03


三人の誤算はいくつかあったが、最も大きな誤算はルーシーとフィオラだ。人目を引く容姿に加え、惜しげもなく晒された素肌に見蕩れる男達がいないはずがなかったのだ。

「困ったわねぇ……」
「ホントね」

暢気に困ったと口にする二人にリサは溜息すら出なかった。意気揚々と買い物を始めてほんの十数分後、一軒目の服屋を後にした三人は見るからに海賊という風貌の男達に取り囲まれていた。海賊達の要望など分かりきっていた。ルーシーとフィオラだ。自分が指名されなかった事などリサにとっては痛くも痒くもないが、さすがに「テメェみてェなガキにゃ興味ねェよ」「お家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな」なんて言われれば腹が立つのも当然の事だった。何しろ、ルーシーとフィオラはリサと二つ三つしか歳が変わらなかったのだから。
辺りを見回すも、どうやらまだ白ひげ海賊団のクルー達は街に来ていないらしい。着岸するなり誰よりも早く船を飛び降りて来たのだから当然と言えば当然なのだが。

「私が何とかするから船に逃げて」

杖に手を伸ばしながらそう囁くと、二人は顔を見合わせてから「それはダメよ」と声を揃えた。

「マルコ隊長にキツく言われてるのよ。貴方にそれをやらせるなって」
「私達、怒られちゃうわ」

「あの人、怒ると怖いのよねぇ」などとマイペースに会話する二人にリサの方が焦ってしまう。海賊達が明らかに苛立っているからだ。このままではマズイ。

「三人で逃げましょう」
「そうね、それが良いわ」

だから、どうやって。心の中でそう呟いたリサは、海賊達がこちらに銃を向けてきたのを視認した瞬間、無意識に杖を取り出して振っていた。

「うわあっ!!」
「な、何だコイツ……!?」

海賊達の武器が一斉に宙高く浮かび上がり、数メートル離れた所に落とされた。海賊達が引き攣った顔でリサを見つめ、それから素手で向かってくる。再び素早く杖を振ると、杖先からロープが現れて海賊達に巻き付いた。首、腕、足などに巻き付くロープを必死に解こうと海賊達がもがくが、そうすればするほどロープはキツくしまっていく。

「今のうちに逃げよう……!」

ルーシーとフィオラが頷いて走り出す。リサも二人の後に続いて走り出し、途中で何度か振り返って追ってくる海賊達の目前で爆発を起こして目を眩ませてひたすら走り続けた。

「船どっちだっけ!?」
「え!? 分からないで走ってたの!?」
「だって咄嗟だったんだもの!」

まさかのルーシーとフィオラの言葉にリサは呆然となるが、足を止める訳にはいかない。後ろから追ってくる海賊達の怒号が止まないからだ。

「とにかく走り続けなきゃ……!」
「もー! こんな事になるならヒール止めれば良かった!」
「私も!」

「最悪!!」と叫びながら走る二人がヒールの高いサンダルを履いていた事に、今更ながらに気付いたリサは杖を振って二人のサンダルをヒールの低いものへと変えてやる。途端に走る速度が格段に上がった二人に、リサは目を丸くした。戦闘員ではないとはいえ、この二人も白ひげ海賊団のクルーなのだ。

「先に行って! 足止めするから!」
「何言ってるの! 早く行くわよ!」
「リサ!!」
「大丈夫! 私、魔女だもん!」

顔を見合わせたルーシーとフィオラが同時に走り出す。

「すぐ呼んでくるわ!!」
「危なくなったらすぐに逃げるのよ!!」

あっという間に見えなくなった二人に微笑み、リサは杖を振って枝を伸ばして道を塞いだ。これで少しは時間稼ぎにはなるはずだ。それから空に向けて杖を掲げた。

「アクシオ!!」

船の位置は分からないが、呼び寄せた箒は間違いなくここへやって来る。船から箒が飛んでくるまでの間だけ耐えきれば逃げる事が出来る。少し離れた所から聞こえる怒号にグッと唇を噛み締めて気を引き締めた。先手必勝だ。姿が見えた瞬間に杖を振れと自分に言い聞かせていると、突然怒号が止んだ。すぐそこに聞こえていたはずなのに、消えてしまった。

