04


新しい家族として白ひげ海賊団に仲間入りしたリサは、傍目には上手くやっているように思えた。けれど、白ひげは勿論、レイもマルコもサッチも各隊の隊長達も気付いていた。

「アイツ、いっつも作った顔で笑うのな」

今も甲板でクルー達と笑いながら掃除をしているリサを眺めながらサッチが呟く。船縁に腰を掛けていたレイの足元で読書をしていたマルコは、マントを羽織りフードをすっぽり被ったリサを見て僅かに顔を顰めた。フードくらい外せば良いだろうに、目深に被って顔に影を作っているリサは正面からでは口元しか見えないのだろう。

「気に食わねぇんなら何でこの船に乗ったんだか」

刺々しく呟いたマルコにレイが苦笑して空を見上げる。

「俺の所為だろうなぁ」
「リサが言ってた事、何だったんだろうな」
「『アレを持ち出したらどうなるか』ってヤツか」

本を閉じながらマルコがレイを見上げた。

「レイの食べた『秘宝』とやらは、持ち出し厳禁だったのかい?」
「まぁな」
「何だ、じゃあレイが悪いんだな」
「だから言ったろ。俺の所為だって」
「けど、実を持ち出したから何だってんだよい。ただの悪魔の実じゃねぇか」

鼻を鳴らすマルコにサッチが頷く。レイは難しい顔で頭を掻いた。

「昔っからよォ、あの実は島に隠しておくって決まりだったんだよなぁ」
「レイの故郷だったのか? ファンロン諸島」
「あぁ」
「聞いた事ねぇなぁ、そんな島」

首を傾げるサッチに「それはそうだろう」とレイは肩を竦める。

「あの島、どういう訳か外から見つけらんねぇんだよ」
「どういう意味だよい」
「そのまんま。島からは海が見えるし、近くを通った船が丸見えだっつーのに、外からは島が見えてねぇの」
「へぇ……不思議な事もあるもんだ。さすがグランドラインだな」

感心したように頷くサッチを冷めた目で見遣り、マルコはレイに問いかけた。

「『秘宝』が持ち出し厳禁だった理由は?」
「さぁ? 持ち出した時俺は十五だったし、あー……結構悪ガキでなぁ」
「だろうな」

大きく頷いたサッチの頭に拳骨を落とし、レイは頭を掻いた。日に透ける銀糸がさらりと靡く。

「アレを食べたのは次の島に着いてからだったな。食べた直後に髪が銀色になるからビビッた」
「そりゃそうだ」
「いきなり全部白髪になっちまったのかと思った。目の色まで変わっちまうし」
「アヤってのはレイの妹なんだろい?」
「あぁ、アイツと瓜二つ」

リサを顎で指すレイにサッチとマルコは再びリサを見遣る。クルー達と笑うその顔はやはり違和感のあるものだった。

「アイツ、レイに復讐しにきたとかじゃねぇよな?」
「『秘宝』を持ち出したからかい? そんだけの理由でグランドラインを一人で航海なんてしねぇだろうよい」
「つか、アイツどうやったんだろうなァ、あの夜」

大きな影がリサの仕業だというのなら、あれは一体なんだったのか。分からない事ばかりでレイはぐしゃぐしゃと頭を掻き回した。

「あー、分かんねェ」
「聞いてみりゃ良いんじゃね?」
「ありゃ簡単に教えるようなタマじゃねぇよい。そもそも、俺ァあいつを認めた訳じゃねェ。信用出来ねェ」

鼻を鳴らすマルコにサッチとレイは顔を見合わせて苦笑した。確かに、あの時の人を見下したような態度はそう簡単に受け入れられるものではない。今は上手く演じているらしいが、あの夜のリサが本物だとしたら相当性格が悪いとサッチは肩を竦めた。

「で? お前はどうすんだ?」
「別に。害があると判断すればオヤジ説得して消す。それだけだよい」
「俺の姪っ子なんだけど?」
「俺らより大事な?」

無表情で見据えてくるマルコにレイが情けなく眉を下げる。

「……難しい質問するなよなァ」
「難しくなんかねェだろい。ただ血の繋がりがあるだけじゃねェか」
「妹とは仲良かったんだよ。俺が島を出るって言った時も助けてくれた」
「けど、その娘は明らかにレイを嫌ってるみてェだよい」
「傷つくねェ」

溜息を零してレイはリサを見つめた。ふとリサがこちらを向いたので軽く手を振ってみせると、無表情のままそれを見ていたリサは僅かに目を伏せてから小さく頭を下げて顔を逸らした。

