05


「う、わ……何、あの鳥………」

森の中には見た事がない生き物で溢れていた。異様に翼の大きく鱗が付いている鳥が木に止まっているのを見て一瞬悲鳴を上げそうになったが何とか呑み込んだ。リサとて、元は日本でマグルとして暮らしていたのだ。魔女だと知らされて魔法界へ足を踏み入れてから、それこそ数え切れない程の奇妙な生き物を見てきた。ゴーストや喋る絵画さえ見たのだ。怖いものなど無い。

「ない……ない………ちょっとある……けど、ない……!」

挫けそうになる自分を奮い立たせてひたすら森の中を歩いていくと、実のなっている木を発見した。木に生っている赤い実は林檎ほどの大きさはないが、それなりに大きく、甘くて美味しそうだった。

「食べれる、よね……?」

魔法を使って実を一つ取ると、二つに割って匂いを嗅ぐ。林檎に似た匂いだけれど、断面を見ると胡瓜のようだとリサは思った。

「……毒とか、無い、よね?」

判断する術を持たないリサは、散々悩んだ挙句その実をいくつかもぎ取ってバッグへと詰め込んだ。保存魔法をかける事は忘れない。それを忘れるとバッグの中は大惨事だ。もう少し探そうと再び歩き始めると、今度は葡萄のような実が生っているのを見つけた。

「わ、美味しそう!」

一粒もぎ取って匂いを嗅ぐ。元の世界のそれと何ら変わりないように見えた所為か、リサは大して迷う事なくそれを口に放り込んだ。懐かしい味が口内に広がり、自然と顔が綻んだ。

「もっと持って行こうっと」

先程と同じようにバッグに詰め込んだその時、左側の茂みがガサガサと音を立てて葉を揺らした。明らかに自然のものではないそれに身を震わせてマントを深く被り杖を握りしめる。息を殺して茂みを見つめていると、何かが飛び出してきた。真っ赤なそれは一直線にリサに飛んでくる。マントの中のリサが見えているようだった。あまりの速さに反応出来なかったリサは思わず顔を庇うように両手を顔の前でクロスさせた。バサバサという音が耳に届く。『それ』はリサの周りをグルグル飛んでいたようだが、やがてリサの肩に止まった。おそるおそる目を開けて『それ』を見たリサは目を見開いた。

「フォー、クス……?」

リサの呼びかけに呼応するように、真紅の鳥が瞬きを一つする。金色の長い尾を持つその鳥は見間違えようもない。

「ど、して……何で………フォークス……! フォークスなんだよね!?」

今度は肯定するかのように綺麗な鳴き声がリサの耳に届いた。

「ホントに……? 何でここにいるの……だって、ここは……」

否、そんな事はどうだって良いとリサはその場に座り込んで腕へと移動したフォークスを抱きしめた。

「フォークス……フォークス……! 会いたかった……っ!! ダンブルドアが死んでいなくなっちゃったから……っ、ずっとここにいたの? ここは何処なの? 私、ハリー達の所に帰りたいの!!」

フォークスはもう一度綺麗な声で鳴き、リサの頬に嘴をすり寄せた。

「帰りたい……帰りたいよ……皆の所に、帰りたい………」

フォークスは小さく鳴くと突然羽を広げて舞い上がった。

「あっ、待って!」

慌てて後を追って駆け出す。何処をどう進んだのかは分からないが、目の前を飛んでいるフォークスを見失う事が怖くて堪らなかったから気にしなかった。走るのに邪魔だと、途中でマントを脱いで手に掛けながらひたすら追い掛ける。やがて、フォークスは一本の木に止まった。乱れる息を整えようと無意識に胸を押さえながらフォークスの元へ歩み寄ったリサは、その木を見上げた。周りの木と何ら変わりのない木だった。ただ一つ違うといえば、生っている実が違う。渦のようなグルグル模様の実だった。蜜柑のような形のそれは確かにそれらしい色をしているが、その模様が奇妙で見るからに不味そうだった。

