10


相変わらずリサはマルコを含めた一部のクルー達には受け入れられていなかった。それはリサ自身もよく分かっていたし、それでもどうにかしようとも思わなかった。どうにか出来るとも思っていなかったからでもあるのだが。
けれど、こんな時どうしても思ってしまう。自分は一体何の為にここにいるのだろうか、と。

「…………はぁ」

真っ暗な倉庫の中でリサは膝を抱えていた。数十分ほど前、倉庫から備品を取って来いと言われて向かったのだが、扉を開けた途端に背後から誰かに背中を押されて倉庫に閉じ込められてしまったのだ。犯人はきっと備品を取って来いと言った一番隊のクルーなのだろうが、名前など覚えていない。
扉は施錠され、倉庫内には光など一切無い。やって来た時は手にランプを持っていたが、倉庫に突き飛ばされた拍子に落としてしまった。床に手を這わせてもそれらしいものが触れてはいないから、きっと持って行かれてしまったのだろう。
木箱に背を預けて膝を抱え始めてどれくらい経ったかは分からないが、助けは来るのだろうか。もし来なかったら、ここで死んでしまうのだろうか。死なない可能性がゼロとは言い切れない状況だというのに、リサの心は酷く落ち着いていた。

「……何で、怖くないんだろう……」

闇に慣れてしまったからだろうか。それならば、この船にいる意味はあるのだろうか。闇が怖かったからこの船を求めたのではなかったのか。独りが怖いから他人を求めたのではなかっただろうか。一体、自分は何故この船に乗っているのだろう。孤独に恐怖を感じないのなら、暗闇に恐怖を覚えないのなら何故?
考えても答えなど見付かるはずもなく、何度目か分からない溜息を零してリサはそっと目を閉じた。

同じ頃、サッチは甲板で首を傾げていた。

「おかしいな……何処行ったんだ?」

おやつの時間になっても食堂に現れないリサを探して甲板にやって来たサッチだが、未だ目的の姿を見付けることは出来ずにいた。甲板掃除をしていた一番隊クルー達に尋ねても「知らない」「見ていない」の一点張りで、有益な情報など得られていない。

「何してんだよい」

背後から聞こえたマルコの声に振り返ったサッチはタイミング良く現れたマルコ、レイ、ロイの三人に「ちょうど良かった」と安堵の笑みを浮かべた。

「聞きたい事があんだけど、」
「食堂に行かなくて良いのか? そろそろおやつの時間なんだろ?」
「リサが待ってるんだろ?」

ロイとレイの言葉にマルコが顔を顰めてそっぽを向く。それでもレイの傍にいるのだから、とんでもないブラコンだとサッチは噴き出しそうになるのを必死に堪えて尋ねた。

「リサ見てねェか? 食堂に来てねェんだよ」
「いや、見てねェな」
「俺も見てねェ。入れ違いになっただけじゃねェの?」
「結構長い間待ってたんだけどよ、来ねェんだよ。アイツ時間は守る奴なんだけどなぁ……」

こめかみを掻きながら辺りを見回すサッチにロイとレイが顔を見合わせて難しい顔をする。

「今更迷子か?」
「まさか。アイツ方向音痴じゃねェし」
「じゃあ、部屋で寝てるとか?」

ロイの問いに頭を振って答えると、レイが人差し指を立てる。サッチは再び頭を振った。

「部屋にはいなかった。鍵空いてたもんよ」
「勝手に入ってんじゃねェよバカ野郎!」

強烈な蹴りを寸での所で避けてサッチはマルコを見た。

「なぁ、お前知ってるか?」
「俺が知ってる訳ねェだろうよい」
「まぁそうだよなぁ……他にアイツの行きそうな場所っていったら何処だ?」
「オヤジの部屋は?」
「もう行った。いなかった」
「じゃあ医務室」
「いない」
「ナース達の部屋は?」
「いないって言われた」

レイとロイが口々に挙げていくが、サッチはそれを悉く切り捨てていく。他にリサの行きそうな場所など思い当たらない。

「サッチの部屋とか」
「来たことねェし」
「あったらブッ殺す」
「じゃあ、アイツは何処にいるんだ?」
「だーからァ! 分かんねェから聞いてんだろ!? 何処にもいねェはず無ェんだから!!」

苛立たしげに吐き捨ててサッチは舌打ちを零した。嫌な予感がする。まさか海に落ちたか?否、それならずっと甲板にいたクルー達が気付くはずだ。ならば、まさか何処かに閉じ込められたか?否、家族がそんな事をするはずがない。そこまで考えた所でサッチはハッと息を呑んだ。

「…………なぁ、」
「あん?」
「……家族じゃなかったら…………何してもおかしくねェよな?」
「はぁ?」
「何言っ――」

サッチの言わんとしている事に気付いてロイが言葉を切る。レイも気付いたらしく息を呑んだ。

「マルコ、お前何か知ってるか?」

三人の視線がマルコに向く。マルコはあからさまに顔を顰めた。

「ハッ、俺を疑ってるって訳かよい」
「そんなんじゃねぇよ。お前なら何かしら情報を持ってるんじゃねェかと思っただけだ」
「例えば、お前みたいにアイツを家族と認識していないクルー達の事を」
「…………お前らは家族を疑うのかよい」
「マルコ、」

