「これはどういう事か説明しろい」
カードの中でツンと顔を逸らしたり、時折こちらを睨んだりしている男を指で指しながら金髪の男がリサに詰め寄った。
「これァ、どうなってんだい?」
「……えぇと、」
「なぁ、それ何だ?」
どう答えたら自分の身の安全を確保出来るだろうかと必死に頭を働かせているリサの耳に飛び込んだのは、サッチの声。反射的にサッチを見て、その指が指している方へ視線をずらしたリサは今度こそ固まった。サッチの指は、リサのベルト穴に差している杖を指していた。
「木の棒? 何でそんなモン提げてんだ?」
「ぁ、と……これは、その……」
「まさか、魔女とか言わねぇよな?」
自分で言った言葉が可笑しかったのか、笑い始めるサッチ。けれど、隣の金髪の男は鋭い目でリサを睨むばかり。その目は誤魔化しも何も効かないのだとリサに悟らせるには十分過ぎるもので、リサは観念して小さく頷いた。
「はい……魔女、です」
「――は?」
笑っていたサッチがポカンと大きな口を開けてリサを見る。
「何だって?」
「だから、あの……魔女、なんです」
「…………マジで?」
「…………マジで」
何度も聞き返すサッチに何度も頷き返して、リサは財布などを鞄に戻した。
「え、あの……本とかに出てくる魔女みたいに魔法が使えんの?」
「……本の中でどんな魔法を使ってたのかは知りませんが……多少は、」
使えます、続けたリサの声は大きな笑い声によって掻き消された。グララララ、と奇妙な笑い声が何処からしているのかとキョロキョロと辺りを見回してすぐに後悔した。
「で、でっか……え、うそ、何……人……?」
とんでもなく大きな男が立っていた。サッチや金髪の男など目ではない。ホグワーツの森番であり親友である彼よりも遥かに大きい。筋骨隆々の男はやはり上半身を晒していて、大きなマントを羽織っている。
「お前ェ、リサって言ったな」
「ぅ、え……あ、はい……はい………」
「俺ァ白ひげだ。この船の船長をやってる」
「え、あ……船長、さん………?」
つまり、この強面な海賊達の親玉という事だ。やはり親玉だから大きいのだろうかなどと的外れな事を考えていると、白ひげと名乗った男はもう一度グラララと声を上げて笑い、リサの腰に差さったままの杖を指した。
「その魔法ってのを見しちゃァくれねぇか」
「……え、と……」
「俺も見てぇ!」
「でも……」
「お前ェに拒否権はねぇよい。さっさとしろい」
金髪の男の言い方にムッとしたけれど、態度に出すなどという愚かな真似をせずにリサはゆっくりと杖を取り出した。どんな魔法なら害が無いと思われるだろうか。どんな魔法なら、自分の安全を確保出来るだろうか。けれど、いくら考えてもこれだという魔法が浮かばない。人間、こういった事態に直面した時は思考が正常に働かない事など、嫌と言う程分かっていた。
「………ど、どんな、魔法が見たいんですか?」
自分で考える事を放棄して目の前の男達に尋ねると、サッチは「そうだなぁ・・」などと言ってウンウン唸り始めた。白ひげは片眉を上げて「何だって良い」なんて言う。何も浮かばないから聞いているのだと分かって欲しいと思うが、願いは届かない。
「お前、戦う魔法は使えんのかい」
困り果てていたリサに助け舟――というか、追い打ちをかけたのは金髪の男だった。無害だと証明する魔法を披露してとっとと逃げたいのに、これでは完全に逆効果だ。
「あ、いえ、その……」
「使えんのかって聞いてんだよい」
「…………しょ、少々……」
細すぎるその目の何と怖い事か。若干青褪めながら小さな声で肯定の言葉を紡ぐと、金髪の男は「見せてみろい」などと吐き捨てる。攻撃する呪文で一番弱そうに思えるのは何だろうか。必死に頭を巡らせ、ふと気が付いた。
「あ、あの、でも……どれも対象者がいないと効果が……」
上手い逃げ道を見つけたものだと内心で自身を褒め称えるが、それはすぐに打ち砕かれる事になる。
「怪我なら治せるよい。とっととやれ」
「な、治せるって……」
「早くしろっつってんだよい!」
「ひ……っ、え、えーと……ディ、ディフィンド!(裂けよ!)」
震える手を金髪の男に向けて呪文を紡ぎながら杖を振る。すると、金髪の男の全身が切り裂けて血が溢れた。
「っ、あ……! 何で……!?」
目の前の男が怖くて命じられるままについ魔法を使ってしまった。けれど、驚くべきところはそこではない。男は全身を朱に染めたのだ。この呪文はそこまで威力のある呪文ではない。軽い切り傷を作るだけの魔法だったはずだ。
まさか、魔力が上がっているのだろうか?
