04


翌朝、マルコに連れられて白ひげの元を訪れたリサは正式に白ひげ海賊団に加入する事となった。白ひげはいつものように声を上げて笑い、娘が出来た事を喜んだ。いつも以上に酒をガブガブと飲んだおかげで船医やナース達にこっぴどく叱られる事となったのだが、そんな事は意に介した様子もなく、変わらず酒を飲み続けるものだから船医もナース達も困ったように溜息をつくばかりだ。

白ひげの部屋を後にしたリサはマルコに杖と荷物を返してもらう事となりホッと安堵の息を漏らした。数日ぶりに握り締めた杖は温かく、愛おしげに撫でながら「お帰り」と呟くリサをマルコは穏やかな表情で見つめていた。その頬には未だ赤い手形が薄っすらと残っているが。

「そんじゃ、取り敢えずはその魔法で何が出来んのかだけ教えといてもらおうかねい」
「甲板でなら」
「……分かってるよい」

刺々しいリサの声に頬を掻きながら頷いたマルコは内心溜息を零さずにはいられなかった。一体、何だってあのような事をしてしまったのか。能力を使って頬についたままの手形を消さないのは、マルコ自身リサに対して悪いと思っているからであり、白ひげの部屋を訪れた際に「グラララ!おいマルコ、お前随分とイイもんもらったじゃねぇか」などと茶化されたからと言って消す事は憚られた。
上陸中とは言え、それなりの数が船に残っている。今回船番を担当している三番隊は勿論、寝る為に船に戻って来た者、徹夜で酒場で飲んでいて朝方戻って来た者、欲を吐き出して気分良く戻って来た者、様々な理由を持つクルー達はマルコの顔を見るたびにギョッとした顔になり、それからその手形が誰のものなのかを瞬時に理解して声を上げて笑う。そのたびにこめかみに青筋を浮き立てるマルコだったが、反省しているのだとリサに知らしめる為には手を出す訳にはいかないと自身を押さえ付けていた。
だが、それもクルー達が一頻り笑って満足し去っていたから我慢出来ていた訳で、甲板に出た時に丁度船に戻って来たサッチがマルコの顔を見て盛大にバカ笑いしてくれた挙句、リサに「よくやった!」と親指を突き立て、それから更にマルコの肩に腕を回して「何やったんだよー、このこの!」と脇腹を突ついてきたりすればその我慢も限界を突破する。

「いい加減にしろい!!」

怒りに任せて盛大に蹴り上げた足は見事にサッチに当たり、決して軽いとは言えないサッチの巨体が宙に浮き海へとまっしぐらに向かっていく。ドボーンと水飛沫を上げてサッチの身体が海に沈んでいくと、リサは目を丸くし慌てて船縁へと走った。海を見下ろすとサッチが沈んだであろう場所には未だぶくぶくと泡が立っている。

「死んじゃう!」
「んな簡単にくたばったりしねぇよい」

切羽詰ったように叫ぶリサに腕を組みながらのんびりと答えたマルコは、「ほれ、見てみろい」と顎で海を指した。

「ブハァッ!」
「サッチ!!」
「あーあー、俺のリーゼントが……」
「自業自得だよい。とっとと上がって来い」
「ったく……元はと言えばテメェがんな面白ぇ面してやがるから…」

ブツブツと文句を言いながら梯子へ泳ぎ始めたサッチに向けてリサが杖を振る。

「おわっ!?」

足から引っ張られるようにして海から浮き上がったサッチが慌てて声を上げるが、リサの手にある杖を見てすぐに笑った。

「スゲェ! 俺浮いてる!! なぁマルコ! 浮いてんぞ!」
「見りゃ分かるよい。それはどういう魔法なんだい?」
「逆さまに吊るし上げるだけ」
「………悪趣味な魔法だねい」
「便利でしょ」

サッチの身体を甲板に降ろすと、サッチは興奮した様子で起き上がりリサに抱きついた。

「スゲェ! スゲェスゲェ!! な、な! 他にどんなの出来んだ!? ――って、おい?大丈夫か?」

体重を預けてきたリサに首を傾げたサッチは、杖を落としたリサが恨めしげに自分を見上げている事に気付いて更に首を傾げた。

「何だ? 大丈夫か?」
「そいつ、能力者だって忘れてねぇか?」
「あ」

マルコの呆れた声にそう言えばそうだったと思い出したサッチは苦笑しながらリサを甲板に座らせて離れた。

「いやぁ、悪い! すっかり忘れてた。そういや、どんな能力だったか分かったのか?」

びしょ濡れになったリサは何とか杖を拾って振った。ずぶ濡れになったサッチとリサの服や髪が一瞬で乾くと、サッチが再び感動の声を上げたが、それを無視して立ち上がった。

「悪気が無いのが一番タチが悪い」

苦々しげに呟いたリサにマルコが自身の首を擦る。無意識に唇を重ねてしまったマルコは、呆然と「何で?」と問いかけてくるリサに「つい」と馬鹿正直に答えてしまったのだ。もう少し上手く言えばこんなに見事な手形を頂戴する事も無かったのだろうが、マルコ自身、リサと同じくらい――否、リサ以上に驚いていたのだから仕方が無いと言えば仕方が無い事だ。

