「行くとこがねぇんなら、この船にいりゃ良い」
白ひげのその言葉により、リサは白ひげ海賊団の船に厄介になる事が決まった。実際、断る事すら許されずに決められてしまったのだから、決まってしまった、という表現の方が正しいかもしれない。空いている部屋が二番隊隊長の部屋しか無かったという事で、リサの部屋はそこに割り当てられた。この船にいては危険だ。そう思うのに、逃げる機会すら与えてくれない彼らに益々恐怖を募らせるが、何よりも、何も行動に移せない自分に腹が立って仕方がなかった。
「食堂で食えば良いじゃんか」
そう言いながらも食事を運んでくれるサッチは良い人に見えるけれど、彼も海賊。油断は出来ない。
「いえ……あの………すみません」
「別に構わねぇけど・・悪い奴らじゃねぇよ?見た目は悪ィが気の良い奴らばっかだ」
けれど海賊でしょう?そう言いたいのをグっと堪えて無理やり笑みに変えた。サッチが去ると溜息を一つ零して料理の載ったトレイを見遣る。食べる気なんて起きない。けれど、無駄にはしたくないし、残す事で反感を買うのは避けたい。結局、食べれるだけ食べて残りは保存魔法をかけてバッグの中から取り出したタッパの中へと詰め込んだ。
「………ハーマイオニー……」
夏休み中に三度会おうと約束をしているけれど、それを果たす事は出来るのだろうか。ハリーにもロンにも、他にも会いたい人は沢山いるというのに。
「………先生……」
バッグから取り出したカードに映るスネイプにそっと呼びかけると、スネイプはいつものように不機嫌な表情でリサを見てからそっぽを向いた。それが如何にもスネイプらしいと、リサはほんの少しだけ口端を上げたが、目許は依然として悲しげなままだった。
突然のノックの音にハッとして、慌ててカードをポケットに戻そうとするが、その前に扉が開いて外の人物が入ってきてしまった。怪我をしても癒せる能力を持っている金髪の男だ。そう言えば、この人の名前を知らないなと思ったが、知ったところで何かが変わるはずもないのだから構わないかと自己完結をする。
「それは何か出来んのかい?」
『それ』と男が指したのはリサの手の中のカード。リサもカードに視線を落とすと、そっぽを向いたままのスネイプの姿があった。
「……ただの、カードです」
「中の男は知り合いかよい」
「……どうして、ですか?」
「ただのカードを眺める理由が思い当たらなかったんでね」
貴方の知った事じゃありません。そう答えてやろうかと思ったけれど、わざわざ挑発するような事をして自らに危険を及ぼす事はしたくない。結局「通っていた学校の先生です」と答えた。
「学校……ってのは確か、勉強する所だったか」
「あ、はい……」
「へぇ……」
顎に手を当てて何かを思案しながらリサを見下ろす男。何をしに来たんですか、と言えないリサは男が早く部屋を出ていってくれる事を願いながら言葉を待つしかなかった。
「――飯、ちゃんと食ってんのかよい」
「え?」
「顔色が良くねぇ」
これはもしかして、心配してくれているのだろうか?キョトンと目を丸くしたリサは、続いた男の言葉に僅かに眉間に皺を寄せた。
「俺としちゃァお前ェが死ぬのは構わねぇが、オヤジがお前ェの魔法ってのを気に入ってんだ。まだ死なれちゃ困るんだよい。体調管理はしっかりしろい」
リサが顔を顰めた事などお構いなしに部屋を出て行こうとする男。自分を追い詰めるような事はしたくないと思っていたというのに、リサは思わず男の背中に向かって口を開いていた。
「私は……っ、貴方達が望むような魔法なんて使う気はありません!」
振り返った男は、無表情のままリサを見下ろして静かに言った。
「お前の意思なんざ、端から聞く気はねぇよい」
男が部屋を出て行くと、リサは唇を強く噛み締めて身体を震わせた。
「…………逃げなきゃ、」
