01


船に連れ戻されると、甲板には沢山の船員達がいて数え切れない程の視線に晒された。
男はリサの腕を引いたまま真っ直ぐ白ひげの元へと向かった。

「オヤジ、連れ戻して来たよい」
「グラララ、ご苦労だったなマルコ」

そこで初めてリサは自分の腕を掴む男の名前がマルコなのだと知った。呼ぶ事なんて一生無いだろうけれど、などと考えていると、白ひげに呼びかけられた。

「無事で良かったな」
「…………」

この船にいるよりは安全だったのではないだろうか。そう思うけれど、口に出す事が出来ない自分の弱さが悔しい。杖もバッグも奪われてしまった。箒も無い。透明マントは島に置き去りだ。フォークスは何処へ行ったのだろうか?傍にいて欲しいと思うけれど、いなくて良かったとも思う。何せ、この男達は海賊だ。フォークスなんて珍しい生き物を見つけたら高値で売り捌こうとするかもしれない。

「お前ェ、この船にいたくねぇのか」
「………はいと答えたら降ろしてくれますか?」

向けられる視線にピリピリとしたものが混じったのが分かった。

「私は……誰かを傷付ける事はしたくありません。元の世界に戻りたいんです」
「世界は広い。元の世界に戻る方法を探すってんなら、お前ェ、船に乗って島を渡るしかねぇよ」
「船が無くたって移動は出来ます。魔女ですから」
「魔女らしく箒で空を飛ぼうってのかい?」

マルコが鼻を鳴らしてリサを見下ろした。

「現に、この島まではそうやって来ました」

ざわざわと騒ぎ出す甲板。リサは恐怖と闘いながら白ひげを見上げた。

「一人で、何とかします」
「俺から逃げる事も出来ねぇのにか?」

やたらと絡んでくるマルコにリサは僅かに顔を顰めてマルコを睨んだ。腕を組んで見下ろしてくるマルコはそんなもの歯牙にもかけない様子で手の中の杖を振った。

「これがなきゃ、何も出来ねぇんだろい」
「――返してください」
「返して欲しけりゃ、この船にいろい」
「私を乗せても得はありません。私は何もしません」
「言ったろい。それを決めるのは俺らだ、ってな。それにこれも言ったはずだが――お前がこの船を降りる時は、死ぬ時だ」
「っ、」
「ただでさえ訳の分からねぇ力を持ってるってのに、悪魔の実まで食っちまったんだ。野放しには出来ねぇよい」
「悪魔の実!?」

群れの中から聞こえたのはサッチの声だった。

「リサ、お前ェ悪魔の実を食ったのか?」
「………知りません」
「お前が食ったっていうあの渦模様の実が悪魔の実なんだよい。使える奴だと分かってて降ろすと思うかい?お前の事が海軍や他の海賊に知れてみろい。間違いなく捕まって人体実験、もしくは兵器としての利用――」
「!?」
「厄介事になるって分かってて、みすみす逃がしたりはしねぇよい」
「だ、れにも、気付かれなければ良いんでしょう!?」
「お前にゃ無理だよい」
「そんなの……っ、やってみなきゃ――」

言葉が終わる前にリサの身体は吹き飛ばされた。硬い何かに背中を打ち付けて呼吸が出来なくなる。腹部と背中を激しい痛みが襲い、起き上がる事も呻く事も出来ない。激しく咳き込み、涙が溢れて零れ落ちた。

