毎日、食事を終えてサッチが食器洗いを終えてからリサの特訓は行われていた。
特訓を始めてから早一週間、漸く腹筋三十回を軽々出来るようになった――のならば良かったのだが、残念ながら出来るようになってはいない。特訓二日目には全身筋肉痛に陥り、それでも特訓を止めようとしないサッチに「鬼!」と叫び、痛みに呻きを上げながらノルマをこなした。筋肉痛は治まる事なく、それでも六日目にはその痛みにも慣れ、ほんの少しだけ余裕を持てるようになった。
「よーし、今日のノルマ終わりー。ちゃんと身体マッサージしろよ?」
「…………」
声も出せないリサは相変わらず汗だくで、それでもマントを羽織っていないから初日に比べて体力を残していた。初日、食堂でフードもマントも取り上げられたリサを見たクルー達は漸くまともに顔が見れたと笑い「その方が良いじゃねぇか!」と頭を撫でてくれた。中には未だリサを疑う者達もいたが、それでも姿を露にした事で心を許してくれたクルー達も多かった。
クルーの一人から使っていない麦わら帽子を譲り受けたリサは現在帽子を被り、首元をサッチからもらったスカーフで隠している。手は相変わらず黒い手袋をしているから奇妙な出で立ちとなっているが、サッチがクルー達に肌が弱いのだと説明してやれば疑うこともなく納得してくれた。
「肌が弱い海賊なんておかしなもんだな!」
「俺なんか焼け過ぎて真っ黒だ!」
「バカ、お前それ焦げてんだよ」
「違いねぇ!」
そう言って笑い飛ばしてくれるクルー達にリサは顔を綻ばせ、それを見て更に嬉しそうに笑うものだから、この一週間でリサの存在は半分以上のクルー達に認められ妹として可愛がられていた。
「ケッ、まだ得体の知れねぇ奴じゃねぇか」
「全くだぜ。いつ何を仕出かすか分かんねぇってのに……」
リサに聞こえるくらいの声で話すクルー達もいたが、そんなクルー達に対してサッチ達は「いつか分かってくれるさ」「気にすんな! アイツらもお前を妹と認めればデレッデレになるぞ」と笑ってリサを励ましてくれた。
それから更に一週間後、船は次の島に到着した。船を港に碇泊させるとサッチがリサの元にやって来る。
「聞いたか? ログが今日中に貯まるから、上陸すんのは一日だけなんだと。明日の朝九時に出航だ」
「うん、さっき教えてもらった。四番隊はまた仕事ナシなの?」
「おう! ロイ隊長は運が良いから滅多に当たんねぇんだよ」
「そっか。サッチは何処か行くの?」
「そうだなぁ……この間は結局ボインな姉ちゃんのトコ行けなかったしなぁ……」
「明日の出航に間に合うんなら行ってくれば?」
「でも、お前どうすんだ? 誰かと約束してるか?」
リサは首を振った。
「ううん、でも大丈夫。スカーフとバンダナだけ買いたいから島に降りるけど、買ったらすぐ船に戻ってくる」
「んじゃ、それ付き合うぜ」
「え? いいよ、一人で行くから」
「バカ、何かあったらどうすんだよ。他の海賊船もいくつか見えたらしいから、危ねぇって」
「なら、俺が一緒に行くさ」
背後から聞こえた声にリサとサッチが振り返る。そこにはロイが立っていた。
「予定も無いしな。サッチは好きに出かけて来たら良い」
「良いのか? でも、」
「それから、リサに伝えることがあったんだ」
「?」
煙草を海に放り捨て、ロイは麦わら帽子の上からリサの頭を撫でた。
「お前は今日から四番隊だ」
「え……?」
「お、マジか! よろしくなー!」
顔を綻ばせたサッチがリサの頬を抓む。それを払い落としてリサはロイを見上げた。陽の光が当たらないようにスカーフと帽子で顔を隠しながら見上げると、ロイが優しく笑った。
「お前は俺の隊の隊員。分かったか?」
「……うん、よろしくお願いします」
小さく頭を下げるとロイがリサの手を引いて歩きだした。
「さ、とっとと買い物行くぞ」
「でも……良いの?」
「暇なんだ、付き合ってくれ」
振り返って「構わないだろう?」と微笑むロイをぽかんと見つめていたリサも徐々に笑みを零し頷いた。
「うん」
ロイと共に船を下りようとタラップに向かうと、今回も船番クジを引いてしまったレイがクルー達に「ズリィ!」と叫んでいた。クルーの一人を蹴り落としたレイがリサとロイに気付いてあからさまに顔を顰めた。
