その後 03


「はァ? 迷子?」

マルコは盛大に顔を顰めた。
サッチとエースがリサ、キキョウ、アイリスの三人を連れて島に降りたのはほんの一時間ほど前のことだ。初めて訪れる島に興味津々なのは双子だけではなく、船を降りる時のリサは何処か嬉しそうだったように見えた。
ログが貯まるまで数日かかるらしいし、ここ最近ずっと頭痛と倦怠感に襲われていた所為で未だ体調が万全ではない。買い出しも船番も別の隊の役割だから、今日くらいはゆっくり寝ていようと考え、一緒に行こうというサッチの誘いを断ったのだ。意気揚々と船を降りていく五人を見送ってからほんの一時間。サッチとエースがそれぞれ脇にアイリスとキキョウを抱え、息を切らして戻って来たことにマルコは溜息すら出せなかった。

「そもそも、何で俺のトコに来るんだよい」
「一緒に探してもらおうと思って」
「ガキじゃねぇんだ、戻って来れるだろい」

まだ眠いんだ。サッチ達に背を向けて目を閉じると、わめき出すサッチとエース。空から探してくれだの、初めての島なんだから怖いだろ、だの、変な奴らに絡まれたらどうするんだ、だの。すっかりリサを家族として受け入れているらしいこの二人は、マルコの葛藤など露ほども知らないのだろう。

「あの……お願いします、」
「お姉ちゃんを探すの、手伝ってください」

普段、笑顔を振りまくことをしないマルコに僅かばかり気後れしながら双子が頼み込む。マルコはわざとらしく大きな溜息をついた。子どもを使うのは反則だ。そんなこと口にしようものなら、今後どうなるか目に見えているから絶対に言わないけれど。

「ったく……」

あぁ面倒臭い。嫌だ。そんな空気を醸し出しながら起き上がると、顔を輝かせる双子たち。子どもは素直が一番だと思うが、この二人は素直すぎだと思わなくもない。いつ何時、騙されるかもしれない。ほんの僅かばかり双子の行く末を案じてしまったマルコは、サッチとエースに見張らせていれば良いか、と、他の者が聞いたら「お前それ過保護。気付いてる? 過保護よ?」と言われるだろうくらいには心を砕いてしまっているのだと気付いていない。

「お前らは船に残ってろい」
「でも……!」
「迷子が増えても面倒なんだよい。サッチ、エース、テメェらはしっかり見張ってろい」
「おうよ!」
「頼んだぜ! リサとは町の広場の噴水の所ではぐれちまったんだ!」

満面の笑みで送り出すサッチとエースを睨み付け、マルコはその姿を不死鳥へと変えてモビー・ディック号を飛び立った。

数分もしないうちに広場にやって来たマルコは、驚く町民たちを無視して辺りを見回した。リサの姿はない。

「チッ……あの女、何処行きやがった」

面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。あの島で散々巻き込まれたんだ、いくら海賊とはいえ、少しくらい平和が続くことを求めてもバチは当たるまい。キョロキョロと辺りを見回しながら搜索を始めたマルコは、ものの数分で目的の人物を見つけた。

「アイツら、ちゃんと探したのか……?」

花屋の店先にしゃがみ込み、紫色の花を見つめているリサへ歩み寄ると、影に気付いたリサが顔を上げて振り返った。

「え……」
「何やってんだよい、こんなトコで」
「あの……サッチさん達に、ここら辺で待っててくれって言われて………」
「あァ? ――チッ、アイツら……」

兄弟の思惑に気付いたマルコは盛大に舌打ちを零して顔を背けた。つまり、そういうことなのだろう。余計なことしやがって。心の内で文句を連ねるも、相手は船の上。今頃「ちゃんと会えたかなー」なんて笑っているのだろう。腹立たしい。

「あの、サッチさんたちは……?」
「船」
「………えーと、あの……ごめんなさい、よく分からないわ」
「だから、先に船に帰ったっつってんだよい」

言った瞬間、マルコはしまったと思った。リサの顔が歪んだのだ。仲間外れにされたとでも思ってるのだろうか。お前は一人この島に残れと言われたのだと思ったのだろうか。すぐに顔を隠すように俯いたリサだったが、その目に溜まった何かも唇を噛み締めたところもバッチリ目撃済みだ。
サッチとエースの野郎、帰ったらシメる。絶対シメる。あの双子にも拳骨をくれてやろう。甘やかすのは良くない。悪い事をしたら叱ってやらねば。こめかみに青筋を浮かべながら考えを纏めたマルコは、咳払いをしてリサの隣にしゃがみ込んだ。自分よりも小さな身体が小さく震えたのが視界の端に映った。

