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「なぁ、嬢ちゃん……アンタ、能力者なんだろう?」

間もなく始まるオークションの準備の為か、牢屋の外にいた見張り達が階上に姿を消すと離れた所にいた男がそっとリサに話しかけてきた。捕まる際に暴行を受けたのか、あちこちに痣を作った男はその目に僅かな希望の光を灯してリサを見つめている。

「助けてくれ……! アンタの能力でどうにか出来ないか? 海に嫌われていないのなら、その海楼石の手錠は効いていないんだろう……!?」

男が指すリサの手枷に牢屋中の視線が集まった。じゃらりと冷たい音を立てた鎖を見下ろしたリサは小さく頷いて肯定を示す。あちこちから安堵の声が漏れた。

「助かった……!」
「頼む! 助けてくれ……!」
「何とか出来るんだろう!?」

あちこちから向けられた希望に満ちた視線にリサは困惑の表情を浮かべる事しか出来なかった。
男の言う通り『どうにか』する事は出来る。逃げる事も不可能ではないはずだ。けれど、それはリサだけに言える事であり、この牢屋にいる全員を逃がすのは余りにも困難であった。

「………上手くコントロール出来なくて……」

竜に変身した所で何も変わりはしない。制御出来ないその力は、ここにいる助ける対象者達をも破壊してしまう可能性があるのだ。謝罪の言葉と共にその事を口にすれば、途端に落胆の声が上がる。希望を持たせてしまっただけに、絶望の程は計り知れない。

「――試してみましょう」
「え?」

肩を落とす者達の中で、ただ一人その希望の光を失わなかったアリッサがリサの肩を掴む。戸惑うリサに、アリッサは驚くべき言葉を口にした。

「私にやってちょうだい」





初めてその力を使ったのは、全てを喪ったあの日だった。
燃える家々、響き渡る銃声、悲鳴、哄笑。

「逃げなさい! リサ……!!」
「やだ……やだよ……! ひとりにしないで! ママも一緒に逃げよう! アイツらに見つからない内に早く……!!」
「ママは大丈夫だから……ね? 先に行ってちょうだい、後から必ず追いかけるから」
「でも……!」
「お社ならアイツらに気付かれずに済むかもしれない……大丈夫よ、あのお社が貴方を護ってくれるわ。さぁ、行って……後ろを振り返ってはダメよ」

痛いくらいの強さで背を押され、リサはひたすらに走った。後ろから聞こえる銃声や海賊達の哄笑を振り切るようにして。
目的の場所に辿り着く頃には音は既に聞こえなくなっていて、それが遠く離れたからなのか海賊達が島を出て行ったからなのかは判断する事が出来なかった。

「ママ……パパ……皆………」

どうしてこんな事になってしまったのか。リサの脳裏に蘇ったのは、母のアルバムの中に見つけた黒髪の少年の姿だった。
母の兄に当たるあの男が『秘宝』を持ち出さなければ、この島を出なければ――。心の奥底に生まれた負の感情はじわり、じわりとリサの心を侵食していく。
乱れる呼吸をそのままに社へと急いだリサは、そこにあるものを見て目を見開いた。二十年以上も昔に姿を消したはずの『秘宝』がそこに存在していたからだ。そんなはずはない。リサは目の前に突きつけられた現実に怯え震える唇を噛み締める事で誤魔化した。

母に聞いていた『秘宝』とは異なる姿の『それ』は、闇色に染められた実に白い渦模様が描かれたものだった。

硝煙が僅かに残る村へ戻ると、そこはもう見慣れた場所ではなかった。
血を流して倒れる人、人、人。温かい笑顔を向けてくれていた彼らはもうこの世から切り離された存在となっていた。冷たくなった村人達をその目に映すたびに、ぱきん、ぱきんと心にヒビが入っていく。

「お頭ァ! まだ生き残りがいやしたぜ!!」
「わざわざ自分から出てくるたァ、いい度胸じゃねェか!」

ぱきん、ぱきん。小さなヒビが一つ増えるごとに、じわり、じわりと闇が染み込んでいく。下卑た嗤いを浮かべる海賊達を見るリサの瞳が闇に染まっていく。

「な、何だ……?」

ざわり、ざわりと、自分達を取り巻く不穏な空気に気付いた海賊が引き攣った声を上げる。それぞれの武器を手にしながら辺りを見回した海賊たちは、やがてその出どころをリサと定めて一斉に銃口と切先を向けた。

「やっちまえ!!」
「死ねえええぇぇぇっ!!!」

怒号を上げながら海賊達が一斉に地を蹴る。
自身に向けられた殺気に、少女はその眉を動かす事なく小さな声音で呟いた。

「消えて」

少女の呟きに呼応するかのように闇が海賊達を包み込む。

海賊達は消えた。
一言も発する事なく、殺気に満ちたその顔を恐怖に歪める暇すら与えられないまま、霞に溶けて消えた。

島全体を覆う闇が晴れた頃、そこには誰もいなかった。海賊だけでなく、冷たく横たわる村人達の姿すら消えていた。
生き物という生き物が全て消え去っていた。

「…………」

温度を失ったその島で、ただ独り生き残ってしまった少女は空を仰ぐ。

『ねぇ、リサ。村の人達はあの人を悪く言うけれど、嫌わないであげて欲しいの』

『ただ、自由に生きたかっただけなのよ』

その代償が『これ』だというのなら、一体自分達は何だったのか。何の為に存在していたのか。
彼の望んだ『自由』と引き換えに生命を差し出す事が宿命だったとでも言うのだろうか。

