「タミー! 見てくれよ! でっけぇの釣ったんだ!!」
「わ、すごーい! ――じゃなくて、まーたつまみ食いしたでしょ」
「う……っ、べ、別に俺はっ、その、ち、ちょっとだけしか食ってねぇっ!」
なのにサッチが、とブツブツ文句を連ねるエースに、溜息を零したタミがキッと眉を吊り上げる。
「つまみ食いする人、嫌い!」
「………!!!」
「あ、サッチから伝言。『お前はオヤツ抜き!!』」
「……………!!!!」
「じゃ、私はオヤツ食べてくるね」
「ま、ちょ、タミッ……!!」
食堂へ向かうタミをエースが慌てて追う。
甲板に放り出された魚がビチビチと跳ねているのを横目に見ながら、俺は書類を束ねて首を回した。
腕を伸ばせば自然と大きな欠伸が一つ。何だか眠くなってきた。
「お疲れ」
「お、ありがとよい」
差し出されたコーヒーを受け取って啜るが、飲み慣れた苦味など一切ない。代わりに口の中に広がるのはとんでもない甘味だ。思わず噴き出せば、傍らに立つ女がケラケラと笑い声を上げた。
「あ、ごめん間違えた。こっちがマルコの」
そっちは私の。飄々と言ってのけるリサを見上げる目が恨みがましくなってしまうのは仕方がないだろう。
あの時、結局リサは俺たちを一発ずつしか殴らなかった。
”これ以上殴ったら負けな気がする”
そう言ったリサは、でもこれだけじゃ気が済まないから、別のことで解消させると笑った。
それがコレだ。あれから一ヶ月、時折混ざるリサの悪戯に振り回されるのは専ら俺で、最近になって徐々に悪質なものに変わっているような気がする。
タミにも最初の一週間くらいは色々と悪戯を仕掛けていたようだが、気が済んだのかそれ以降は何もしていないらしい。
「仕返しでエース取られたらどうしようってタミがぼやいてたよい」
「ちょっと。あの子の中で私ってそんな嫌な奴になってるわけ?」
「お前がエースにちょっかい出してタミ揶揄ってたからだろい」
タミのエースへの想いを見抜いていたからか、単に他の悪戯が浮かばなかったからか。
食事の時にはエースの頬についた米粒を口で取ってやったり、襲撃があればよく頑張ったねとエースの額にキスをしたり。そのたびに真っ赤になるエースを見てタミが真っ青になるのを可愛いと笑っていたが、正直あれはかなり悪質だと思う。口に出せばお前が言うなとあちこちから批難されるから言わないが。
けれどタミへの悪戯はほんの一週間ほどで気が済んだらしく、今はエースにするのと同じようにタミにもキスをしてやったり頭を撫でてやったりと、少々スキンシップが激しい姉の位置に収まっている。
「タミはマルコに惚れて告白しただけだもんね。誰かさんはあっさり鞍替えしてくれたけど」
「…………」
「まぁ、取られた私にも責任があるだろうし。気が済んだと言えば済んだんだけどね」
それはそうだろう。心の内でひっそり相槌を打った。
この一ヶ月間、毎日毎時間といえるほどに悪戯を仕掛けられてきたのだ。
コーヒーには塩や砂糖を入れられ、洗濯に出した腰布にはレースをつけられ、寝てる間に後頭部に落書きをされ。酷い時には洗濯に出したズボンやパンツの股間部分の糸を切られたこともある。おかげでしゃがんだ時にパンツが丸見えになったという最低な思い出も作らせてもらった。
パンツだけは別のものを穿いていたおかげで、尻が丸出しにならずに済んだのは不幸中の幸いだ。そんなことになっていたら俺は確実に入水自殺していたに違いない。
そんな悪戯だけでは飽き足らず、毎晩のように俺の部屋にやって来てはちょっかいを出すくせに、肝心なところで「じゃあお休み」と部屋に戻ってしまうものだから、リサが帰った後は涙を飲みながらとんでもなく虚しい時間を過ごす日々だ。
気が済んだのならもう終わりにしてはくれないだろうか。俺に非があるのだから口に出すことは出来ないが、ここ最近悪質の一途を辿る悪戯には正直かなり参っている。
そんな俺の視線に気付いたのか、リサはにんまりと口端を吊り上げて言った。
「マルコを困らせるのが楽しくって」
「…………そうかい」
鏡を見るたびに俺の顔がやつれていっている気がするのは気の所為じゃない。
今朝も廊下で会ったドクターに「大変だなお前も」と同情されてしまったほどだ。
「まぁ、愛情表現ってことで」
笑うリサに、俺はがっくりと項垂れた。
そこまでの愛は望んでない
「あ、一応言っておくけど、ズボンとかパンツに穴開けたのは私じゃないからね」
「は?」
「私の仕業にして皆が色々と仕掛けてるみたいだけど、私がしたのなんてコーヒーに砂糖入れたり夜ちょっかいかけるくらいだし」
「………!!!」
勢いよく立ち上がって船尾へと向かえば、今まさに俺の腰布に何かを縫いつけている兄弟たちの姿を発見した。
「テメェら……!!」
「やべぇっ!」
「見つかった!」
「逃げろおおぉぉぉっ!!」
「逃がさねぇよい!!!!」
そこから始まる命懸けの鬼ごっこ。
気が済むまでそいつらにお仕置き――という名のストレス解消――をした俺は、部屋に戻った時に見つけた『あと半年禁欲したら許してあげる』という書き置きを読み、盛大に机に頭突きした。