「この花、好きなのかい」
「………え、?」

涙声に気付かないフリをして、マルコはつい先程リサが眺めていた紫色の花を指した。

「これ、好きなのか?」
「えぇ………本物、見るのは初めてで……図鑑でしか見たことなかったから」
「そうかい」
「あと、あれも」

リサが指したのは少し離れたところに置いてある、これまた青紫色の花。星型の小さな花を見つめたマルコは、ただ「そうかい」と返すことしか出来なかった。花など興味を持ったことがないし、正直な話、何処が良いのかも分からない。確かに咲いているのを見れば綺麗だとは思うが、ただそれだけだ。好きという感情を向けるほどではない。
そんなマルコの考えを読んだのか、涙を拭ったリサはポケットから財布を取り出して二種類の花を一輪ずつ購入した。好きだと言うのなら、大量に買えばいいものを。島に降りる際に白ひげから小遣いを与えられたはずだ。訝しげに見つめていると、視線に気づいたのかリサがマルコを振り返った。

「綺麗でしょう?」
「……俺にゃよく分かんねぇよい」
「興味無さそうだものね、貴方」

だったら聞くな。心の内で返したマルコは、立ち上がりリサの手の中の二輪の花を見下ろした。

「もっと他の色の花だってあるじゃねぇか」

よりによって同じ色の花を二輪。たった二輪では美しいなどと思えない。簡単に折れてしまいそうな細い茎。すぐに枯れてしまうだろう小さな花。

「紫が好きなのかい」
「色は別に……花言葉が好きなの」
「花言葉?」

女ってのは面倒な生き物だ。花言葉なんざ知って何の得がある?あからさまに顔を顰めたマルコに、リサは二輪の花を差し出してほんの僅か微笑んだ。

「こっちの星型の花がキキョウ、こっちの真ん中が黄色くなってる方の花がアイリスっていうの」
「………この花から取ったのかい」
「知ってたの?」
「双子から聞いた。サッチの野郎がアイツらに誕生日を聞いた時にたまたま居合わせたんだよい」
「そう……」

手の中の花へ視線を戻し、物思いに耽るリサ。きっと昔のことを思い出しているのだろう。

「ずっと欲しかったの……名前」
「…………」
「私は生まれたときから実験台で、一号って呼ばれてたから。気にしたことは無かったけど、たまに研究所に来ていた人に絵本とかもらって、人には名前があるんだって知ったの。一号っていうのが名前だと思ってたけど、実験体第一号だって知って……それからずっと、名前が欲しかった」

ぽつり、ぽつりと語るリサから視線を逸らせば、噴水のところで遊んでいる親子が目に入った。

「あの子たちも二号、三号って呼ばれてて……だから、名前をつけてあげたくて」
「お前、歳は?」
「二十一」
「アイツらは?」
「十歳」

そうかい。そう呟いてマルコは黙り込んだ。確か、あの双子が名前をもらったのは三歳の頃だったと言っていた。今から七年前にリサは両親を手にかけ、まだ幼かった弟妹を育て始めたということになる。十四の頃から、たった一人で。何も知らなかった少女が、一から全てを一人でこなして生きてきたのだ。幼い弟妹を育て、生活費を稼ぎ、騙されて犯罪の片棒を担がされた。屈強な海賊を惑わし、誘拐し、がむしゃらに突っ走って生きてきたのだろう。振り返る余裕などなかったはずだ。立ち止まり泣き喚いている暇もなかったはずだ。あの歪な島で七年間、能力を使い続けながらひたすらに。
だからどうした。家族を危険な目に遭わされたマルコからすれば、その一言である。けれど、今はもうその犯人であるリサも、その弟妹もマルコの家族となってしまった。

「………頑張ったな」
「、え……」
「とっとと帰るぞい、俺ァまだ眠ィんだ」

ガシガシと頭を掻きながら船へ向かって歩き出す。後を追ってくる気配が無いことに気付いて足を止めて振り返れば、情けない顔のリサがマルコを見つめていた。

「勘違いしてんじゃねぇ、アイツらはくだらねぇばっかするんだ」
「……?」
「お前を追い出したいとかそんな事を考えてるわけじゃねぇよい」
「………貴方は、そうなんでしょう?」

再び歩き出そうとしていたマルコはリサの言葉に足を止めた。振り返るが俯いたリサの表情は見えない。

「俺の一番は家族だ。どんな事情があろうと、家族を危険に曝す奴は容赦しねぇ」
「…………」
「そういうことだ。とっとと帰るぞい」
「………つまり、その……」
「煩ェな、帰るぞっつってんだからとっとと来やがれ」

苛立ちを露に吐き捨てれば、眉を下げてこちらを見たリサが小走りでやって来る。隣に並んだのを確認して再び歩き出すと、手の中の花の匂いを嗅ぎながらリサがチラリと視線を寄越してきたのが気配で分かった。

「……マルコ、さん」
「うざってぇ呼び方すんじゃねぇ」
「………マルコ」

小さな小さな声で名を呼んだリサをチラリと見下ろせば、窺うような視線とかち合う。

「……用もねぇのに呼ぶんじゃねぇよい」

肩よりも低い位置にある頭を小突いてやれば、パチパチと目を瞬いたリサがふにゃりと柔らかい笑みを浮かべる。
うっかり可愛いと思ってしまった自分に、マルコは小さく舌打ちを漏らした。