リサがルーシー達と共に森の中を駆け回っていた頃、モビー・ディック号には緊張が走っていた。
「青雉が?」
「あぁ、この島に来てるらしい」
部下の報告を受けたサッチがマルコに告げると、マルコは盛大に顔を顰めて舌打ちをした。
「ったく……やっぱり偵察隊を送っとくべきだったな」
ほんの少し前、リサ達よりも大分遅れて街に向かったクルー達が血相を変えて船に帰って来た時も驚いたが、街が海賊で溢れているという報告で更に愕然とし、果てにはサッチからの大将がいるという報告だ。マルコはズキズキと傷むこめかみを押さえてゆっくりと息を吐いた。
「アイツらは見つかったのかよい」
「いや、まだみてェだ。今、総出で探し回ってる」
「上陸準備が終わる前にとっとと出て行きやがるから……」
杖を持っているとはいえ、魔法を使うなと言っているのだから丸腰と同じだ。危険が迫ればリサが平気で魔法をぶっ放すであろう事は想像に難くない。平和な島だと思っていたから油断していた自分に腹が立って仕方がない。
「青雉がいるってんなら、急いだ方が良いな」
報告を受けた限りでは街にいるのはそれほど強い海賊達ではないようだから、仮にリサの魔法を見られたとしても、海賊達を消してしまえば良いだけの話だと高をくくっていたが、大将・青雉という存在だけはそうもいかない。仮にクルー達がリサを見つけたとしても、相手は海軍本部の最高戦力。彼らに太刀打ち出来る相手ではない。
マルコは再度舌打ちを零すと、広げた両手を青い炎へと変えた。
「俺も行ってくるよい。サッチ、あとは任せた」
「分かった! ――ん? 何だ?」
船室から騒ぎ声が聞こえ、サッチとマルコはそちらを見た。勢いよく開かれた扉から飛び出してきた何かが空へと飛んでいく。
「あれは……」
「リサの箒!」
リサに呼び寄せられたのだろう。アレを追えば真っ直ぐリサの元へ行く事が出来る。探す手間が省けた、とマルコは勢いよく地を蹴った。その姿を完全に真っ青な鳥へと変えて飛んでいくマルコの後ろから、サッチの「気を付けろよ!!」という声が響いた。
「もうちょっと近くに来れば良いじゃないの」
明らかに警戒しています、といった様子のリサに青雉は振り返って呆れたように眉尻を下げた。青雉が立ち止まればリサも立ち止まり、その距離はきっかり二メートル空けられている。
「信用出来ませんから」
「その距離ならいつでも逃げられるとでも?」
リサが眉を寄せると、青雉は何も言わずに再び前を向いて歩きだした。それを受けて再び足を進めるリサはそっと息を吐いた。警戒しているのは自分の方ではないではないか、と心の中で文句を言うが届くことはない。仮に届いたとしても、青雉は何も言わずにただ進むのだろう。これだけ距離を取っていれば杖を振るくらいは出来るだろう。リサは自分の考えがどれだけ浅はかなものだったのかをすぐに思い知った。こんなに離れているというのに、僅かにも杖を振る事すら出来ない。歩く以外の動作をすればすぐに殺されてしまうだろうという事が容易に想像出来た。
箒を呼び寄せてからどれほど経っただろうか。まだ来ない。一体どれだけ船から離れてしまったのかとリサは溜息を零した。僅かに振り返った青雉が再び前を向いて歩き出す。ほら見ろ、警戒しすぎなのはどっちだ。再度心の中で呟いたリサは、突然立ち止まった青雉に首を傾げながら自らも足を止めた。
「何なの?」
尋ねるが青雉は油断なく辺りの気配を探っているようで答えてくれない。次の瞬間、青雉の行動の意味を理解したリサは空を見上げた。つられるように青雉も空を見上げる。
「………」
「あらら、こりゃ参った」
確かに箒がリサ達の方へ向かって飛んできていた。けれど、そのすぐ後ろを飛んでいる真っ青な鳥と真っ赤な鳥が空中戦を繰り広げているのを見てしまえば素直に喜ぶ事は出来ない。彼らは一体何をしに来たのだろうか。
「まさかとは思うけど、君、白ひげの船に乗ってるのか?」
「…………アレの仲間と思われるのは嫌なんだけど、まぁ……そうです」
頷くと青雉が溜息を零す。リサの元に真っ直ぐ飛んできた箒はリサの脇でピタリと止まり、リサを庇うようにしてマルコが降り立った。フォークスはリサの肩に止まり、愛らしく頬に嘴をすり寄せている。
「……頭、酷い事になってるよ」
「煩ェよい」
頭に小さな引っ掻き傷を無数につけたマルコが物凄く不機嫌そうに返事をした。マルコが降りてくる時に後ろに跳んで警戒していた青雉でさえ、今は何処か呆れたような顔でマルコを見つめている。
「お前ェは先に船に戻ってろい。そこのムカつくクソ鳥と一緒に」
「それは困るな。一緒に来てもらう事になってるんだが」
「ごめんなさい、やっぱり無かった事にして」
箒に跨ぎ空高く舞い上がったリサを苦い顔で見上げた青雉は、頭や顔に引っ掻き傷を付けながら悪い笑みを浮かべるマルコを見て大きく息を吐きだした。
「あーあ、残念」
「とっとと消えろよい。それとも、やるかい?」
「止めておこう。お前の顔見るたびに笑うのを堪えなきゃならないなんて分が悪すぎる」
「分かった、今ここで死ねよい」
青筋を浮かべながらマルコが青雉に向かって地を蹴り、青雉はマルコの蹴りを防ごうと左腕を上げた。けれど、二人の攻防がぶつかり合う事は無かった。二人の距離が残り一メートル辺りになった所で、突然爆発が起きたのだ。爆風で吹き飛ばされた二人は数メートル後退って受身を取った。
「何だ!?」
「テメェ! 何考えてやがる!!」
驚く青雉を余所に、マルコは空を見上げてリサを怒鳴りつけた。怒鳴られたリサは明らかに「しまった」という顔で杖を握り締めていたが、マルコと目が合うとすぐに強引に笑みを作った。
「えーと、ほら……一応、私その人に助けられたし………止めようかなぁ、と思って」
「殺す気か!!」
「し、死なないじゃん! アンタ死なないじゃん!」
「あぁ、そうかい。死ななけりゃ爆発で木っ端微塵にしても問題無ェと判断したって訳かい!」
「違うよ! ちょっと力の加減間違えちゃっただけだもん!」
「威張って言う事じゃねェだろうよい!!」
両手を炎に変えてマルコが飛び上がってくる。リサは恐怖に顔を引き攣らせると慌てて箒の柄を掴み、遠くに見えるモビー・ディック号へ向けて飛び出した。
「いやあああぁぁぁぁ!!!」
「待ちやがれ!!」
あっという間に見えなくなってしまったリサとマルコ。青雉は空を見上げながらボリボリと頭を掻いて呟いた。
「取り敢えず、本部に連絡するか」
ポケットから子電伝虫を取り出して部下達に森に転がっている海賊達を収監しろと伝えると、青雉は再び空を見上げた。
「面倒な事になりそうだな」
遠くから微かに聞こえる悲鳴らしきものに肩を竦めた青雉は、部下達が来るまで一眠りしようとアイマスクを装着してその場に寝転ぶのだった。