02


冬島での宴以降、リサは極力マルコに関わらないようにと意識してきた。姿が見えればその場を離れ、何か用がある時はマルコに直接言うのではなくサッチやイゾウを頼っていた。

「お前さんも難儀な奴だねぇ」

煙管を片手にカラカラと声を上げて笑うイゾウにリサは小さな声で「煩いな」と非難の声を上げるが、反論する事は出来ずにガシガシと頭を掻く事しか出来なかった。そんなリサにイゾウは一層楽しげに笑うものだから、堪ったものではない。

「イゾウ君は性格悪い」
「ははっ、そんな事俺に正面切って言ってくるのはお前さんくらいなもんさ」
「ふーんだ、イゾウ君は自分が楽しければそれで良い人だって知ってるんだから」
「それでも俺のトコにやって来るたァ、お前さんも中々イイ性格してると思うぜ」

ニヤリと笑うイゾウにリサが舌を突き出してその場を後にすると、直後に角を曲がってマルコが姿を現した。振り返ったイゾウは一瞬立ち聞きされたのかと勘繰ったが、「こんなトコで何してんだよい」などと首を傾げるマルコにすぐその疑いを取り払った。

「何、可愛い妹とじゃれてただけさ」
「ハッ、アイツの何処が可愛いんだよい」

どう考えたって警戒心が強過ぎる猫ではないか。迂闊に近寄ろうものなら引っ掻かれるのがオチだ。そう告げれば、イゾウは「そりゃ、お前さんにはそうだろうよ」などと煙をフゥと吐き出して口端を吊り上げる。それに舌打ちを零してマルコはそっぽを向いた。

「何をキスくらいでグチグチ言いやがって……」
「女なんてそんなもんさ」
「俺の知ってる女はそんなもんじゃねぇよい」
「そりゃあ、お前の知ってる女はどれもこれも男を惑わすのに長けたイイ女ばかりじゃねぇか。アイツみてェな純情で初心な女はそうはいかねェもんだろうよ」
「そんな面倒な女には関わりたくねェな」

鼻を鳴らすマルコに喉を鳴らし、イゾウはリサが消えた方にチラリと目配せしてから再びマルコを見た。

「可愛い可愛い姫さんから伝言だ」
「おいおい、可愛い可愛い姫ってのはまさかあの猫娘の事か? 勘弁してくれよい」
「『次の島はナースのお姉さん達と買い物に行くからついて来るな』だと」

至極楽しげに笑うイゾウから紡がれた伝言にマルコは盛大に顔を顰めた。

「俺だってついて行きたくて行ってる訳じゃねェよい! オヤジが行けって言うから……!!」

いつになく必死に抗議するマルコに堪え切れず、イゾウが声を上げて笑い出す。マルコは再び舌打ちをして頭を掻いた。

「っく、くくっ……アイツにかかりゃァお前さんも形無しって事かねぇ」
「後で一発ぶん殴ってやる」
「止めとけよ。こわーい保護者がいんだろ? お前の大先輩の不死鳥フォークス様が」

紫煙を燻らせながら喉を鳴らして去っていくイゾウの背中を睨み付け、忌々しげに舌打ちをしたマルコは脳裏に浮かんだ真っ赤な鳥に更に眉を吊り上げて鼻を鳴らした。

「くそったれが……!」

暴言を吐き捨てるも、大人しく部屋に戻っていくマルコの気配を感じ、イゾウは殊更愉快に喉を鳴らすのだった。





次の島へ辿り着くと、リサは仲良くなったナースのルーシー、フィオラと共に船を降りた。サッチから聞いた話ではこの島の治安は悪くないらしいが、念の為にベルト穴には杖を差している。

「リサ、貴方もっと可愛い格好をすれば良いのに」

ジーンズにTシャツというラフな格好のリサを見て、ルーシーが呆れたように零す。リサから言わせれば、ルーシーとフィオラのガッツリ開いた胸元や細く長い脚を惜しげもなく晒け出している格好は理解出来ない。うっとり見蕩れてしまうほど似合っているから良いものの、まさかそんな格好を自分にしろとでも言うのだろうかとリサは首を振った。どう考えても凶器だ。

「この方が楽だもん」
「この間、マルコ隊長と買い物に行ったんでしょう? 選んでもらえば良かったのに」

「彼、センス良いでしょう?」などと笑うフィオラにルーシーが大きく頷くが、リサはマルコの名前が出た瞬間に顔を顰めて唸り声を上げた。

「勘弁してよ。買ってる間中もずーっと『まさか、それ買う気か?』とか『何でよりによってそれを選ぶんだよい』とか煩くて仕方なかったんだから! 着たいもの着て何が悪いのさ」
「まぁ、リサがそれで良いって言うんなら構わないけど……女の子なんだから、オシャレしたいとか思わないの?」

街へ向かいながらルーシーがリサに問う。肩を竦めるだけで答えないリサに顔を見合わせて苦笑したルーシーとフィオラは、それ以上何も言わなかった。リサにはそれがありがたかった。

「あ、ホラ。街に着いたわよ」

街はモビーディック号が接岸した所から歩いて十分ほどの場所にあった。「沢山買うわよ!」と意気込んでいるルーシーとフィオラにつられて踏み込んだ街は、お世辞にも『治安が良い』とは言えない街だった。

「……サッチのバカ。何処が『治安が良い』のさ」

顰め面で呟くリサの左右に立つフィオラもルーシーも、同じように形の良い眉を寄せていた。三人の視線の先に広がる街は海賊らしき男達で溢れ、あちこちから下品な笑い声が聞こえてくる。

「どうする? 船に戻る?」

何度も立ち寄ってる島だという事で、今回は偵察隊を送らなかったのだとサッチは言っていた。きっと、前回の上陸から今回までの間に何か変化が起こったのだろう。それにしても酷い。治安が良いから女だけで上陸させてくれたのだろうから、きっとこの街を見ればマルコ達は口を揃えて上陸禁止と言うのだろう。もしくは、この間のようにマルコか誰かが買い物に同伴する事になるのであろう。船に戻って再び街へ行くのは面倒だが、身の安全を考慮すれば仕方のない事だ。そう思いリサは提案したのだが、驚くことにルーシーもフィオラも首を縦には振らなかった。

「ダメよ、行くわよ」
「え、行くの?」
「もちろんよ。買い物したいじゃない」
「いや……誰かに一緒に来てもらうとか……」
「「面倒よ」」

口を揃えた二人にリサは引き攣った笑みを浮かべた。

「さ、行くわよ」
「でも……」
「いざとなったら、逃げましょう」
「それに、その内他の皆だって街に来るわよ。何かあったら酒場に逃げ込んで助けてもらえば良いじゃない」
「それはそうだけど……」
「じゃあ、リサは行きたくないの?」
「私達と買い物は嫌?」

左右から責めるような視線を送られたリサは慌てて首を振った。楽しみにしていたに決まっている。異世界からやって来た得体の知れない自分を家族だと言ってくれただけでなく、船で生活していく上で何かと世話を焼いてくれている二人だ。一緒に買い物をしたいに決まっている。

「じゃあ行きましょ!」
「大丈夫よ、そうそう絡まれたりなんかしないもの」

微笑む二人の言葉に、リサは未だ不安を残しながらも頷いた。