そこはグランドラインにある穏やかな気候が続く海域だった。
数時間に渡る書類整理を終えて甲板に出て来たマルコは、両腕を空に向けて身体を伸ばした。
「あー……疲れた」
空を見上げれば真っ白な雲が沢山見えるというのに、太陽は恥じらう事なく自己主張している。「あぁ、目が痛ェ」とぼやきながら強く目を瞑って目頭を軽く揉むと欠伸が出た。
「よぉ、マルコ。お疲れさん」
「レイ」
日に透けて輝く銀色の長い髪を風に靡かせながらやって来たのはマルコが所属する一番隊の隊長レイだ。書類関係の仕事を任されているマルコは副隊長で、クルー達の間では次期隊長だなんて言われているが、本人は興味がないと素っ気なく返していた。いつかはレイより強くなりたいと思っているが、隊長の座を奪いたい訳ではないのだ。マルコは現在のポジションで十分に満足していた。
「悪いな、書類」
「そう思うんならもうちょっと頑張ってくれると嬉しいよい」
書類に目を通すのもサインするのも、他の隊から回ってきた書類を纏めるのも全て副隊長であるマルコの仕事だった。レイ曰く「デスクワークなんてやったら死ぬ」らしい。これでよく一番隊隊長が務まるものだとマルコは思うが、それを口にするとレイは「いつでもマルコに譲ってやるよ」と返してくるから口にする事はしない。こうして自分がやってやれば良いだけの話なのだから。一番隊隊長という肩書きはレイにこそ合ってるとマルコは思っているし、他のクルー達も同じ思いなのだと知っていた。
「ははっ、そう言うなって。頭の良い男はモテるぞー」
「別に嬉しくねぇよい」
肩に腕を回してきたレイの手を軽く払って背を向ける。レイの事は勿論好きだが、時折こうやって叩く軽口が鬱陶しいと思うのもまた事実だった。
「よぉマルコ! 眉間に皺寄ってんぞー!」
「……うざってぇ」
突然突っ込んできて肩に腕を回したサッチに低い声を出せば、サッチは「ひっどーいマルちゃん!」などとわざとらしく叫んだ。容赦なくその腕を掴んで背負い投げをすれば、サッチは綺麗に甲板に叩きつけられて呻き声を上げる。
「レイだってやってただろー!」
「ホンットうぜぇ。リーゼント踏み潰すぞい」
「サーセンっしたあぁぁ!!」
慌てて起き上がってリーゼントを庇う仕草をするサッチに舌打ちをすると自然と溜息が零れた。レイやサッチは勿論、敵であるはずの赤髪のシャンクスも、やたらとマルコに絡んでくるのだ。どんなに辛辣な言動であしらってもめげずに絡み付いてくるのだから堪ったものではない。遠くで見てる分には構わないというのに、何故か絡んでくるのだ。そういうのを嫌ってると知っていて絡んで来るのだから、タチが悪いとマルコは顔を顰めずにはいられない。
「ったく……。あ、そうだ。レイ、この間アンタに言われた件だが――レイ?」
俺とした事が伝えなければならない事を忘れていた、と後ろにいるはずのレイを振り返ったマルコは眉を寄せた。さっきまで普通に話していたはずのレイが胸を押さえて苦しげな顔をしていたからだ。
「っ、レイ! どうしたんだよい!?」
慌てて駆け寄ってレイの前にしゃがみ込む。「何でもねぇ」と小さな声が返ってきたが、信じられるはずもない。
「医務室行くぞい! サッチ! 手ェ貸せ!」
「お、おう!」
戸惑いながらサッチが頷いて駆けてくると、マルコとサッチはレイを両側から支えて医務室へと急いだ。
医務室に辿り着いてドクターに診てもらってる間、サッチにオヤジや他の隊長達への報告を任せてマルコはレイに付き添った。だが、レイを診察したドクターの言葉はマルコを安心させるものではなかった。
「分からない?」
「あぁ、何処も異常ねぇんだ」
初老のドクターが聴診器を耳から外しながら困ったように頭をガリガリ掻いた。レイは少しだけ落ち着いてきたらしくベッドで眠っている。時折苦しげに眉を寄せて小さく呻くのに異常が無いはずがないが、このドクターが誤診するはずもないという事をマルコはよく知っている。
「じゃあどうして、」
「さぁなぁ……ただの寝不足か過労か……コイツに限ってそんな事有り得ねぇだろうけどな。取り敢えず、様子見るしかねぇってこった」
ベッドで眠るレイを残したまま、マルコはオヤジに報告するべく医務室を後にした。
ひと月後、彼らは一人の少女と出会い、驚愕の事実を知る事になる。