その後 02


「誕生日?」

首を傾げたアイリスにサッチとエースは大きく頷いた。
白ひげ海賊団は大所帯だ。
クルーが千六百人もいるとなれば、毎日が誰かしらの誕生日になるのは仕方がない。けれど、だからと言って毎日毎日誕生日祝いをするわけにはいかないのだ。心情的には毎日宴でも構わないが、限られた食糧や日々の仕事のこともあってか宴は週に一回と定められている。それを説明してやれば、アイリスは「海賊にもお誕生パーティがあるんだ!」と顔を輝かせた。

「つーわけで、誕生日教えてもらえるか?」

誕生日リストの書かれた羊皮紙とペンを手にするサッチに、アイリスが自身の誕生日を告げる。

「双子だからキキョウは同じ日だよな?」
「うん」
「んじゃ、あとはリサだな。分かるか?」
「同じだよ」

間髪入れず返ってきた答えにサッチとエースは目を丸くした。

「同じ?」
「うん、三人とも同じ」
「へぇ、そりゃスゲェな!」
「珍しいこともあるもんだ」

姉弟三人同じ誕生日だなんて、確率はとんでもなく低いだろう。リストに書き込んだアイリスとキキョウの名前の横にリサの名前も書き連ねながらサッチは笑った。

「うーん、多分生まれたのは別の日だと思うよ」
「は?」
「どういう意味だ?」
「何してんだよい」
「あ、マルコ」

背後から聞こえた声に振り返れば、その手に本を持ったマルコがこんなトコで道塞いでんじゃねぇよいと顰め面で立っていた。

「悪ィ悪ィ。今よ、誕生日聞いてたんだ」
「あ? ……あぁ、そういや言ってたな」

マルコの視線がアイリスへと移る。マルコの持つ本のタイトルが気になっていたのか、そちらを覗き込んでいたアイリスがハッとしてマルコを見上げた。

「こいつらの誕生日なら、確か研究所から持って来た資料に書いてあっただろい。確か――」
「あぁ、ううん。それは違うの」

顎に手を当てて資料に書かれていた日付を思い出そうとするマルコをアイリスが止める。マルコたちの訝しげな視線が向けられると、アイリスは困ったように眉を下げて笑った。

「実際に生まれたのはその日なんだけど、あの人たち、私たちに名前付けてくれなかったから……」
「? でも、アイリスって」
「お姉ちゃんが付けてくれたんだ。私たちが三歳くらいの頃かな、研究所から出た時に」

つまり、リサが自分の両親を殺した時に。
サッチとマルコは難しい顔で黙り込んだ。

「じゃあ、それまでは何て呼ばれてたんだ?」
「さぁ……小さかったからよく覚えてないの。お姉ちゃんが、名前をつけた日を誕生日にしようって言ってくれたから」
「そっか……ごめんな、変なこと聞いちまって」

眉を下げて頭を撫でたサッチに、アイリスはくすぐったそうに目を細めて首を振った。

「お姉ちゃん、笑うようになった」

頬を緩めた顔はとても嬉しそうで、自然とエースとサッチの頬も緩む。

「アイリスたちの誕生日祝う時、スゲェ美味くてでっけぇケーキ作ってやるからな!」
「うん!!」

ぐしゃぐしゃと頭を撫でてやるサッチの優しく穏やかな目は、自分たちを見つめる白ひげのそれと似ている。そんなことを思ったマルコは、何となく気まずさを覚えてその場を後にした。





医務室に行くと、丁度診察を終えたばかりのリサが椅子に座っていた。目が合うと僅かに身を固くしたリサが躊躇いがちに会釈をする。怯えているようにも警戒されているようにも取れるそれに僅かに眉を寄せたマルコは、何も言わず視線をリサから船医へと移した。