宥めるように手を伸ばしたレイの手を叩き落としてマルコは三人を睨んだ。

「家族よりもアイツが上なのかよい」
「俺はアイツも家族だって思ってる。上も下もねェよ」

ロイが答えるとマルコは目を眇めてロイを見た。

「けど、疑ってるじゃねぇか」
「家族じゃない奴らにどれだけ酷ェ事が出来るかはよく知ってる。俺がそうだからだ」
「マルコ、何か知ってるんなら教えてくれ。リサを助けてェんだ」
「アンタは……っ、アイツはアンタを嫌ってるじゃねェか!」
「あぁ」
「得体も知れねェ!」
「分かってる」
「いつ家族に危険が及ぶか分かんねェんだぞい!!」
「それでもだ。アイツは血の繋がった姪で、俺の肉親だ」
「だから――っ、」
「もしアイツがこの船の脅威になるって事がハッキリしたら、俺は迷わずアイツを殺すさ」

真っ直ぐ目を逸らさず言い放ったレイに、マルコは何かを言おうと口を開いたがすぐに閉じた。拳を握り込み、目を閉じて深く深呼吸をしてから甲板掃除をしている一番隊クルー達の方を見た。

「さっき、アイツの事を話してたよい。内容までは聞き取れなかったが……」
「サンキュ、マルコ」

マルコの肩に手を置いてサッチが一番隊クルー達の元へ向かおうと駆け出した。だが、それはすぐにレイによって止められた。

「何すんだよ!?」
「俺の隊の奴らだ。俺が直接聞く」

サッチをロイの方に押しやり、レイが自隊の隊員達の元へ向かった。そんなレイの後ろ姿を見つめていたマルコは、やがて苦々しい顔で視線を逸らして舌打ちを零す。ロイが苦笑を浮かべてマルコの背を叩いた。

「アイツの所為で一番隊はバラバラだよい」
「リサがレイを良く思ってねェ事は俺だって分かってる。けどな、マルコ。じゃあリサは何でこの船に来たんだ?」
「俺が分かる訳ねェじゃねぇか」
「アイツ、この船に来た時言ってたろ? 『秘宝を持ち出したらどうなるか分かってたのか』って」
「――そう言えば……それがどうかしたのか?」

サッチが身を乗り出して尋ねると、ロイは煙草に火を点けながら「確証は無ェが」と僅かに眉を寄せた。

「アイツの親が死んだって言ってたろ? それ、レイが原因なんじゃねぇか?」

ふぅ、と真っ白な煙を吐き出すロイを目を見開きながらサッチが「マジか……?」と呟く。

「確証は無ェっつったろ」
「けど……じゃあ、何でだ?この船に来たのは――」
「復讐が目的なんじゃねェのかよい」

鼻を鳴らしながらマルコが吐き捨てた。

「家族でも何でもねぇじゃねェか。アイツはレイに復讐する為にこの船に来た。なら――」
「だーから、言ったろ? 確証が無ェって。アイツを敵だと断定するには早ェよ」
「けど!」
「オヤジだってそれくらい見抜いてんだろ。その上で『家族だ』って言ったんだ、俺らがどうこう言う事じゃねェよ」
「だからって警戒しなくて良い理由にはならねェ! レイや他の奴らに何かあったらどうすんだよい!」
「けど、何もねェだろ?」

ロイの言葉にマルコがグっと言葉を詰めた。

「おい、サッチ。お前アイツといつも一緒にいるよな? 何か変わった所は?」
「無ェな。体力は無ェし運動もからきし。ありゃ演技じゃねェよ。フツーの何処にでもいそうなガキんちょだ。まぁ、陽の光が苦手ってのは珍しいけどな」

肩を竦めるサッチの言葉を受け、ロイは「ほらな」とマルコに肩を竦めてみせた。

「アイツ一人でレイをどうこうなんて出来やしねェよ」
「能力者じゃねぇって保証は無ェよい。ログの事を知らねぇのにどうやってこの船まで来た? あの夜の大きな影は? アイツはフツーなんかじゃねェ」
「じゃあ、オヤジの判断を疑うか?」
「っ、」
「そういう事だろ? お前が言ってる事は」

鋭く見据えるロイにマルコは拳を握り締めて視線を逸らした。家族であるはずなのに、どうしてそんな目で見られなければならないのか。どうしてリサの肩ばかり持つのか。何かあってからでは遅いというのに。警戒して何が悪い。

「――俺は、オヤジを信じてるよい」
「なら、」
「けど、オヤジが一度も間違わないとも思わねェ。オヤジが疑わねェってんなら、俺が疑う。家族全員が疑わねェってんなら、俺だけが疑ってやる」
「マルコ……」

伸びてきたサッチの手を振り払い、マルコはロイを見据えた。

「俺はアイツを疑う。俺達の脅威にならない確証が見つかるまでずっと――疑い続けてやるよい」
「…………好きにしろ」
「ロイ! なぁマルコ、アイツはホントにそーゆー事企めるような奴じゃ……」
「サッチ」

背を向けて歩きだしたマルコを引き止めようとするサッチを呼び止めたロイは、振り返り悲しげな顔をするサッチに首を振って「止めろ」と告げた。

「気の済むまでやらせてやれよ。それがアイツのやり方だってんなら、見守ってやんのが俺らの役目だ」
「ロイ……」
「一人くらいは必要なのさ、ああいうクソ真面目なバカ野郎がよ」

マルコが消えた船室ヘ続く扉を見つめたまま、ロイは喉を鳴らした。

「いつまでもガキじゃねェってこった。お前も負けんじゃねェぞ」
「俺だってガキじゃねェよ!」
「アレがマルコのやり方だ。徹底的に警戒していつでも排除出来るように備える。なら、お前は?」
「俺……?」
「好きなようにすりゃ良いさ。この船にゃ千六百人もいんだ、千六百通りの方法があるだろうよ」

ヒラヒラと手を振って船室へ消えていくロイに、サッチは首を傾げる事しか出来なかった。