10


大丈夫だと思っていた。
もう乗り越えたと、そう思っていた。

「ころして」

私は、ちっとも成長してなんかいなかった。




五年前、船を下りてからは無気力な日々が続いていた。
歩くたびに色々な物にぶつかって、蹴躓いて。ストレスばかりが溜まり、何もする気が起きなくなってしまった。
どうせ見えないのだから。思うとおりに歩くことすら出来ないのだから。
言い訳をしてベッドに寝転がって、ただひたすらに生命を消費していく日々。

早く死にたい。そう思っていた。

惚れた男に裏切られて、大切に思っていた妹に裏切られて。
二人への憎しみだけを募らせて、見えない左目に焦燥感を覚えて、ただただ、時が過ぎていくのをまるで人事のように眺めていた。

”おはなつんできたの! あげる!”

ただの好奇心だったのだろう。
片目を失った女が住み着いた家から一歩も出てこないということは、あの町でさぞかし噂になっていただろうから。向かいの家に住む小さな女の子がひょっこりと私の前に姿を現した。
摘んできた花をくれたり、散歩に連れ出してくれたり。
穢れを知らない小さな女の子は、穢い私には眩しすぎて、温かすぎた。自分の醜さを痛感させられて、それでも拒絶出来なかったのは、孤独であることへの恐怖と悲しみを抱いていた私の弱い心の所為。

シェリーという名の小さな女の子は、ただ無気力に日々を過ごしていただけの私に、その小さくて綺麗な手を差し伸べてくれた。

”ころんだら、シェリーがたすけてあげる!”

十にも満たない小さな女の子に、心を救われた。

少しずつ新しい家に慣れていって、家の外にも出るようになって。
町の人たちは温かく私を受け入れてくれた。困っていればいつだって誰かが助けてくれた。
それはまるで、船にいた時と同じようで。

あの町にいたのは一年半ほどだろうか。
マルコが訪れたという頃は、まだ無気力にベッドにしがみついていた頃だった。私は確かにあの町にいた。それでも会わなかったということは、町の人たちが私の為に計らってくれたのかもしれない。

シェリーの屈託ない笑顔に、どれほど癒されたか。
町の人たちの暖かさに、どれほど救われたか。

”何年でも待っててやる。必ず帰ってこい”

お前の家はここだ。そう言ってくれたオヤジに応える為に修行の旅に出た。
いつだって独りで、ただひたすらに修行した。
時には海兵と、時には海賊と、時には山賊や人攫いたちとも戦った。
戦って、死にかけて、それでも何とか生き延びて、戦って、戦って、戦って。

気が付くと下船から五年経っていた。

シェリーが恋しかった。
あの町が恋しかった。
船が恋しかった。

独りは、寂しかった。

オヤジの傘下に下りたいというシェイドたちに出会って、打ち解けて。
そして船に戻って来た。

大丈夫だと思っていた。
もう乗り越えたと思っていた。
マルコを見ても何とも思わないと思っていた。
タミを見ても何とも思わないと思っていた。

自分の浅はかさに、吐き気がした。

私を見て泣きそうに顔を歪めた二人は、きっと私が気付いていたことを知ったのだろう。
どうやって知ったのか、そんなことはどうだっていい。
あの二人は気付いて、苦しんで、苦しんで、ただひたすらに逃げていた。

まるで、あの頃の私じゃないか。
逃げて、逃げて、逃げて、ひたすら逃げて。

どうして。
こんなにも周りに人がいたくせに。
どうして。
助けてくれる人は沢山いたくせに。
まるで、私に『合わせる』かのように自分たちだけで抱え込んで苦しんでいた。

そのことに怒りを覚えた。
二人の考えることなんて、手に取るように分かるのに。
卑屈になっている自分に嫌気がさして。

”どうして欲しいの”

五年ぶりのキスに、まだ自分がマルコを想ってることを思い知らされた。
大嫌いなはずなのに。憎いはずなのに。
それでも想っている馬鹿な自分に失望した。

タミのことだってそうだ。
タミがエースを想ってることなんて一目で分かったのに、受け入れていない理由を察して、笑った。
家族の幸せを願えない私に、この船にいる資格なんてあるのだろうか?




「すきだよ」

マルコも、タミも。
すきで、すきで、すきで、だいきらい。

泣きじゃくり謝るタミを抱きしめて頭を撫でてやれば、声を上げて泣き出したタミが私に縋り付いてくる。
きらいで、きらいで、きらいで、だいすきな妹が。

「ごめんね」

優しいお姉ちゃんでいてあげたかった。タミを大好きなお姉ちゃんでいてあげたかった。
もういいんだよ。もう気にしてない。昔の話なんだから。
そう言って笑ってあげたかった。心からそう言ってあげられるようになりたかった。

すきで、すきで、すきで、すきで、だいきらい。
そんな矛盾を抱える私なんて、消えた方がいいに決まってる。