「むりだよ……」

ぽつりと零した小さな呟きは、一陣の風に攫われて消えた。




こちらをジッと見据えてくるアリッサに、リサは情けなく眉を下げた。

「本気……?」
「勿論よ」
「でも……言ったでしょ、上手くコントロール出来ないから……」
「奴隷になるくらいなら、ここで死んだ方がマシよ」

ぴしゃりと言い放ったアリッサにリサは唇を噛んで俯いた。
アリッサの言いたい事は分かる。けれど、だからと言って「ハイ分かりました」と能力を使う気にはなれない。罪もない人の生命を奪うなど到底出来ない。

「もしそれで私が死んだとしても、それは貴方の所為じゃないわ」

まるでリサの思考を読んだかのようにアリッサが続ける。

「人として生きる為に戦うの。勝っても負けてもそれは私だけのもので、貴方が背負う必要はないわ」
「そんなの……」

無理に決まっている。どんなにアリッサが気にするなと言った所で、手を下すのはリサなのだ。手を下したその瞬間にリサが背負う事になる。

「お願いよ、リサ……」

懇願するアリッサに唇を噛み締めると、滲んだ血の味が口内に広がった。覚悟を決めなければならない。どちらにしろ、このままでは奴隷となってしまうのだ。いちかばちかに賭ける事しか出来ない。

「――分かった」
「!」

深呼吸を一回、二回、三回。アリッサ達に離れるように告げると、最後にもう一度深呼吸をしてそっと目を閉じた。
大きく息を吸いこみ、静かにゆっくりと息を吐き出す。

「あ……!」
「おぉ……!」

アリッサ達が次々に声を上げた。吐き出した息は闇色の靄となり、あっという間にリサを包み込んだかと思うと、その首と手首、足首に嵌められた枷を消し去ってしまった。霞となって消えたそれに誰かが期待の篭った声を上げる。

「助かるんだ……!」
「リサ……大丈夫?」
「私は……自分の能力では死なないから……」
「上手くコントロール出来なかったら、私もその手錠みたいに消えちゃうって事よね……」

アリッサの言葉に周囲が息を呑む。僅かに怯んだ様子のアリッサは、自身を奮い立たせる為にグッと拳を握り込んで深呼吸を一つした。

「やってちょうだい」

意を決した様子のアリッサにゴクリと生唾を飲み込んだリサは、深呼吸をする事で乱れた呼吸を落ち着かせて目を閉じた。
大丈夫。やれる。やってみせる。絶対に失敗しない。
根拠など無いが、そう思わなければ本当に失敗してしまいそうで怖い。自分を奮い立たせる為に何度も「大丈夫」と繰り返したリサは、意を決して大きく息を吸い込んだ。
吐き出した息が闇色の靄に変わっていく。立てた人差し指にそれを纏わせると、そっとアリッサの首元へと近づけた。

「動かないで……」

表情を強ばらせながら瞬きを一つしたアリッサに、リサは小さく頷くとそっと首輪に靄を触れさせた。
次の瞬間、靄がアリッサの身体を包み込もうとその身を広げる。ハッとした時には既に遅く、その靄はアリッサの全身を包み込んでしまった。

「きゃっ……」
「アリッサ……!!」
「うわああぁっ!!」

誰かが悲鳴を上げる。靄は依然としてアリッサを包んでおり、生きているのか死んでいるのか定かではなかった。

「やだ……やだよ……死んじゃやだ……!」

死んでいいはずがない。この人は何も悪い事をしていない。ただ人間として生きる事を望んだだけだ。

「死なないで……やめて、やめてよ……」

こんな所で死んでいいはずがない。死んではダメだ。ダメに決まっている。

「消えてよ……! アリッサ! アリッサ……!!」

無我夢中で靄を払った。靄の中にいるアリッサの姿は見えないが、靄に突っ込んだその手には確かに感触があり、何かを掴んだのだと教えてくれた。
掴んだ『それ』を必死に引っ張り出すと、白く細い腕が靄の中から現れてくる。靄を振り払うようにして腕を掴んだ手に再び力を篭めれば、靄に包まれる前と全く変わらない姿のアリッサが姿を現した。けれどその瞳は瞼の向こうに隠されていて、生気のない顔に一抹の不安がリサを襲った。

「アリッサ! ねぇ、起きて! アリッサ……!!」

涙を滲ませて何度も呼びかければ、アリッサの睫毛がふるりと震える。やがてゆっくりと目を開けたアリッサは、涙を滲ませたリサに目を丸くし、それから優しく微笑んだ。

「大丈夫みたい、成功ね」
「良かった……良かった……!」

上体を起こしたアリッサに勢いよく抱き付けば、アリッサの温かい手が優しく背を撫でてくれた。