「つれねェなァ」
「だから嫌われてんだろ?」
「うっせーよサッチ」

言葉と共に拳を送れば、サッチは「何で俺だけ!」と不満げな声を上げた。

「マルコは俺の大事な大事な副隊長だから」
「差別だ! 俺が四番隊だからって差別してんだろ! ロイに言い付けるぞコンチクショー!」

自身の隊の隊長の名前を出せば、レイはハッと鼻で嘲って甲板に降り立った。

「言い付けないでください」

腰を九十度に曲げて頭を下げるレイにマルコは大きな溜息を零す。情けなくて堪らない。

「だって俺アイツ怖いんだもん! すぐ怒るんだぜ! マルコみたいなんだ!!」
「これが俺の隊長かと思うと涙が出てくるよい」
「ぶはははは!」

楽しそうに笑っているレイ達は、リサがジッと見つめていた事を知らない。




その夜、白ひげは自室でいつものようにガブガブと酒を呷っていた。数分前から部屋の前をうろちょろする気配があるのだが、中々入ってくる様子はない。その人物が誰なのか思い当たった白ひげはグラグラと笑い声を上げて「いい加減入って来やがれ」と扉に向けて声を発した。
ピタリと気配が動くのを止め、数秒後に扉が小さくノックされて開いた。

「……お邪魔します」
「他人行儀な言い方しやがって。とっとと来ねぇか」

大きな手で自身の座るベッドを叩けば、リサは僅かに逡巡した後ゆっくりと白ひげに歩み寄ってベッドに腰を下ろした。

「気付いてたんですね」
「たりめぇだ。俺に何か話があったんじゃねぇのか?」
「……聞きたい事があって」

モジモジと膝の上で組んだ手を見つめながらリサは意を決したように口を開いた。

「あの人の事、」
「レイの事か?」

小さく頷くリサに白ひげはガブガブと酒を呷って続きを促した。

「教えて欲しいんです。どんな人なのか」
「誰かに聞かねぇで直接話してくりゃ良いだろうが。テメェでアイツがどんな奴なのか見定めろ」
「……話したくないんです。赦せないから」
「そりゃあ、アイツがお前らの島から『秘宝』を奪ったのと関係あんのか?」

再び小さく頷いたリサに白ひげは「そうか」と呟いて酒瓶をベッドの下に置いた。リサの小さな頭を撫でると、リサは弾けたように顔を上げて白ひげを見つめる。驚愕に染まるリサの顔を見て声を上げて笑うと、白ひげはベッドに寝転んだ。

「俺はお前の事情ってのを知らねぇ。赦せなかろうが嫌ェだろうが、家族になったんだ。仲良くやんな」
「良いんですか?」
「あぁ?」
「得体の知れない私を家族にしてしまって」
「グラララ! どいつもこいつも似たようなモンだ。今更似たようなのが一人増えようが構いやしねぇよ。小せぇ事気にしてんじゃねぇアホンダラ」

「俺ァ寝る」と言って白ひげは目を閉じてしまった。直後に聞こえてきた鼾にリサは耳を塞ぐ。困ったような表情で白ひげを見つめていたが、やがて何も言わずに部屋を後にした。

「……おやすみなさい、お父、さん」

小さな声で紡がれた言葉に、白ひげは目を閉じながらニヤリと口端を上げ、今度こそ完全に寝入るのだった。




白ひげの部屋を後にしたリサは甲板にやって来ていた。夜空に輝く星達と、一際輝いている月を見上げて僅かに唇を噛み締める。

「………毎日笑ってるよ、楽しそうに」

遠い空に浮かぶ月に話しかけるリサの表情は悲哀に満ちていた。

「私も、笑ってるよ」

悲しみを湛えた目で月を見上げながらほんの少しだけ口端を上げたリサは、背後で聞こえた足音に勢いよく振り返った。

「…………」
「……何してんだよい」

あからさまな警戒と嫌悪感を露に見下ろしてくるマルコにリサは顔を顰める。

「貴方に関係ない」
「勝手にウロチョロしてんじゃねぇっつってんだよい」
「あら、ここは私の家でもあるのよ?どうしようと勝手でしょう?」
「俺はお前を家族だなんて認めねぇ」

ピリピリとした空気が二人を包む。

「……部屋に戻れば良いんでしょ」

横を通り過ぎたリサが船室に戻って行く。バタンと閉じられた音と遠ざかっていく足音を聞きながらマルコは顰め面のまま空を見上げた。

『私も、笑ってるよ』

今にも掻き消えてしまいそうな心細い声が耳から離れず、マルコは舌打ちをして首を擦った。一体何だと言うのか。あんな違和感満載の笑みを浮かべながら何が『笑ってる』だとマルコは鼻を鳴らす。

「家族を傷付ける奴は、俺が赦さねぇ」

リサがレイに良い感情を持っていない事だけは確かだった。何かするかもしれない。見張っていなければ。船長であり親でもある白ひげがいくら承諾しようと、リサを受け入れる事など出来るはずもない。性格が悪い上に得体が知れなくて薄気味悪い。

「追い出してやる」

この船から、もしくは――この世界から。
決意を胸に抱き、マルコは自室へと戻るのだった。