し、当然ながらマルコは船医によって「無茶させんじゃねェ!阿呆鳥が!!」と理不尽に怒鳴り付けられて現在、ベッドで眠るリサの傍にいる。船医曰く「テメェが追い打ちかけやがったんだから、目が覚めたらテメェが世話しやがれ」だそうだ。
マルコからすれば、助けに行ったのに危うく木っ端微塵にされかけ、フォークスの攻撃で頭も背中も傷だらけ。怒るなという方が無理な話だ。
すっかり安心しきった顔で寝息を立てているリサを苦い顔で見下ろしたマルコは溜息を一つ零して頭を掻くのだった。