「………?」

訝しげに思いながらそれでも怒号が聞こえていた茂みの向こうを睨み付けていると、少ししてガサガサと茂みが震えた。明らかに自然のものではない。誰かがやって来るはずだ。杖を強く握り締めて油断なく睨み続けた。

やがて、一人の男が姿を現した。マルコよりも遥かに背が高い。青いシャツに白のベスト、同色のパンツの男は額に掛けていたアイマスクをゆっくりとポケットにしまいながらリサに歩み寄ってきた。

「こ、来ないで!」

杖を向けながらリサが上ずった声を上げると、男はピタリと足を止めて頭を掻いた。

「あー、あれだ。別に俺は敵じゃねェから」

そんな事を言われても信用出来るはずもない。リサの顔が険しくなった事に気付いた男は困った顔で再び頭を掻いた。ボサボサになった髪に構わず、男はその場に座り込んでリサを手招きした。

「ほら、何もしないから。おいでおいで」
「さっきの海賊達は?」
「あらら、無視か。アイツらならあっちで倒れてる。安心しろ、全員逮捕だ」
「逮捕……?」
「大将青雉って言えば分かるか?」

「それ、俺なんだけど」と自らを指す男――青雉にリサは僅かに首を傾げた。大将とは一体何の事だろうかか、全く分からない。そんなリサの考えが伝わったらしく、青雉は軽く目を見開いてから呆れたような顔で両手を後ろについた。

「こんな事言いたくはないが、君、ちょっと世間知らなすぎ」
「……それはどうも。それで、貴方は何者なの?」
「だから大将だって。海軍大将。分かる?」
「海軍!?」

もしかしなくても、あの海軍だろうか。否、そうに決まっている。漸くリサは気付いた。この状況は非常にマズイ。

「海軍は分かる訳ね」
「そりゃ……悪い人達を捕まえる軍隊でしょ」
「まぁな。海賊とか革命軍とか――まぁ、そんな事はどうでも良いか。一緒に逃げてたスーパーボインで色っぽい姉ちゃん達は?」
「変態は罪じゃないのね」

冷めた視線を送るリサの前で青雉は座ってる事にも疲れたのか横になりだした。何なのだろうか、この男は。

「………ありがとう」
「ん?」
「助けてくれたみたいだから……一応……貴方に礼を言うのは何か嫌だけど」
「あぁ、気にするな。これも仕事だ。けど、君も中々イイ性格してるね。おじさんちょっと傷ついたよ」
「そうは見えません。それでは、私はこれで」

頭を下げたリサは青雉に背を向けて歩きだしたが、すぐに呼び止められた。

「残念だけどそういう訳にもいかないな。ちょっと聞きたい事があるんだ」
「………何でしょう」

青雉が立ち上がった気配を感じながらリサは杖を握る手に力を篭めた。ゆっくりと振り返ったリサは、突然身体が浮いた事に驚き声を失った。

「よっと、失礼」

傍の木の太めの枝に座らされたリサは、バランスを崩して目の前にいた青雉の肩を掴む。自分よりも僅かに低くなった青雉の顔がすぐ近くにある事に気付いて慌てて仰け反ると、再びバランスを崩しそうになったが、背中に回された青雉の手により後ろに倒れる事は免れた。

「暴れるなよ、落ちるから」
「お、下ろしてよ! 何なの!?」
「ちょっと聞きたい事があるって言っただろう。割と真面目な話だから安全を確保しようと思って」
「はァ? 何――っ、」

突然、杖を握っている方の手首を掴まれて枝に押し付けられた。跳ね除けようとするがビクともしない。青雉を睨み付けると、青雉は無表情のままリサをしっかりと見据えていた。

「随分とおかしな技を使うんだな、君は」
「……だから何?」
「能力者にしては一貫性が無さ過ぎる。爆発を起こして木を操って、この木の棒からロープも出してたな。あれはもう能力とは関係ない」

そして青雉は油断なくリサを見据えた。

「君は何者だ?」

ピリピリとした空気が身を刺すのを感じてリサは息を呑んだ。

「あ、貴方には――」
「言っておくが」

リサの言葉を遮って青雉が声を発す。低い声と鋭い目にリサは小さく身体を震わせた。

「言葉は選んだ方が良い。お前が危険だと感じれば、俺は迷う事なくお前を凍らせる」

青雉の視線が自身の右手に向かい、リサもつられて青雉の右手を見た。リサが腰掛けている木の枝に右手が触れている部分が徐々に凍っていく。パキパキと音を立てて凍っていくそれにリサは目を丸くして息を呑んだ。

