「あ、の……その………」
忙しなく手を遊ばせ、視線を彷徨わせながら言い淀むリサにマルコは鼻を鳴らした。
ジュノに謝りたい。
漸く目を覚ましたリサがサッチに頼み、ならば連れて来てやろうじゃないかとジュノの元へ行けば、そこには数週間前から中々機嫌が直らない一番隊隊長様の姿まであった。
きっとマルコは一緒じゃない方が良いだろうなぁ。後で出直そうと考えたサッチは、けれど助けを求めて「サッチ隊長!どうかしたんですか!?」と叫ぶジュノと「何してんだい」と振り返ったマルコによってその考えを阻まれた。
「あのですね、リサがジュノに会いたいって仰ってます」
なので、少々お借り出来ないでしょうか。
何で俺はこんなに畏まって懇願してるんだ。俺には疚しいことなんてない。何もない。俺はちっとも悪くない。悪いのはマルコの機嫌だけだ。
心の内でブツブツと呟きながらぺこりと頭を下げると、聞こえてくるのはジュノの嬉しそうな声。
「おぉ! もう会えんのか!?」
行こう!すぐ行こう!
声を弾ませ足取り軽く進み出すジュノの首根っこを捕らえたのはマルコで、テメェ何勝手に行こうとしてやがんだ。俺の話は聞く価値もねぇってか?あァ?などと凄まれてしまえば。
「そそそそんな事ねぇよ! これはアレだ! その……! 隊長も一緒に行こう! な!?」
「バカ野郎!」
そう叫びたいのを必死に堪え、サッチはお口にチャックをした。
そして三人でやって来た医務室。戸を開けてベッドにリサの姿を見つけた途端「リサ!」と顔を輝かせたジュノに、緊張から顔を強ばらせたリサは次の瞬間、その後ろにマルコを見つけてピシリと固まった。責めるような視線が向けられた気がするのは気の所為ではないかもしれないが、俺の所為じゃない。俺だってマルコを連れてくる気など無かったんだと、僅かに潤んだ目で訴えればリサの視線が労わるようなものに変わった。
「その……大丈夫か?」
「えぇ、はい……あの………」
そして冒頭に戻るわけである。
呼びつけておいて何も言えずにいるリサにマルコの機嫌はどんどん下降していくばかりだが、それも仕方のないことだろうと成り行きを見守りながらサッチは思った。
「、ごめん、なさい」
漸く聞こえた謝罪の言葉はか細く、耳を澄ませなければ聞き取れない小さなものだった。
けれど、強く握りすぎて色を無くした手や、僅かに震える肩がリサの謝罪の気持ちを如実に表している。知らず表情を和らげていたのはサッチだけではなく、見てみればだらしなく顔を緩めたジュノがリサを見つめていた。
可愛いなぁもう。
何だこいつ。
何でこんなに可愛いんだ。
ジュノの顔にはでかでかとそう書いてある。
分かりやす過ぎだろ。心の内で呟いたサッチは、だらしなく頬を緩めるジュノの奥であからさまに不機嫌な顔のマルコに気付いた。
お前は馬鹿か。
いや馬鹿だ。
間違いなく馬鹿だ。
何だって自分を騙して妙な研究の実験台にしようとした女にヘラヘラ出来るのか。
頭がおかしいのか?
いやおかしい。
お前はおかしい。
どうやら分かりやすいのはジュノだけではないらしい。分かりやすすぎるマルコにも苦笑を浮かべつつ、未だ誰も声を発しないので俯き震えたままのリサは不安でいっぱいだろう。ポンと優しく頭に手を置いてやれば、堪えきれなくなったのか涙を浮かべたリサがサッチを見上げた。
「気にすんな、ちゃんと伝わってるからよ」
「、」
「ちょっと自分の世界入っちまってるだけだ」
「………?」
分からないと首を傾げたリサに「ほれ」とジュノを指せば、つられるようにリサの視線がジュノへと向く。途端に先程までのデレデレとした表情を隠し、きりりと凛々しい表情を作るジュノに傍らのマルコが益々嫌そうな顔をした。まぁ、分からなくもないなと心の内で同意しながらサッチもジュノに冷めた視線を送った。
「あの……本当に、ごめんなさい………」
「もう過ぎたことじゃないか、気にするなって」
「でも、」
「俺はこの通りピンピンしてるだろう? リサも無事で良かった。心配してたんだ、ずっと目を覚まさないから」
そっとリサの手に触れ、優しく微笑んだジュノから視線を逸らした先で、同じく顔を引き攣らせたマルコと出会う。マルコの考えは手に取るように分かった。
「ほら、涙を拭いて。早く元気になってくれよ、じゃねぇとアイリスたちも心配するだろう?」
「ジュノさん……」
「やだな、さんなんて付けなくて良いって言ったじゃないか。あと三日で次の島に着くんだ、それまでに元気になって一緒に島に降りようぜ。あの島しか知らないだろ? 俺が案内してやるよ」
カッコつけて笑うジュノに辟易しながら、サッチとマルコは溜息を押し殺した。
下心丸出しな誘いに、けれどリサは慣れてるのか気付かないのか、ありがとうと泣きそうに顔を歪める。
これまでのことが相当重荷になっていたのだろう。決壊した涙が頬を伝うと、ごめんなさいとありがとうをひたすらに繰り返しながら両手に顔を埋めてしまった。途端にカッコつけの仮面を剥がしたジュノが狼狽した様子で「な、泣くなよ! 本当に怒ってねぇから! な!?」と何とか宥めにかかる。
これじゃ騙されるに決まってる。サッチはこっそり溜息を零した。今のリサの涙は演技ではない事は分かるが、きっと演技だったとしてもこうして狼狽えていたのだろう。あんな下心丸出しな演技も初めて見た。あ、コイツ駄目だ。そう思ったのは何もサッチだけではない。
「救いようがねぇな」
呟いたマルコが大きな溜息をついたのを見て、サッチは乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。