06


避けられない。エースの蹴りが決まる。そう思った。

「、」
「な……っ、」

驚いたリサとエースの顔が見える。
隣には、いつの間にか空いたスペース。ついさっきまで、ここにいたはずなのに。

「何すんだよマルコ!」

不満げなエースの蹴りを止めるマルコを、リサはまだ呆然と見ていて。

「もう十分だろうが」
「どこが! 俺まだ全然やり返せてねぇのに!」
「能力使った時点でお前の負けだよい」

喚くエースに何でもないように言い返して。
マルコが、リサを振り返った。

「……立てるかい」

差し出した手が不安げに震えているように見えたのは、きっと勘違いじゃない。
感情の読めない表情で頷いてマルコの手を取ったリサは、やっぱり五年前とはどこか違うんだと理解した。理解せざるを得なかった。
マルコもそう思ってるんだろう。立ち上がった直後「シェイド!」と叫びながらサッチたちの方へ駆けていくリサの背を見つめるマルコは、複雑そうな顔をしていた。

「どうしようもねぇな、アイツは」
「アイツらの間違いだろ」

イゾウ君とドクターの話し声が聞こえたけど、振り返ることなんか出来ない。
アイツら。その中にはリサのことが含まれているんだろうか。それとも私だろうか?
どちらにせよ、もう逃げられない。
五年間逃げ続けてきた私とマルコは、今度こそリサと向き合わなきゃいけないのだから。

向き合うことを許してくれない。そんな可能性を、私はこれっぽっちも考えていなかった。





「四皇白ひげ。俺たちを、この船の傘下に加えてくれ」

リサと共に挑んできた海賊たちの船長はそう言った。
オヤジ様はグラグラと楽しそうに笑い、それからリサへと視線を映した。

「お前が連れて来たんだ、信じていいんだろうよ」
「後悔しても知らないよ? コイツら、遠慮も容赦も無いんだから」
「テメェにだけは言われたくねぇよ!!」

海賊たちの声が重なる。
褒め言葉でも何でもないそれにリサは楽しそうに笑って、海賊たちも笑って。オヤジ様も笑って。

「良いだろう、気に入った。今この瞬間から、お前たちも俺の息子だ!」

沢山の歓声が広がる。
あぁ良かった!安堵して笑う船長――シェイドに、隣に立つリサが良かったねーと笑い返して。
やたら仲の良い二人に、もしかしてなんて邪推する私は本当に最低だと思う。

リサにはもう新しい相手がいて。
だから、あの頃のことは水に流してくれるんじゃないか、とか。
勝手なことを考える自分に吐き気がして、苦しくなって。
無意識に共犯者であるマルコを探せば、マルコはオヤジ様と話し込んでいた。きっとこれからの事とかを話しているんだろう。
仕事がない私はただただ、遠くから楽しそうに笑うリサを見つめることしか出来なかった。

どうやら、シェイドたちは宴の為に沢山の食糧を仕入れてきてくれたらしい。
食糧難な私たちにとっては渡りに船だ。誰よりも喜んだのはサッチで、傍らで同じようにはしゃぐエースに対して誰よりも怒ったのもサッチだ。

「いやぁ、オヤジが許してくれて良かったよね!」
「まったくだ! そうじゃねぇと食糧が腐っちまうとこだった」

笑うリサとシェイドに、そう言えばどうやってこの船に来たんだ?ってエースが聞き返す。

「五年前に船下りる時にもらったの。オヤジのビブルカード」

ほら。ポケットから取り出したそれに、ズリィ!!とエースが叫んだ。

「ん? つーかよ、お前何で船下りたんだ?」

首を傾げるエースに思わず息を呑んだ私とは違って、問われたリサはヘラリと笑って自分の眼帯を指した。

「これ。油断しちゃって」
「へぇー……けど、さっきは普通に戦えてたもんな。スゲェな、アンタ!」

感心したようなエースの言葉にリサはきょとんと目を丸くして。
その目を優しく細めて嬉しそうにはにかんだ。

「いやー、五年もかかっちゃったけどね」
「何だよそのくらい! ちゃんと戻って来れたんだから、時間なんて関係ねぇだろ?」
「、あははっ! 何この子めちゃくちゃいい子!!」

こっちおいで! ぎゅーしたげるっ!
わっ、何すんだよ! 止めろって――ちょっ、わああぁっ! ちょ、おまっ、む、むねっ! 当たってる!

