04


拗ねたような背中でオヤジ様のマークが笑っているのが見える。
トレードマークのテンガロンハットを目深に被って釣り糸を垂らすエースの元に近寄れば、気配に気付いたのか振り返ったエースが唇を尖らせてそっぽを向いた。

「何その顔」
「どーせ、マルコに言われて来たんだろ」

おぉ、鋭い。笑って言えば、ちぇ。エースが完全に拗ねた。

「お前、いつだってマルコの言うことは聞くんだよな」
「そりゃ、隊長だし」
「俺だって隊長だろ」
「他の隊のね」

フンッ!更に拗ねたエースが海面へと視線を落とす。釣れねぇなぁ。釣れないねぇ。拗ねたくせに普通に話してくれるエースは不思議な人だと思う。

「『盗み食いする人は大嫌い』」
「!!」
「――って言えってマルコに言われた」
「あの野郎……!」

ちょっと焦ったじゃねぇか!噴き出る汗を拭うエースに「まぁ、何事にも限度があるよね」と釘を刺して。

「あんまりサッチを怒らせちゃダメだよ。おやつ作ってくれなくなっちゃう」
「おやつの為かよ」
「その内、エースを餌にして海王類を釣るなんて言い出すかもね」
「さー、頑張って釣るぞー!」

よっし、俺頑張るぞー!!
汗をダラダラ流しながら釣り針に新しい餌を引っ掛けるエースに声を上げて笑う。

「エースは可愛いよね」
「可愛いのはタミだろ」

可愛いは男に使うもんじゃねぇよ。唇を尖らせるエースにまた笑って。

「そういうこと、サラッと言えちゃうエースの将来が心配だよ私は」
「タミがもらってくれりゃ何の問題もねぇだろ」

ニカッと笑うエースの頭に乗ったテンガロンハットをぐっと押して。

「生意気」
「わっ、何すんだよ! 前見えねぇだろ!」

釣竿を放り出して慌てるエースにまた笑って。

「ったく……タミって実は悪戯好きだよな」

俺より歳上のくせに。ブツブツ文句を言うエース。

”もー、タミってば悪戯ばっかするんだから”

不意に甦ったのは、五年前に船を下りたあの人の笑った顔。
乗船したばかりの頃から私を可愛がってくれていた、優しい優しい姉だった。
同性ということもあってすぐにあの人に懐いた私は、いつだってあの人に構って欲しくて。悪戯ばっかりして。
あの人もそれを許してくれて。いつだって笑顔で、頭を撫でてくれて。

「   」
「ん? 何か言ったか?」

首を傾げるエースに何でもないと笑う。

腕の痛みに顔を歪めて、駆け付けてくれたマルコの腕に安堵して。
敵に左目を奪われたあの人の姿が、網膜に焼き付いた。

「どーしたんだよ、元気ねぇな」

年下のくせにぐしゃぐしゃと頭を撫でて覗き込んでくるエースに何でもないと笑って。

「大丈夫だよ、ちょっと……思い出に浸ってただけ」

辛くて苦しくて、ひたすらに苦いだけの思い出に。
エースは眉を下げて心配そうに私を見て、けど何も言わずに釣りを再開した。
何も聞かないでくれているのは、エースなりの優しさなんだろう。それが嬉しくて、私はまた笑った。

カンカンカンカン!!
突如、敵襲を告げる鐘の音が鳴り響いた。
即座に立ち上がって、見張り番が叫ぶ方角に目を向ければ、一隻の海賊船がこちらに向かって砲弾を打ち込んできた。

「敵襲か!」

そりゃありがてぇ!釣竿を回収したエースが笑って叫ぶ。

「食糧ありったけもらうぞ!」
「あ、それで盗み食いの分をチャラにしてもらうつもりでしょ」
「ヘヘッ、日頃の運が良いからだな!」
「海賊が何言ってんだか」

調子の良いエースに肩を竦めて、甲板に出て来たマルコを振り返る。

「今日は何番隊だっけ?」
「俺! 俺! マルコ! 俺が行く!」
「――ったく……調子の良い奴だよい、お前は」

エースの魂胆を即座に見抜いたマルコが呆れたように笑って。
四番隊を率いて甲板に出て来たサッチを止める。

「エースが行くんだとよい」
「あァ!? 俺らの番だろうが!」
「食糧かっぱらって来るから、盗み食いチャラにしてくれだと」
「バカ言え! こっちだってなァ、どっかのクソガキのおかげでストレス溜まりまくってんだよ!!」
「あー分かった分かった。じゃあほら、エース。お前は食糧担当だよい。暴れんのは程々にな」