この船から降りなければ。安全な場所へ行かなければ。この世界の事など何も分からない。安全な場所があるかどうかも分からない。けれど、ここにいては危険だ。答えを弾き出したリサは、ゆっくりと立ち上がって手の中のカードを見つめた。
「……皆の所に、帰りたいんです……」
カードの中の男の目が、ほんの少しだけ憂いを帯びたように見えた。
深夜、そっと部屋を抜け出したリサは辺りを窺いながら甲板へと向かっていた。カートやトランクなどは全て、検知不可能拡大呪文をかけたバッグの中へと詰め込んだ。手にあるのはいざという時の為の杖と、目くらましの呪文をかけた箒。トランクに詰めていたマントを引っ張り出して目くらましの呪文をかけて作った透明マントを被っている。
息を殺して廊下を進んでいると、数人の船員とすれ違ったが気付かれる事は無かった。ただ、気を抜くと「ん?」と感の鋭い船員が辺りを見回すので、気を張りながら進まなければならなかった。
やっとの思いで甲板へ出ると、潮の香りに僅かに顔を顰めた。けれど、心地良い風が吹いていて思わずホッと息を吐く。マントを被ったまま箒に跨ると、大きく息を吸って甲板を蹴り上げた。
空に舞い上がると、マントがパタパタとはためく。見張り台に人がいる事に気付いて慌てて船から離れると、大きな鯨の船はすぐに小さくなった。
「はっ、はっ……」
逃げる事が出来た。知らず息は上がっていたけれど、リサの口元は綻んでいた。このまま飛び続けるのは得策ではない。何処かの島へ向かわなければと辺りを見回しながら島を探す。
「………無人島の方が良いよね……」
誰かに会うのが怖い。もし、また海賊に会ったら?魔女だとバレてしまったら?恐怖がリサを襲う。
「――早く、帰りたい……」
呟きは風に攫われて溶けた。
どれくらい飛んでいたのか分からないが、空が徐々に白み始めた頃に漸く島を発見した。空から見た様子では建物は見当たらない。運良く無人島に辿り着けた事に驚きながらも安堵して下降した。
「川もある……テントはバッグに入ってる……きっと果物とかだってあるし、取っておいたご飯だってある……大丈夫、生きていける」
根拠など無いが、それでも自分に言い聞かせた。そうしなければ折れてしまいそうだった。バッグからテントを引っ張り出して立てると、この一年で使い慣れてしまったマグル避けなどの保護呪文を辺りに施した。
「………捜しに、来るのかな……」
金髪の男の冷たい表情を思い出すと僅かに身体が震えた。
「大丈夫……大丈夫……」
今までだって大丈夫だった。何度も危険な目に遭って、それでも生きていた。だから、大丈夫。何度も自分に言い聞かせながら、リサはテントの中で眠りについた。
目を覚ますと太陽はすっかり昇りきっていて、バッグから懐中時計を取り出して時間を確認する。時計は十一時を指していた。この世界の時刻がイギリスと同じであるならば、現在は十一時。明るいから昼の十一時という事になる。バッグの中から取り出したアルバムを開くと、ほんの数日前まで一緒にいた親友達がこちらに向かって笑いかけていた。
「ハリー、ロン、ハーマイオニー……」
声にならない声で親友達の名前を紡ぐ。鼻の奥がツンとするのを感じて急いでアルバムを閉じた。泣いてはいけない。泣いたらダメだ。もう、泣いたらダメ。呪文のように呟き、タオルを取り出すとテントを出た。川のすぐ傍にテントを張っていたから、すぐに顔を洗う事が出来た。一度テントに戻りコップと歯ブラシを取り出すと、再び川に戻って歯を磨いて身支度を整えた。
「食べ物……探しに行こう」
取っておいてある料理はまだ手を付けない方がいい。あれは最後の手段だと、杖を手にしてリサはマントを被った。どうしようか迷ったが、念の為にとテントをバッグの中へとしまって食べ物を探しに出かける。視界に広がるのは、禁じられた森に比べると比較的安全に見えるが、それでも鬱蒼とした森。果物くらいは望めるだろうと気を引き締めて森の中へと入っていった。