「リサ!!!」
勢いよく開かれた扉から光が射し込む。目を細めながら開け放たれた扉を見つめたリサは、そこに立つレイを見てきゅっと唇を引き結んだ。
「大丈夫か? 怪我は?」
「……平気」
「立てるか? 医務室連れてってやるから、」
「いらない。怪我なんてしてないし、具合も悪くない」
「……そうか」
素っ気ない態度に一瞬悲しげな顔をしたレイは、それでも安堵の息を漏らして微笑んだ。そんなレいを見る事が出来ずに床を見つめたまま立ち上がったリサは、前を歩くレイの数歩後ろに続いて甲板へと向かう。一番隊のクルー達が犯人だとレイは言った。これから甲板で話があるのだとも。
「怖かったろ? ごめんな、アイツらが酷ェ事しちまって……」
「別に怖くなかったし、謝る必要なんかない」
「…………」
無言になり前を歩くレイの背中を見つめ、リサは唇を噛み締めた。こういう態度を取るから信じてもらえないのだという事は分かっている。けれど、そう簡単に直す事など出来ない。そう簡単にこの男を受け入れる事など出来るはずもないのだ。
階段を上り終え、甲板へと続く扉をレイが開けようとした所でリサは足を止めた。
「帽子が無いと出れない。スカーフもバンダナも取られちゃったし」
「あー……アイツら何処やったんだろ……悪ィ、聞いてねぇんだ。リサを探すのが先決だと思って……」
「………部屋、戻って日傘取ってくる」
踵を返したリサをレイが呼び止めた。
「なぁ、それ、どうしても無いと駄目なのか?」
「……駄目」
「肌、弱いのか? アヤは全然そういうの無かったんだが・・父親か?」
「…………どっちも元気だった」
「だった、って……なぁ、もしかしてお前の父親も――?」
「死んだ」
振り返り冷めた目でレイを見つめると、困惑の表情を浮かべたレイに怒りがこみ上げてくるのを感じた。
「死んだ。どっちも」
「リサ……アヤ達はどうして、」
「『どうして』?」
レイの言葉を遮るようにして声を発せば、レイは益々困ったような顔でリサを見た。拳を強く握り締め、リサは強くレイを睨み付けた。
「貴方が……っ、貴方がアレを持ち出しさえしなければ……!!」
「アレ……って、秘宝のことか?」
「何も知らないくせに……!! 何も知らないくせに勝手な事をするから……っ!!!」
「、」
「貴方なんか……っ、」
言葉を切り、唇を噛み締めたリサはレイから顔を背けて大きく息を吐き出した。こみ上げる涙を飲み込んでグシャグシャと髪を掻き回すと「部屋に戻る」とだけ告げて足早に歩き出す。
レイがリサを引き止める事は無かった。
部屋に戻り日傘を手にしたリサは重い足を引きずるようにしてレイの元へ戻った。扉の所で待っていたレイに「ごめんなさい」と謝罪の言葉を口にすると「いや……」とぎこちない返事が返ってくる。
甲板には殆どのクルーが集まっていて、中央には白ひげとリサを倉庫に閉じ込めた一番隊のクルー達の姿があった。白ひげの側にはサッチやロイ、マルコの姿もある。
「リサ! 大丈夫か!?」
サッチがリサに駆け寄り、怪我の有無を確認する。外傷が見当たらない事に安堵の息を吐いたサッチは、心配そうな表情のままリサの顔を覗き込んだ。
「平気か? 医務室行くか?」
「大丈夫、何もないよ」
苦笑を零しながら答えると、サッチは安堵の息を吐き出してリサを抱きしめた。
「バカ野郎……おやつの時間にはちゃんと来いよ」
「おやつ残ってる?」
「あぁ、ちゃんと後でやるから」
サッチに背を押されて白ひげの元へ行くと、白ひげはリサを見下ろして口を開いた。
「悪かった、俺のバカ息子がやらかしちまったらしいな」
「別に……閉じ込められただけで何もされてないから」
「そうか。――テメェら、コイツに何か言う事があんじゃねぇのか?」
白ひげが犯人のクルー達に促すと、クルー達は顔を見合わせてから小さな声で謝罪の言葉を口にした。不本意だという気持ちを隠さないクルー達に白ひげは片眉を上げたが、咎める事はしなかった。