じゃねぇとサッチを敵に回すぞい。マルコの言葉にエースは大きく頷いて準備運動を始めた。
武器を手にして笑うサッチたちは早く戦いたくてウズウズしている。

「あーあ、今日の敵は可哀想」

サッチの八つ当たりの相手になっちゃって。呟いた私にマルコも頷いて。

「旗印見えるか? どこのモンだ?」
「ありゃルーキーだな。確か手配書が来てただろ」

手配書のファイルを手にやって来たクルーからファイルを受け取って、マルコは「へぇ」と感心したように口端を上げた。

「船長が二億三千万。他にも一億超えのクルーがいるってよい」
「わぉ」
「ストレス発散には持ってこいじゃねぇか」

傍らにやって来たイゾウ君がくつくつ笑う。

「うわー、ホンット可哀想」
「その割には笑ってるじゃねぇか」

指摘されて私も笑って。

「今日は宴だな!」
「酒と食糧がたっぷり積んでありゃァな」

どうか沢山積んでありますように!

いつの間にかストライカーで出撃しちゃったエースに続いて、サッチたちも敵船に飛び込んで行ってしまった。一気に煩くなる敵船の甲板。近くの敵を蹴り飛ばしたエースが船室に駆け込んでいくのが見えた。

「頑張れー!!」

大きな声で声援を送り、それはそれは楽しそうに敵と刃を交えるサッチたちを眺める。

「こりゃ長引きそうだな」

遊んでいるようにしか見えないサッチたちを見ながらイゾウ君が呟いたその時。
大きな音を立てて、船室の壁に穴が空いた。欄干すらぶち抜いてこっちの船に飛んでくるアレは――。

「エース!!?」
「ってぇ!!」

甲板に落ちたエースがお尻と帽子を押さえながら起き上がって、擦り傷だらけの身体に顔を顰めた。

「ったく、何だアイツ!」
「何だ、船長は中にいたのか?」
「いや? ほら、船長はあそこでサッチと戦ってんだろ」

誰かの言葉に視線を向ければ、確かに。手配書と同じ顔がサッチと戦っていた。

「エースをぶっ飛ばせる奴がいたのか」

そりゃスゲェ。大したもんだ。暢気に笑う皆に溜息をついてエースに近寄ろうとしたその時、ブラブラと手足を振ったエースが敵船を睨み付けた。

「アイツだ!!」

エースの視線を皆が追う。
私もその視線を追うと、穴の空いた船室から人影が現れた。

「、ぇ……」

隣に立つマルコが声を漏らしたけど、私の耳には入らなかった。

「くぉぉら!! テメェ、俺の船ぶっ壊すんじゃねぇよ!!」
「あーごめんごめん」

目を見開いて怒鳴る敵の船長に片手を挙げてヘラヘラ笑って謝るその姿。
サッチや、他の皆も驚いている。かろうじて敵の攻撃を避けてはいるものの、攻撃を仕掛けることが出来ていない。

「女?」
「へぇ、女がいたのか」

エースと一緒に船に乗った二番隊のクルーたちがそんなことを話していたけど、それも私の耳には入らない。
左目に眼帯。変わらないその笑顔。

「グララララ!! 漸く姿を見せやがったか! なぁ、リサ!!」

いつの間にか甲板にやって来ていたオヤジ様が、嬉しそうに笑っている。
こんなに嬉しそうに笑うのを見るのは、いつぶりだろうか。

「久しぶり、オヤジ」

五年ぶりに現れた『あの人』――リサは、私たちの敵としてそこに立っていた。