未だ朱に染まる男を何とかしなければと慌てて杖を振ろうとしたリサは目を見開いた。切り裂けた部分から青い炎が燃え広がり、あっという間に全身を覆い尽くしたのだ。
「な、に……?」
あっという間に傷が消え去り、男はケロッとした顔でリサを見下ろしていた。
「ど、して……何で……?」
「悪魔の実の力さ」
驚いて殆ど声も出せずにいるリサに説明してくれたのはサッチだった。この世界には悪魔の実というものが存在し、それを食すと特別な能力を得るのだと。悪魔の実は一つとして同じものは無く、目の前の男が食べた悪魔の実はトリトリの実というものでレアな幻獣種なのだと教えてくれたが、リサには殆ど理解出来なかった。
「傷、が、治った……」
「そういう能力さ」
「そんな、事が……」
そんな事があって良いのか。どんな傷でも治ってしまうのなら、死なないという事ではないのか。病気や寿命が訪れるまで死なないという事なのだろうか。もしそうなのだとしたら、
彼に、食べさせてあげたかった。
唯一、死の呪文ではない方法で殺された彼に。傷を癒す事が出来ずに生命を落とした彼に。カードの中で不機嫌そうな顔をしている、彼に。
セブルス・スネイプに。
「リサ?」
「…………何でも、ないです……すみませんでした、怪我を、させてしまって……」
「他には何が出来る?」
リサの謝罪を無視した金髪の男の冷めた声が降ってくる。
「他にはねぇのかよい」
「……傷付ける魔法は、似たようなものしかありません」
「じゃあ、殺す魔法は」
「っ、」
そんな事、聞かないでと心の中で叫んでも目の前の男には届かない。誰にも届かない。震える身体を抱きしめ、震える唇を開いて、リサは小さな声でハッキリと口にした。
「私は、それを、しません」
「つー事は、あるにはあるって事だよな?」
サッチの問いに小さく頷くと「へぇ、便利だなぁ」なんて呑気な声が聞こえる。何故、そんな声が出せるの。何故、そんな事が言えるの。何故、そんなに平然としていられるの。何故、何故、何故。答えなど、分かりきっている。彼らが『海賊』であるからだ。海賊なんて、それこそ本の中の世界の話だと思っていたリサにとっては馴染みなどあるはずもない。分かっている事など高が知れている。真っ黒な海賊旗を掲げ、手に武器を取り、略奪や虐殺を繰り返す。陽気に歌い、笑い、襲いかかる。それだけ分かっていれば十分だ。
彼らは、危険だ。
この人達は、危険だ。
逃げなければ、という言葉が頭の中を支配する。『姿くらまし』で逃げる事が出来るだろうか。否、失敗すればタダでは済まない。ばらけでもしたら助かる方法などない。ならば、箒で空を飛んで行こうか。否、箒に乗る前に捕まってしまえば意味がない。ならば、ならば、ならば――いくつもの案が浮かんでは掻き消えていく。
結局の所、リサに選択肢など無いのだ。