「もう一度聞く。お前は何者だ?」

青雉の視線がリサを見据える。杖を持つ手は押さえられたまま逃げる事も叶わない。どうしよう。どうすれば。口を開くが声が出てこない。言ってはいけない。マルコに言われた言葉が脳裏を過ぎったからだ。

『お前の事が海軍や他の海賊に知れてみろい。間違いなく捕まって人体実験、もしくは兵器としての利用――』

恐怖が全身を支配していくのが分かった。指先すら動かせない。口を開いたまま何も言えずに、ただ浅い呼吸を繰り返すのみだった。掴まれている右手の感覚が消えていく気がする。気付かない内に凍らされてしまったのだろうか。
怖い。怖い。怖い。涙を流していると気付いたのは、青雉の右手が頬に触れて拭うような仕草をした時だった。

「泣くこと無いじゃないの」

苦笑を浮かべながら涙を拭う青雉の左手は、変わらず杖を持つリサの右手を固定したままでいる。恐怖は消えないが、青雉が苦いながらも笑みを零した事でほんの僅か、空気が柔らかくなったように感じる事が出来、リサは再び頭を働かせる事が出来た。けれど、どんなに考えても逃げ出す方法など浮かばない。魔法は使えない。能力を使った所で凍らされて終わりだ。それならば、リサが取るべき手段は一つだった。

「放して、ください」
「それは出来ない。分かってるはずだ」
「私は魔女です」

青雉の目を見据えて告げると、僅かに目を見開いた青雉は困ったように頭を掻いて大きく息を吐き出した。

「まぁ……それならさっきのも納得出来るが………なーんでそんなモンがいんのかねぇ」
「別の世界から来ました」
「へぇ?」
「グランドラインなら何が起きても不思議じゃないんですよね?」
「突然饒舌になっちゃって……何か良い案でも浮かんだか?」
「何も浮かばないから正直に話す事にしたんです。正直に話したから放してください」

右手に力を篭めるも、やはりビクともしなかった。

「それは無理だ。分かってると思うけど」
「じゃあ、私を凍らせますか? 貴重ですよね、異世界の魔女なんて」
「何が言いたい」
「自分で言うのも何ですけど……結構役に立ちますよ、私」

口端を上げるリサをジッと見つめていた青雉は何かを思案しているようで何も言わない。十数秒黙り込んでいた青雉は、やがて一つ瞬きをして口を開いた。

「一緒に来てもらう」
「海軍に?」
「本部に連れて行く。後は上の判断を仰ぐ事になるな」
「分かりました。じゃあ放してください」
「んー、それは無理。悪いけど、それ俺に預けてくれる?」
「信用してくれない人について行く事なんて出来ません」

青雉が再度溜息を零して頭を掻いた。

「困ったな」
「えぇ、困りました」
「預けてくれないか?」
「私も自分の身が大事ですから。これが無いとただのか弱い女の子です」
「ただのか弱い女の子になってくれれば、安全を保証するんだけどな」
「貴方だったら、突然目の前に現れた胡散臭いおっさんにそう言われて唯一の武器を手放します?」
「胡散臭いって酷いじゃないの。俺、海兵よ?」
「そもそも、私は貴方が海兵だって証拠を見せてもらってません。さっきの海賊達の仲間だって可能性も十分有り得ます」
「結構疑り深いね、君」
「ありがとうございます」

にっこり微笑んでからツンと顔を逸らしたリサは、こっそり空を見上げた。箒の姿は見えない。難しい顔で唸り続けていた青雉は、やがて一つ溜息を零してからリサの手を解放した。驚いて青雉を見ると、青雉は両手を顔の前で広げてみせた。

「はい、これでオーケー?」
「………何で?」
「一緒に来てもらうよ。俺が海兵だって事は、港に行けば分かるから」

リサの脇に手を差し入れて地面に下ろした青雉が歩き出す。困惑の眼差しで背中を見つめていたリサは、溜息を一つ零してからペチペチと頬を叩いた。こうなれば自棄だ。青雉の後を追って歩き始めた。