五年。
言葉にしてしまえばたった三文字のその時間は、実際にはとても長くて、苦しい時間だった。
”なぁ……俺は、お前らが憎くて仕方ねェ……!!”
五年前、ドクターに言われた言葉は忘れられない。
あの後ドクターは船を下りるとオヤジに言いに行ったらしいが、説得されたのか今も船にいる。それでも、やはり俺らの間には小さな蟠りが存在している。どんなに互いが普通を装っていても、見えない壁のようなものが生まれてしまっている。
当然だ。それだけのことを、俺たちはしてしまったのだから。
あんなに好きだと思っていたタミと別れたのはそれからすぐのことだった。
どちらが言い出したのかも覚えていない。ただ、耐えられなくなった。逃げだと分かっていても、俺も、タミも逃げる以外の選択をすることが出来なかった。
自分の弱さに更に苦しんで。
今頃どうしているのだろうとリサを思って、更に苦しんで。
五年間、そうして生きてきた。
もう一生会うことが出来ないのではないかと思っていたリサが、いる。
あそこに。すぐ近くに。
「リサ……? って、誰だ?」
リサに飛ばされて甲板に戻って来たエースが首を傾げる。
「姉貴だよ。お前のな」
煙管を片手に答えるイゾウの声はオヤジと同じくらい嬉しそうだ。
「へぇ……って、何だよそれ! 何で姉貴に蹴り飛ばされなきゃなんねぇんだよ!?」
眉を吊り上げたエースが「おい、アンタ!」とリサを指差す。
「俺らの家族なんだろ!? 何で敵船にいんだよ! 痛かったんだぞ!!」
「だって、食糧取られたら次の島まで保たないじゃんか」
バカだねぇ。笑うリサにエースは更に眉を吊り上げて。
「バカじゃねぇ!! 何だよアイツ! 腹立つ! オヤジ! アレが本当に家族なのか!?」
敵船にいんだぞ!?喚くエースにオヤジはただグラグラ笑って頷いた。
「漸く顔を見せたかと思えば、面白ェことになってんじゃねぇか」
「ごめんね、オヤジ。次の島まで乗せてもらう代わりに、お手伝いすることになってんの」
だから。言葉を切ったリサが近くにいた奴を蹴り飛ばす。
俺たちの、家族を。リサの、兄弟を。
波飛沫を上げて海に落ちた兄弟を見ることもなく、リサはニヤリと口端を上げて剣を構えた。
「取り敢えず、やれるとこまでやってみるよ」
「野郎共!! リサに遅れを取るんじゃねぇぞ!!」
船長の言葉にクルーたちが雄叫びを返して。士気が上がった海賊たちは、今までの一方的な攻防が嘘のようにサッチたちに食らいついていった。
「わっ、と! ったくよォ!! リサ! テメェ恨むかんな!!」
「サッチ、相変わらずだっさい頭してんだねー」
あはは! だっさい!
うっせぇ!! こりゃ俺のポリシーだコノ野郎! 泣くぞバカッ!!
一方的な口撃に涙を滲ませながらも、サッチが襲い来る船長の攻撃に隙を見せることはない。
「ちくしょー! もっかい行くからな! 待ってろお前!!」
「んんっ?」
敵船に飛び込むエースにニヤリと口端を上げたリサは、その手にある剣を鞘に収めてエースを迎え撃った。
「何だよ、使わねぇのか?」
「斬ったら死んじゃうじゃん」
「俺は死なねぇ!!」
叫びながら地を蹴ったエースの攻撃を紙一重でするりと避け、的確に蹴りを叩き込むリサ。
武装色の覇気は実体を持たないエースをいとも簡単に蹴り飛ばし、ダメージを与えている。
「ほぉ……すっかり慣れたみてぇだな」
誰かから連絡を受けたのだろう。いつの間にか甲板にやって来ていたドクターが、目を細めてリサを見つめていた。
繰り出されるエースの攻撃を全て紙一重でするりと躱すリサの動きに、ぎこちなさはない。五年前のあの時は一人で歩くことさえままならなかったというのに。
それだけの努力をしてきたのだろう。
たった一人で、五年もの間。
そしてリサは今、再び俺たちの前にいる。
敵、として。
「…………、」
リサ。五年ぶりに口にしようとした名前は、声にならなかった。
代わりにこみ上げてくるのは、息が苦しくなるほどの罪悪感。目頭が熱くなって、鼻の奥がツンとするのを感じる。泣くな、情けねぇ。俺に泣く資格などありはしない。
必死に自分に言い聞かせながら、拳を強く握りしめてエースとリサへ視線を戻した。
剣を使わないリサに遠慮してか、エースも能力を殆ど使わずに体術だけで戦っている。どちらに分があるのか、それは見てる全員が分かる。
「アイツ、あんなに強かったっけ?」
そう呟いたのは誰だろうか。
けど、おそらく誰もがそいつと同じことを考えていただろう。
五年前だって決して弱くはなかった。けど、ずば抜けて強いわけでもなかった。
女海賊としては強い方だっただろうが、この船の中で順位分けをするのなら、丁度真ん中らへんだっただろうと思う。
まだ荒削りな部分があるとはいえ、エースは隊長だ。
そして、そのエースを翻弄出来るほどの力を、リサは持っていなかったはずだ。
だとしたら。
「この五年で強くなったんだろうよ」
頑張るねぇ、アイツも。煙を吐き出したイゾウが笑う。
「アイツ、無茶ばっかしてたんじゃねぇだろうな」
僅かに眉を寄せたドクターが溜息を零す。
俺は。
俺は、何も言えなかった。
「あーっ! クソ! ちょろちょろすんな!」
「パワーが足りない分はスピードで補わないとね。それにしても……君、確か隊長でしょ? いいの? その程度で」
「っ、るせぇ!!!」
分かりやすいリサの挑発にエースがブチ切れた。
全身から炎を立ち上らせてリサを睨み付けるエースに、リサは楽しげに唇を舐めて。
「火拳!!!」
「、うわっ!」
間一髪のところで炎を避けたリサに、間髪入れずにエースが次の攻撃を仕掛ける。
体術だけならまだしも、能力を使われてはリサは逃げるしかない。攻撃の範囲が広いというのはエースの能力の利点の一つだろう。防戦一方になってしまったリサが忌々しげに舌を打って、一気に地を蹴った。
リサの蹴りをエースの右腕が受け止めて。
炎を纏ったエースの拳を間一髪で避けて。
服の端や髪の先が焦げることなど意に介さず、リサは楽しそうに戦っている。
「ぐあ……っ!!」
離れたところでサッチと戦っていた船長が海に落ちていくのが見えた。
リサにも声が聞こえたのだろう。
「シェイド……!!」
焦ったような声。エースへ向けられていたリサの意識は全てそちらへ向かっていて。
「もらったァ!!」
「、」
渾身の蹴りを繰り出そうとしていたエースに気づくが、もう遅い。
鈍い音が上がった。