「オヤジ、ちょっと良いかい?」
「何だ? マルコ」
軽く手を挙げて前に出てきたマルコがリサの前に立つ。日傘を傾けて陽が当たらないように気を付けながら、リサは目の前に立つマルコを見上げた。こちらを見下ろす二つの青は何処までも真っ直ぐに、警戒の色を濃くしたまま見据えてくる。
「お前、本当に海賊になる気なのかよい」
「……なる」
「人を殺せんのか?」
「マルコ!」
「黙ってろ」
抗議の声を上げようとしたサッチを白ひげが制した。渋々下がったサッチは誰よりも心配そうな顔でリサとマルコを見つめている。そんなサッチの肩を「落ち着け」と軽く叩いたロイは、チラとレイを見てからリサとマルコに視線を戻した。
「……殺せるよ」
「碌に動き回る事すら出来ねぇのにか?」
傘の柄を掴むリサの手に僅かに力が篭った事に気が付かないはずがないマルコは、「それ」と日傘を差して続けた。
「そんなん持ってたら、余計に動き辛ェだろうよい」
「……何が言いたいの」
「俺達は遊びで海賊やってんじゃねェ。俺はテメェみてェな中途半端な奴がこの船にいる事が許せねェ」
「おい、マルコ!」
「言い過ぎだぞ!」
「黙ってろっつってんだろうが!」
口々に非難の声を上げたクルー達を黙らせたのは、やはり白ひげだった。
「……どうしろって言いたいの」
「テメェで考えろよい。それからもう一つ……お前、何でこの船に乗った?」
「それは言わなきゃいけない事?」
「お前がレイを良く思ってねェ事は皆が知ってる。なのに何でこの船に来たんだよい」
「貴方に言う必要なんかない」
「いつかレイを襲うかもしれねぇ奴を家族だなんて認めねェって言ってんだ」
冷たく射抜くような視線を向けてくるマルコに負けじとリサも睨み返す。甲板中が静まり返り、船が上げる飛沫や波の音がやたらと大きく聞こえた。
「私がここで『襲わない』って言って信じるの?」
「無理な話だな」
「じゃあ、何も言う必要は無いでしょ。私が何を言ったって信じる気なんか無いんじゃない」
「あぁ、信じねェよい」
「家族だって思う日なんか永遠に有り得ない」
「あぁ、有り得ねェ」
「――じゃあ、話は終わりじゃん」
マルコから視線を背けたリサは白ひげを振り返る。けれど顔を見上げる事など出来なかった。
「……迷惑をかけてごめんなさい」
「ガキ共がかける迷惑なんざ、迷惑と思わねェよ」
「…………この船を降ります」
頭を下げたまま発したリサの言葉に甲板中がざわめき立った。
「リサ!?」
「何言ってんだよ!!」
レイとサッチが叫ぶと、クルー達も口々に反対だと叫び出す。それでも、リサはサッチ達を見る事も白ひげを見上げる事も出来なかった。視界に映るのは白ひげの大きな足と膝の上に置かれた大きな手だった。
「それがお前の出した答えか?」
「…………私には……無理だった」
頭上から降ってきた問いにそう呟きを返せば、即座に鼻を鳴らす音が降ってくる。
「やる前から諦めてたら話にならねェな」
「分かってる……けど、無理……ずっと考えてたけど………考えても考えても答えは一つだったもん……」
「オヤジ! 何の話なんだよ!?」
「リサ! 降りるなんて言うな! お前の家はここだろ!?」
レイが白ひげに、サッチがリサに詰め寄る。クルー達が揃って喚き立てる中、リサはマルコを振り返って見上げた。相変わらず訝しげな眼差しで見下ろしてくる目にリサは僅かに口元を歪めた。
「満足でしょ、これで」
「…………」
答えないマルコから視線を逸らし、もう一度白ひげを振り返ったリサは深く頭を下げた。
「お世話になりました」
「…………この、アホンダラが」
吐き捨てられた白ひげの言葉に自嘲の笑みを浮かべ、リサは船室へと足を向けた。
「知ってる。ずっと……ずっと知ってた」
レイではない。誰よりも、何よりも、一番嫌いなのは自分自身だ。