頭を抱え込まれる形になったエースが、真っ赤な顔で必死にリサから逃げようとしている。

「おやぁ? エース君は初心ですねぇ」
「っ、う、うるせぇっ!」
「やー、可愛い可愛い! ほらほら、お姉ちゃんがぎゅーしたげるよー!」
「いいいいらねぇっ! 胸押し付けてくんじゃねぇよ気持ち悪ぃな!」
「失礼な。押し付けようと思って押し付けたんじゃありませんー! やーい、ガキガキー!」
「んだとコノヤロー!!」

完全に遊ばれてる。
玩具になってることに気付いているのかいないのか。エースは真っ赤な顔でリサに食ってかかっては掴まりそうになって逃げている。
それを皆は声を上げて笑いながら眺めてて。

何でだろう。私だけが、笑えない。

「っ、タミ! 助けてくれよ!」
「へ?」

突然の救助要請に間抜けな声を上げれば、必死な顔のエースがタミに向かって手を伸ばしていた。

「俺っ、コイツ苦手だ!」
「うっわー、失礼な奴だなコイツ。仲良くなろうとするお姉ちゃんの捨て身の努力を棒に振る気か? ウラウラ!」
「ぶっ、お、俺でからかってるだけだろっ!」
「まぁ、それが八割であることは否定しない」

だってさ、こんなに純情な子見つけたら揶揄いたくなるよねぇ?
リサが近くにいたイゾウ君に問いかければ、イゾウ君はあっさり頷く。

「けど、そういうのは警戒が解けた頃にやるから良いんだよ。まずは警戒されないように近付く所から始めるべきだ」
「イイイゾウ!? お前もかっ!」

イイ奴だと思ってたのに!バカヤローッ!!
涙目で叫ぶエースにリサとイゾウが声を上げて笑って。

「タミッ! たたた助けてくれっ!」

・……行っても、いい、のかな。
私に、その資格はある?
あの中に混ざる資格、私にある?

「こーら、タミ。可愛い可愛い弟が助けてって言ってんだから、傍観者決め込まずに助けてやんなさい」

めっ。あの頃とちっとも変わらないリサに困惑して。安堵して。嬉しくなって。

「――しょうがないなぁ」

ホッと安堵の表情を浮かべてふにゃりと表情を崩したエースの所に行って。

「誰かペン持ってる?」
「タミイイィィっ!!?」

ヒデェ!お前もかよ!!
叫ぶエースに笑って。

「嘘嘘。だいじょーぶだよ、本気で嫌がってたら止めてくれるから」
「俺もう十分嫌がってる!!」
「んー、エース見てるとつい虐めたくなるんだよねぇ。私の周りってこういう純情な子そうそういないから」

うりうりー。頬擦りをするリサにエースは真っ赤になって狼狽えて。
それから私の視線に気付いてハッとしてリサを撥ね付ける。

「おおお、俺は! タミ一筋だっ!!」
「ん? あ、何だ。そういう関係?」
「そう! そういう関係!!」
「嘘つかないの! 違うでしょ!」
「そういう関係……になる予定だ!」

ちぇ、と拗ねるエースを無視する。
リサは「へぇー」とか「ほほー」とか楽しそうに相槌を打っているけど、その顔を見ることなんか出来ない。

「成就するといいね」

ダメだったらおねーちゃんが自棄酒に付き合ってやるから。ドンとぶつかっておいで。
さっきまでのふざけた態度が嘘のように、優しい声音で話すリサにエースも動揺を隠せないらしい。

「お、おう……どうも、えーと………」
「リサでいいよ。よろしくね、エース」

テンガロンハットを剥ぎ取って、クセのある黒髪をぐしゃぐしゃと撫でるリサのその笑顔は、五年前とちっとも変わってない。

”よろしくね、タミ”

あの頃と全く同じ顔で、同じ声で、同じ目で。
エースはリサに受け入れられた。

なら、今の私は?
怖くて、リサの目を見ることなんか出来るはずもなかった。