「こんな弱っちぃお前が魔法なしで生きられる世界じゃねぇんだよい。あっという間に殺されそうになって、魔法使ってバレるに決まってらァ」

未だ甲板に倒れ込み咳き込み続けるリサの元へ向かい、髪を強く引っ張って仰向かせると、マルコは変わらない無表情のまま続けた。

「杖も荷物も俺が預かる。お前ェが自分の意思でこの船に乗る覚悟が出来たら返してやるよい」

何か言い返してやりたいと思ったが、リサは何も発する事なく意識を手放した。





次に目を覚ましたのは、船に衝撃が起こった時だった。突然の揺れに目を覚ましたリサは僅かに痛みの残る腹部と背中に顔を顰めながらゆっくりと身体を起こした。

「な、に……?」

部屋の外から慌ただしい音が聞こえてくる。よく分からないが、どうやら緊急事態のようだ。今なら逃げ出せるかもしれない。あのマルコという男は船の中でもそれなりの地位を持っていそうに思えたから、きっと部屋にはいないはずだ。マルコの部屋を探し出して杖と荷物を取り返そう。足音が遠くなっていくのを確認して部屋の外へ出たリサは、マルコの部屋を探して歩き始めた。時折船が揺れる所為でフラつきながらも何とか廊下を進んでいく。

「部屋……何処だろう………」

扉はいくつもあって、それぞれの扉にプレートが掛けられていないから何処が何の部屋なのか分からない。一つ一つ確かめていては時間が足りない。誰かに見つかってしまうかもしれない。

「どうしよう……」

困り果てて立ち止まったリサの耳に、聞き覚えのある歌が届いた。

「フォークス……!」

リサは歌声を追って走り出した。徐々に大きく聞こえるその歌声は甲板から聞こえてきているようで、時折銃声のようなものも聞こえているようだったが、今のリサには聞こえていなかった。フォークスがいる。元の世界からこの世界に来た存在がいる。それだけがリサを甲板へと向かわせていた。

「フォークス!!」

甲板への扉を開け放ったリサは目の前に広がる光景に息を呑んだ。響き渡る銃声、ぶつかり合う剣と剣。倒れる人。噴き上がる血。血。血。血の海。

「、ぁ……あ………」

怖い。逃げなければ。そう思うのに足が竦んで動かない。フォークスが何処かなんて考えていられなかった。怖くて堪らなかった。
突然、大きな陰がリサを覆った。反射的にそちらを向くと、そこには大きな男が立っていた。手にはサーベルがあり、男の口元は気味悪く歪んでいる。

「へへ……随分と可愛らしい嬢ちゃんじゃねぇか。白ひげの奴らはこんなガキを囲ってんのか?」
「あ……ぁ………」

足が竦んで動けない。逃げなければ。頭の中で警鐘がガンガンと鳴り響いているのに、身体は動いてくれない。

「来いよ、俺らがたっぷり可愛がってや――」

男の言葉はそこで途切れた。男の巨体が目の前から突然消えた事に驚いていると、リサのすぐ傍に誰かが降り立った。呆然と見上げると、そこには相変わらずの無表情のマルコが立っていた。

「何やってんだよい」
「、ぁ……」
「来い」

腕を引かれて連れて行かれた場所は白ひげの元だった。大きな薙刀を持って立っているその姿は圧巻であり、ただただ偉大だと思わずにはいられなかった。何故かは分からないが、リサの脳裏に白く長いヒゲの魔法使いが蘇った。

「リサじゃねぇか、何してやがる」
「あ……歌声が、聞こえて……」
「さっき聞こえてたアレか。何処から聞こえてたのかは分からねぇが、いい歌だった。バカ息子共も気合が入ったみてェだ」
「え……?」

思わず声を上げると、白ひげは片眉を上げてリサを見下ろした。

「何だ?」
「……どう、して……だって………」
「あァ?」
「だって、フォークスの歌は……」

魔力を持つフォークスの歌声は善人には勇気を与えてくれるが、悪人には逆に恐怖を与える。海賊である彼らが何故元気付けられるのだろうか。リサにはその答えなど分かるはずもなかった。