「これ……明らかに毒って感じ……」

フォークスがスーッと飛んできてその実を落とそうと枝の部分をつつき出した。

「え、欲しいの? これが!?」

小さく鳴いてからリサを振り返るフォークス。その目は明らかに「取れ」と言っていて、リサは内心嫌だと思いながら杖を向けてその実を手にした。

「……これ、フォークスが食べるんだよね? まさか、私に食べろなんて言わないよね?」

肩に舞い降りてきたフォークスに問いかけると、フォークスのつぶらな瞳とかち合う。リサの口元が引き攣った。

「………ホントに?」

フォークスが瞬きを一つ。リサはごくりと喉を鳴らして実を見つめた。明らかに不味そうだ。

「でも……皮だけで中身は普通かもしれないし……!」

何より、フォークスがわざわざこれを指したのだから、何かあるのだろう。そう思わなければやっていられない。深呼吸をして皮を剥いた。

「………何で中までグルグル……」

皮の模様が中の実にまである。いよいよもって毒かもしれない、とリサは薄っすらと滲んだ汗を拭った。

「ね……これ、ホントに食べるの?」

何かの間違いであって欲しい、そう願いを込めて問うが、フォークスの瞳は明らからに「食え」と告げている。そう見えるだけで違うのかもしれないと思うが、フォークスの言いたい事が何となく分かってしまうのだから間違いではない。深呼吸を数回繰り返し、覚悟を決めてリサはその実を口に押し込んだ。モグモグと必死の形相で咀嚼していたリサだが、その果実の味を脳が認識した途端涙目になった。

「うぐ……っ、う……うー………」

死んだ方がマシだと思える程に不味いそれを何とか飲み込み、慌ててバッグの中から先程採ったばかりの葡萄を口に放り込む。それでも口の中に広がる不快感は拭えない。

「も……死ぬ………うえ……」

吐き気に襲われるが何とか飲み込む。皮をどうしたものかと考えていると、突然陰が差した。何かと思って空を仰げば、大きな青い鳥がこちらに舞い降りてこようとしていた。

「――きれい……」

呆然と鳥を見つめていたリサは、目の前に降り立った鳥の身体の表面が青い炎だという事に気付いた。その炎はほんの数日前に見た事があるものだった。

「っ、まさか……」

大きな青い鳥が一瞬で金髪の男へと変わる。視認する前に咄嗟に踵を返して逃げ出したリサだったが、数メートルも進まない内に男によって取り押さえられてしまった。地面にうつ伏せに押し倒され、一瞬呼吸が止まった。背中には男の足が乗っている。女相手に何て扱いだと文句を言ってやりたいが、そんな事を言ったところでこの男は鼻で嘲るのだろうと分かっていたから堪えた。

「よう、随分と好き勝手してくれたじゃねぇかよい」

頭上から聞こえる冷めた声に思わず息を呑んだ。杖を持つ腕は既に捕らえられていて、背中に回されギリギリと悲鳴を上げている。口から溢れそうになる悲鳴を必死に噛み殺すが、歯の隙間から呻きが漏れる。

「ぐ、ぅ……」
「何か言いたい事はあるかよい」
「っ、は、なして……」

更に腕を締め上げられ堪えきれない悲鳴が漏れる。ギリギリと締め上げられた腕は徐々に感覚が無くなり、それなのに痛覚だけは消えずにリサを苦しめる。

「どうやって逃げ出した? いや、その前に――」

男が地面に落ちている果物の皮に視線をやって更に目を細めてリサを見下ろした。

「あの実を食ったのか?」
「な、に……」
「あの実を食ったのかと聞いてんだ。さっさと答えろい!」

おかしくなってしまうのではないかと思うくらいにギリギリと締め上げられる。声も出せなくなったリサは何度も頭を縦に振って肯定を示した。

「お前、アレが何か分かってて食ったのかよい」
「……っ、し、らな……」
「アレは悪魔の実だ」

『悪魔の実』――リサの脳裏に甦るのは、一瞬で傷を癒してしまった男の姿。まさか、あの能力が自分にも?

「船に戻るぞい」
「っ、や……!」
「大人しくしろい。逃げようとしたら殺す」

ナイフを宛てがわれた訳ではないのに、まるで喉元に切っ先を突き付けられているような気分になった。背筋が寒くなり、唇が震えた。優しさの欠片も感じられない動作で立ち上がらされ、杖とバッグを奪われる。

「歩けよい」
「………」

折角逃げ出せたのに。マントを脱がなければ良かった。そう言えば、フォークスは何処へ行ったのだろうか。そんな事を考えながら、男に腕を引かれて歩いて海岸へと向かった。停泊しているクジラを模した大きな船を見付けて知らず溜息が零れる。

「……私を連れ戻したって、得なんかしません」
「それは俺らが決める事だい」
「私は……誰も殺しません」
「それも、決めるのは俺らだ」
「っ、絶対やらないから……っ!!」

立ち止まった男がゆっくりと振り返る。リサを見下ろす細い目は無感動で、その口から紡ぎ出される声も淡々としていた。

「――なら、お前が死ぬだけだよい」
「っ、」

全身が震えた。少しでも動いたら殺される。口を開いても殺される。男の目を見ていたくないのに逸らす事すら出来ない。リサが黙り込むと、男は再び歩きだした。リサはもうそれ以上何も言えなかった。