08


マルコとリサがキスをしていた。

そんな噂が耳に入ってきたのは、リサと再会した次の日の朝だった。

廊下で抱き合ってキスをしていた。
目撃したらしい二番隊のクルーが教えてくれたそれに、私は酷く安堵した。

嬉しかった。嬉しくて堪らなかった。
マルコと、リサが。キスをしていた。
それはつまり、二人が再び付き合うことになったということなのだと思ったから。

それはつまり、五年前のことを彼女が許したのだと、そう思ったから。

あぁ、良かった。良かった。
何年もの間、胸に仕えていたものが漸く取れたような気がして。
自分はただ逃げていただけだというのに、問題は解決していて。

あぁ、良かった。良かった。

再びこの船で暮らすことになった姉と、また仲良く出来るのだと思うと嬉しくて。

「エース、おはよっ!」
「おう! タミ、何かいいことでもあったのか?」
「ふふっ、ちょっとね」

嬉しくて。
嬉しくて。
嬉しくて堪らなくて。

上機嫌なままに朝食を摂っていると、入口の方が騒ぎ出した。
ピーピーと指笛を吹かれながら食堂に入って来たのはマルコで、何事かと目を丸くしている。

「リサとキスしてたんだって?」
「五年ぶりに再会して、もうヨリ戻しちまったのかよ!」
「おーおー、お熱いこって!」

ゲラゲラと笑うクルーたちの真ん中で、マルコは頭を掻きながら困ったように笑った。

「へぇ、マルコとリサって付き合ってたのか」

知らなかった。口の中いっぱいにご飯を詰めて驚くエースの言葉に心臓が跳ねた。

言えるわけない。
私が二人の仲を壊したなんて。
言えるわけない。
私の所為でリサが船を下りる羽目になったなんて。

「――これ、すっごく美味しい!」
「な! これもこれも美味ェぞ!」

逸らした話題に飛び付いてくれたエースに安堵して視線をずらせば、離れた所に座るマルコがご飯を食べてるのが見えた。
リサとキスをしていた。それはつまり、リサとヨリを戻したということだ。
それなのに、マルコの横顔はどこか冴えない。

「………?」

その理由を深く考えないまま残りのご飯を口に運んだ。
そのことを数時間後に後悔することになるなんて、予想だにしていなかった。

考え足らずだったことを、五年前も後悔したはずなのに。




夕暮れ時、一人欄干に寄りかかって水平線を眺めるリサに声をかけた。
昔のことなどなかったかのように変わらず優しく笑ってくれたリサに安堵して、他愛ない話をして。

安心しきっていた。
浮かれていた。
嬉しくて。楽しくて。

だから、深く考えることもせずに謝罪の言葉を口にした。

あの時はごめんなさい。
私、リサを裏切ってた。ずっと、マルコが好きだったの。
でも、嫌われるのが怖くて言えなかった。
リサが気付いていたことにも気付かないで、ずっと酷いことしてた。
本当にごめんなさい。

許してくれたのだと思っていた。
過去の過ちを許して、その上でこうして話してくれているのだと。

「忘れちゃったよ」

あの頃と変わらない笑顔でリサはそう言った。
優しくて、温かくて。
けれど、だからこそ違和感を覚えた。

まるで何もなかったかのように笑うリサに恐怖した。
まるで何も覚えていないかのように笑うリサに身体が震えた。

「――、ぁ、の……」
「ん?」

どした?笑うリサに恐怖を覚えた。

何も変わっていない。それは喜ぶべきことなのに。
何も変わっていない。それが酷く恐ろしいことに思えてならなかった。

「、マルコ、と……付き合ってる、の?」

掠れた声で尋ねれば、目を丸くしたリサは声を上げて笑って。

そして言った。

「ただの兄妹だよ」
「キス、したのに……?」

答えず微笑むリサに涙が滲んだ。

私はバカだ。

何も変わっていないだなんて。
良かった、だなんて。

背後から聞こえた足音と気配に振り返れば、誰かがそこに立っていた。
オレンジ色の夕陽を背に立つその人の顔は見えないけど、そのシルエットで誰なのかはすぐに分かる。

「、マルコ」

呟きは声にならなかった。

「タミは変わらないね」

聞こえた声にハッとして振り向けば、今にも泣きそうな顔でリサが笑っている。

どうして?
分からない自分が悔しくて。
どうして?
分かろうとしなかった自分に怒りを覚えた。

何も変わってはいない。
何も変わってはいない。

私たちは、五年前のあの時から一歩も前に進んではいないのだ。