「フォークス?」

白ひげが聞き返した時、赤い何かがリサ達の元に飛んできた。金色の長い尾を持つ真紅の鳥はゆっくりとリサの肩に止まり、頬に嘴をすり寄せた。

「フォークス! 何処に行ってたの!? 怪我は!?」

フォークスは大丈夫だと言うようにリサの頬に嘴をすり寄せる。ホッと安堵の息を漏らしたリサはフォークスの背を優しく撫でて自分からも頬を寄せた。

「そいつァ何だ?」

白ひげに問われてハッと我に返る。ダメだ、本当の事を言ってはフォークスが危険だ。そう思うのに、どう答えたら良いのか分からない。

「え、と……」

肩の上のフォークスはつぶらな瞳をリサに向けて僅かに首を傾げている。別に言っても構わないと告げたいのだろうか。けれど、フォークスを危険な目に遭わせたくない。ダンブルドアが死ぬと同時に消えてしまい行方が知れなかったフォークスがここにいるのだ。もしかしたら、元の世界に戻る方法を知っているかもしれない。リサ自身の為にも、フォークスを危険に晒す訳にはいかなかった。

「オヤジ、終わったよい」

タイミング良く戦闘に戻っていたマルコが戻って来たおかげで、リサはフォークスの事を話さずに済んだ。それもほんの少しの時間稼ぎにしかならないのだろうけれど。マルコの言葉に白ひげは一つ頷いてリサを見下ろしたが、それ以上フォークスの事を聞いてはこなかった。

「戦利品は三番隊! 他の奴らは負傷者を医務室に運んで、邪魔な奴らを海に落としちまえよい!」

大勢の船員達から上がる了承の言葉。『邪魔な奴ら』という言葉にリサが周りを見渡すと、白ひげの船員達が敵船の海賊達を海に放り投げているのが目に入った。海賊達は既に絶命しているのが殆どだったが、まだ息があるらしい海賊達もそのまま海に放り込まれ、暫しの間水面で暴れていたがすぐに力尽きて沈んでいった。その光景に吐き気を覚えて目を逸らすと「大した事なかったな」と笑い合う白ひげ海賊団の船員達の姿があった。

「ど、して……?」

リサの小さな呟きが聞こえたのか、マルコがリサの正面に立つ。

「何だよい」
「……どうして……笑えるの……?」

マルコが片眉を上げた。

「誰かを殺して、どうして笑えるの」
「ハッ、俺らに説教かい」
「あんな……あんなに、力の差があるなら……殺さない事も出来たんじゃないの? どうして――」
「一つ言っておくが」

リサの言葉を遮ったマルコの手がリサへと伸びて顎を掴んだ。そのままグイと引き寄せられて苦しい体制となったが、リサは負けじとマルコを睨み返した。細く青い瞳がリサを冷たく見下ろしている。

「俺らは遊びで海賊旗を掲げてんじゃねぇ。襲ってくる奴らだって、生命懸けて海賊やってんだよい」
「でも……っ! 殺していい理由にはならない……!!」

マルコの手を振り払ったリサは全身が震えるのを感じながらもマルコを睨み続けた。

「私だって戦った……! あの世界で……っ、親友や、大切な人を護る為に戦った! けど、私達は絶対に死の呪文だけは使わなかった! 私達から大切な人を奪ったアイツらと同じにはなりたくなかったから……っ!!」
「そうやって妙な正義感振りかざしてっから、大切な奴らが死んだんじゃねぇのかよい」
「っ、」

マルコの言葉が鋭く胸に突き刺さる。咄嗟に反論しようと口を開いたが、リサの口からは何も出てはこなかった。

「本当に護りてぇなら躊躇うな。生き残る為に敵を殺せ。お前らにその覚悟があったなら、大切な奴らは死なずに済んだんじゃねぇのかい?」
「っ、ぅ……あ……」

言い返す事が出来なかった。彼らは死んでしまった。助ける事が出来なかった。もし、躊躇わずに使う事が出来たなら助けられたのだろうか?もし、自分の手を汚す覚悟があったなら――そうしたら、彼らを、彼を救う事が出来たのだろうか?
涙を溢れさせ唇をガチガチと震わせた。その場に立っている事すら出来ず、頭を抱えてしゃがみ込んだリサをマルコは無表情で見下ろしていた。

「どっちにしろ、お前ェはこの船にいる。この船のルールに従ってもらうよい」

腹部に手を回され、ひょいと担がれる。抵抗しようにも動く事が出来ず、リサは為す術もなくマルコによって部屋へ連れ戻されてしまった。