「なぁなぁ、他にどんな魔法が使えんだ?」
「どんなって言われても……片っ端から全部見せてたらキリが無いよ。どんな魔法があると嬉しいの?」
「物を移動させる事は出来るか? 例えば……そうだな、あっちの樽をここに持って来る事は?」

マルコが指したのは数十メートル離れた所に置いてある数個の大きな樽。リサは一つ頷いて杖を振った。ふわりと浮かんだ樽がふわふわとこちらにやって来る。ゴトンと音を立ててマルコの真ん前に降ろされると、サッチが口笛を吹いた。

「複数個を同時に移動させる事も出来んのかい?」
「やった事は無いけど……出来ると思うよ」

もう一度杖を振ると、残りの樽が一斉に浮かび上がってこちらに向かってきた。それらが全てマルコの前に置かれた樽の横に並べられると、マルコは満足げに一つ頷いた。

「便利だなぁ……買出ししたモン一気に船に積めるんじゃねぇか?」
「まぁ確かに時間短縮にはなるねい。見えない所にあるものをここに持って来る事も出来るか?」
「うん、何を呼び寄せれば良いの?」
「ナースのパン――」

言い終わる前にマルコがサッチを蹴り飛ばし、再びサッチの身体が海へ落ちる。だが、今度はリサも心配をしなかったし、引き上げてやる事もしなかった。「無難に食堂のジョッキにしとこうかねい」というマルコの言葉に頷いて杖を振る。

「アクシオ!」

待つこと十数秒。開け放たれた船室の扉からジョッキが飛んできてリサの手に収まった。

「呼び寄せると時間がかかんのかい」

顎に手を当てて何やら考え込んでいるマルコにリサは肩を竦める。

「魔法だってそこまで万能じゃないよ」

杖を振って手の中のジョッキをゴブレットに変えたりパイナップルに変えたりして遊ぶリサを眺めながら、マルコは次にどの魔法について尋ねようかと思案していた。今度は梯子を登って甲板に戻って来たサッチが、すっかりリーゼントを崩して重力に従い垂れ下がっている髪の毛を絞って水を落としながらやって来る。

「あーあ、折角リサが乾かしてくれたってのによ」
「自業自得でしょ」

杖を振ってサッチの服と髪を乾かしてやると、サッチは子どものように無邪気な笑みを浮かべた。

「サンキュ!」
「……サッチはリーゼントじゃない方が良いと思うんだけど」
「ダメダメ! これは俺のポリシーなんだよ! 絶対ダメ!」

ポケットから櫛を取り出してセットを始めるサッチに首を傾げながらリサはマルコを振り返った。そして太陽に透けてキラキラ輝く金色の髪をジッと見つめる。

「………この世界は奇抜な髪型の人が多いよね」
「殴られてぇのか」

拳を握りしめ悪どい笑みを浮かべるマルコから慌てて距離を取ったリサは「次! 次の魔法いこう!」と切羽詰ったように叫ぶ。舌打ちを一つ零し、マルコは次々に質問を行っていった。それに答えるように杖を振るリサは何処か楽しげだ。今まで杖や他の荷物まで取り上げられていたのだから当然だ。リサの着替えはバッグを漁った時に最初に出て来たトランクの中に入っていたが、それを返す事はせずマルコが独断で開けて適当に選んでリサに渡していた。洗濯をするなら二、三着あれば十分だと残りの服はトランクに突っ込んでバッグの中に戻してしまったから、バッグはそれ以降開けられていない。
考えれば考える程、酷な状況に身を置かせすぎていたのだと気付く。勿論、リサを警戒して行動した事は後悔していないし、自分の行動が間違っているともマルコは思わない。けれど、ほんの少しだけでも優しくしてやっていれば、もう少し早く心を開いてくれていたのではないだろうか。今更そんな事を考えても何の意味も持たない事だけれど、考えてしまうのだから仕方無い。

「取り敢えず、聞きてぇのは一通り聞いたかねい」

思っていた以上に役に立ちそうだと喜ぶのはサッチで、今までは数十分かけて行っていた食器洗いをリサに任せればものの数分で終わってしまう事を特に喜んでいた。同じように洗濯や掃除もあっという間に終わってしまう事を喜んでいたが、それは隊ごとの日替わりの仕事であるから、奪ってはならないというマルコの言葉に僅かに唇を尖らせた。

「アイツらの仕事まで奪っちまったらやる事無くなっちまうだろうが。それに、魔法に対しての甘えが身に付いちまう。コイツはいつか帰っちまうって事を忘れんなよい」
「分かってるさ。でもなぁ……あーあ、つまんねぇの」

頭の後ろで手を組んでサッチはリサを見つめた。どんな会話をしたのかは分からないが、漸く心を開いてくれたのだ。嬉しくないはずがない。マルコの頬に残る手形が非常に気になる所だが、尋ねた所でこの二人が言わないであろう事は容易に想像がつく。

「ここに残りゃあ良いのに」

誰にも聞こえない声で呟いた言葉は、丁度甲板を吹き抜けた強めの風に攫われて消えた。