「ズリィ!」
「クジ運が悪い自分を責めるんだな」
フフンと鼻で笑うロイを悔しげに睨み付け、レイがリサを見た。目が合うとリサは僅かに身体を揺らして視線を逸らした。
「…………気を付けて行って来いよ」
「…………うん」
小さく返事をすると、ロイがリサを手招きする。
「転ぶなよ?」
「大丈夫」
タラップを一段一段降りていくリサだが、とんでもない大きさを誇るモビー・ディック号のタラップはとんでもなく長い。左右に手すりなどあるはずもなく、一段一段おそるおそる降りていくリサにロイとレイは顔を見合わせて苦笑した。
「飛び降りた方が早かったな」
苦笑しながらリサの後に続いたロイが話しかけると、ビクビクと脅えながら階段を降りているリサがロイを見上げた。
「……ごめん、遅くて」
「この間はどうやって降りたんだ?」
「同じ。ただ……」
「?」
「…………結構、時間かかって……皆は『遅い』って飛び降りてっちゃった」
「あー……まぁ、そうだろうな」
喉を鳴らすとリサが少しだけ拗ねた顔をする。我慢できなくなり声を上げて笑うと、恨めしげに睨むリサの腰に腕を回した。
「な、なに」
「さ、行くぞ」
「……嫌な予感がす――ぎゃあああああぁぁぁぁぁっ!!!!!」
顔を引き攣らせるリサをしっかり抱きかかえてロイはタラップから飛び降りた。リサの、大凡女とは思えない悲鳴が響き渡る。クルー達が「何だ!?」と様子を見に来たが、リサとロイの姿を見つけると声を上げて笑い出した。
「おいリサ! お前、色気ねぇ叫び声上げんなよ!」
「何つー声出してんだよ」
上から降ってくる笑い声に返事をする事も出来ず、地面に降り立った今もリサはロイにしがみ付いて震えていた。
「大丈夫か?」
無言で左右に首を振り続けるリサに苦笑を零し、ロイは再びリサを抱き上げた。
「ほら、行くぞ」
「こ、わかっ……」
「悪かったって」
「も、いっしょ、いかな、もん」
「ハハッ、機嫌直してくれよ。何か美味いもんご馳走してやるから」
「……甘いの、たべる」
「分かった。じゃ、買い物終わったら食いに行こうな」
リサを横抱きにして歩きながらロイが言うと、ロイの首にしがみ付いたままのリサが小さく頷く。船では「何アイツら!」「ロイ隊長抜けがけ!!」「俺だってリサに抱き付かれてェ!」などという声が上がるが、誰よりも悔しげな顔をしていたのはレイだった。
「あ、レイ! やっと見付けたよい! この書類なんだが――どうしたんだよい?」
書類を片手にタラップの傍で唇を噛み締めて悔しげな顔をしているレイにマルコは首を傾げた。
「放っといてやれ、ただの嫉妬だ」
傍で様子を見ていた五番隊隊長のビスタがマルコに教えてやると、マルコは更に首を傾げた。レイの視線が船の外にあるのだと気付き身を乗り出して見ると、ロイに横抱きにされているリサの姿を見付けて顔を顰めた。
「高所恐怖症らしくてな、降りるのが遅いからってロイが担いで飛び降りたら腰を抜かしたらしい」
苦笑混じりにビスタが説明するとマルコは鼻を鳴らした。
「太陽が嫌いで高い所も嫌いで、人並み程度にも動けねェでどうやって海賊やんだよい」
「そう言ってやるな。中々頑張ってるじゃないか、少しずつ体力が付いてきたとサッチが喜んでいたぞ」
ビスタの言葉に鼻を鳴らし、ロイにしがみ付きながら控えめに笑っているリサを睨み付けてマルコは視線を逸らした。レイを振り向くと未だロイとリサを見つめていて「ズリィ……」「何でサッチとロイだけ……」「一番隊に入れたかったのに……」などとブツブツ呟いている。全くもって気に食わない。
「レイ!」
声を張り上げるとレイが驚いた様子でマルコを見た。
「あれ、マルコ? どうしたんだ?」
ついさっきやって来た事にすら気付いていなかったレイに怒りを露にしたマルコがレイを睨み付ける。
「な、何だ? 俺、何かしたか?」
「…………書類」
「は?」
「不備。確認よろしく」
レイに書類を渡したマルコが踵を返して船室へと去っていく。首を傾げて「何だ? えらく不機嫌じゃねぇか」と零すレイにビスタは苦笑を浮かべる事しか出来なかった。