「ドクター、持って来たよい」
「おぉ、悪かったな。どうだ?」
「まぁ、あんな奴らだからねい。何の問題も無さそうだ」
「そうか、それでお前は?」

受け取った書類から顔を上げた船医が眼鏡越しにマルコを見つめる。

「そんな柔じゃねぇよい」

肩を竦めてみせれば、鼻を鳴らした船医が書類をファイルへ押し込んで首を鳴らした。

「その目の下の隈を何とかしてから言って欲しいもんだ。お前とアイツらとじゃ決定的な違いがあるだろうが」

島を出てから二週間とちょっと。
他の兄弟が既に頭痛を感じなくなったのは、きっちりと睡眠時間を取って脳や身体を休めているからだ。研究所から持って来た実験のデータを毎晩のように読み漁っていたマルコに僅かばかり頭痛や倦怠感が残ってしまっているのは当然とも言えた。
けれどそれを表に出すようなヘマはしないマルコだ。だからこそ内心舌を巻いた。この船医は顔を見ただけで何処まで分かってしまうのか。頼もしいが恐ろしい。

「今日からはぐっすり眠れそうだよい」

持って来たものは全て読み終えた。ここ最近は襲撃も無いし、上がってきた書類もない。疼く目頭を押さえながら言えば、船医の呆れたような溜息が耳に届いた。

「まぁいい、お前は言わなくても分かるだろうからな。おいリサ、今日はもう良いぞ」
「あ、はい……ありがとうございました」

立ち上がったリサが医務室を出ていく。戸が閉まるとマルコはリサが座っていたスツールに腰を下ろして溜息を零した。

「不満ならオヤジに言え」
「別に……アイツらがここにいる事に不満がある訳じゃねぇよい」

マルコとて鬼ではない。沢山の家族に囲まれて幸せそうに笑う子ども達を見れば、それなりに穏やかな気持ちにもなる。これで良かったのだと思える。
ただ、それはあの子ども達に限ってのことで、リサに対するそれは少々厄介だ。

「お前が優しい言葉の一つでもかけてやりゃ良いじゃねぇか」
「俺が? 冗談じゃねぇ」

先程の怯えたような、警戒しているような視線を思い出して舌打ちを一つ。
サッチ達の前では多少なりとも表情を緩めるようになってきたリサは、その場にマルコが現れると途端に無表情になる。それが面白くない。あの島でのことを省みれば仕方ないことだとは思うが、マルコとてリサを嫌ってそういう態度を取っていたわけではない。彼女の境遇には同情を覚えないでもないし、これからの彼女の人生が幸せなものになれば良いと思いもする。ただ、あの時は優先順位というものがあった。マルコの中では何よりも家族が一番だ。だからこそあのような態度を取ってしまったし、それを後悔もしていない。

「面倒臭ェ……」
「向こうも同じこと考えてるんじゃねぇか?」

過去に色々あり過ぎた所為で歩み寄れない。歩み寄るタイミングも失ってしまった。今更、と思ってしまうのだ。つまり、面倒になってしまったのだ。
船医はそれはリサも同じなのではないかと笑う。もしそうだと言うのなら、どうしろと言うのか。
これから一緒に暮らしていく以上、現在の状態はよろしくない。何とかしなければ、いざという時に大変なことになってしまうかもしれない。

けれど、だ。
思ってしまう。向こうから歩み寄ってくれれば良いのに、と。そうすればこちらだってそれなりの対応をしてやれる。
手を差し伸べるタイミングを完全に失ってしまい、その片鱗すら見つけられないマルコには、リサの方から動いてくれることを願うばかりだ。

「お前をそこまで悩ませるたァ、やるなぁアイツも」
「……別に、仲良くなりてぇわけじゃねぇよい」

サッチ達のように「リサ、リサ」と笑いかけてやりたいわけじゃない。その場にいるだけで空気が悪くなってしまうという今の状態を改善したいだけだ。話がしたいわけではない。笑って欲しいわけでもない。ただ、その気が重くなるような警戒を解いて欲しいだけだ。

「傍から見りゃ、面白ェけどな」

くつくつと笑う船医をじとりと睨み、マルコは立ち上がった。これ以上ここにいても不愉快になるだけだろう。
無言で医務室を出ていくマルコの背に船医が何事かを呟いたが、それがマルコの耳に届くことはなかった。